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六十二話  覚悟の重さ

 仕方なく目標の位置付近までやって来た俺達。

 魔力反応はすでに合流し、移動を始めたので気付かれないよう後をつける事にした。



「止まれ」



 路地裏を抜け、少し広い空間に出る直前で険しい表情のゴルギアートさんに止められる。

 広い空間の中央には一人の黒髪の青年。装いは珍しく、確か着物と呼ばれる黒い衣装を身に纏い、腰にはやや細身の剣を差している。

 その青年に向かい合うのは年齢のバラバラな男四名の姿。

 その中の一人は大きな袋を担いでいる。

 いつの間にか男達の魔力反応がDランクまで上がっていた。

 恐らくは魔神であろうとゴルギアートさんは推測する。



「ここまで来れば良いだろう……。何用だ、お主ら妖魔の類いであろう?」


「くくく、ジュホン帝国の剣士ハバキ・トウドウ……。お前の……」



 ハバキと呼ばれた剣士はぶっきらぼうに問い掛け、応じた男が喋り始めた直後、目の前で喋っていた男の顔面を一薙ぎ。

 男の体は力なく倒れ、倒れたと同時に顎から上が分離して地面に転がった。

 ハバキは爪先から頭の先まで微動だにせず、腕だけを動かしたと思ったらすでに切っていたのだ。

 神速の早業である。



「話すときは殺気を消せい。思わず斬ってしまったではないか」



 顔色一つ変えずに言い放つハバキ。

 一体の魔神とおぼしき者は一瞬で絶命していた。



「ひぃ! こ、こいつ本当に人間か!」



 距離を取り慌てふためく男達。当然だな。

 あの剣士ヤバイぞ。全くもって躊躇がない。



「ジュホン帝国のハバキ……。たしか現在世界最強と呼ばれる三剣士の一人だな。力のラグナート、知のセリオス、技のハバキと呼ばれる程の男だ」



 ゴルギアートさんが危険な剣士についてサッと説明を入れてくれた。

 何それ、地味だけどカッコ良いな。

 一人だけ反則的な天使の名前交じってるけど良いのか?



「納得いかない……」



 ハミルが軽く頬を膨らせてむくれている。

 仮にもハシルカメンバー。パーティーリーダーが入っていない事に憤りを感じているのだろう。



「なんでフレムおにーさんが入ってないの!」


「いや、ハミルさん? 俺が入るはずないだろうが……。そこはシリルが入ってない事を怒ってあげなさい」



 憤慨するハミルに俺は即座にツッコミを入れる。

 有名な勇者を差し置いて、俺が名を連ねる方が驚きだよ。



「……そこに居る者も姿を見せい。あまり不審だと殺気がなくとも斬り殺すぞ」



 ハバキは見もせずに薄青い刀身の切っ先だけを俺達の居る方向に向けた。

 今の会話が聞こえたのか。それとも隠れているのに見えるのか? 本当怖いわあの人。



「取り込み中すまんな。ジュホン帝国のハバキ殿か……。私の名はゴルギアート・グロータス。そいつらに用がある。こちらに譲ってはもらえぬかな?」



 ゴルギアートさんは姿を現し、ハバキの対角線、魔神とおぼしき男達を挟む位置まで移動した。

 その後ろから俺とハミル、ついでにユガケも続く。



「ゴルギアートだと? ……ふん、信用出来んな。こいつらは俺に殺気を当てたのだ。どのみちここで手打ちにする」



 仏頂面でまったく譲る気のないハバキ。

 そして三名の男達は俺達を見てにわかに騒ぎ出した。



「ゴルギアート・グロータス! それに隣に居るのはアーセルムのフレム・アソルテか!」


「ちょうど良い……。目標が三体もいるぞ」


「まて、ゴルギアートはマズイ。それにこのままだと殺られるのはこっちだぞ。一時退却だ!」



 男の一人が持っていた袋を裂き、その中身をこちらに見せてくる。

 中には五、六歳の少年二人と少女一人がロープで巻かれ束ねられていた。

 口も塞がれて居るがその表情は涙を流し、恐怖と絶望に染まっている。



「ちっ、人質か! なんと卑怯な!」



 ゴルギアートさんは舌打ちをし、怒りの形相を浮かべた。

 しかし人質が居る以上、圧倒的不利なのはこちらだ。



「へへ、さすがに今回は分が悪い。引かせてもらうぜ!」


「下らぬ」



 男の言葉を無視し、一瞬だけ表情を曇らせたハバキは人質を盾にしている男に向けて駆け出した。

 逃げようとしている男に向け、降り下ろされる剣。

 それを、俺は間一髪で受け止めた。



「ほう……。この距離を一足で詰めたか……」



 目を見開き驚いた様子のハバキ。

 剣を弾き、男達を挟むようにお互い一瞬の間に距離を取った。



「アーセルムの者と言ったな。あの国は第一王子以外はろくな人材が居ないと聞いたが……」


「そんな事はどうでもいい! おまえ、今人質ごと切ろうとしたな? 何のつもりだ!」



 ハバキが駆けた瞬間、俺も咄嗟に飛び出していたのだ。

 あの殺気は何の躊躇もなく、人質ごと両断しようとしたものだったからな。



「……少しはやるようだが所詮は雑兵か。大事の前に小事は切り捨てる。当たり前の事だ愚か者が」



 顔色を変えずハバキは当然のように言い放つ。

 俺はハバキが言っている意味を理解し、怒りを覚えた。



「俺もお主もこの国より大事な事があろう? この国の為に動き、祖国を危険に晒すなど愚の骨頂。そんな志では何も守れはせんぞ」



 ハバキは諭すように言葉を続ける。こいつは何を言っているのか……

 そもそも俺はそんな大袈裟な話はしていない。

 これはもっと、ずっと単純な話だ……



「大層な御高説だな。先の事ばかり見て、目の前のもん捨てていったら何も残らねぇだろうが! おまえこそ、いつか大事な物を見落とすことになるぞ!」



 思わず感情的になる俺の言葉に、口元を歪め目尻を吊り上げるハバキ。

 ハバキの言う事も間違ってはいないのだろう。

 でもそれは、数ある未来を摘み取る行為だ。

 その決断をするのに、こいつの剣は軽過ぎる!



「へへ、バカが! 助かったぜ!」



 男達は硬直状態の隙を突き、コウモリのような羽を広げて人質ごと空に舞い上がり逃げていった。

 それにより、ハバキと俺は向け合っていた剣を下ろす。



「阿呆が……。人質も死んだ。この国も危険に晒す。加えてこれが原因で我等が祖国も危うくなるやもしれん。お前のやった事は愚策以外の何物でもない」



 剣を収め呆れ返った様子のハバキ。

 何もかも手遅れのように、『諦めた』ように語っている。



「どうして決め付ける。まだ終わってないだろうが!」



 俺の言葉が気に入らないのか、ハバキは眉を潜め睨み付けてきた。

 俺だって焦っては居る。でもまだ結果は出ていない。

 諦める理由なんかないはずだ。



「その通りだ! 来い! 『サンダルフォン』!」



 ゴルギアートさんが俺に同調し、そして大声を張り上げて叫んだ。

 その言葉に応えるように、空から巨大な物体が降って来る。


 大地に降り立つは白銀に輝く巨大な鎧。

 その凄まじいカッコ良さに、俺は興奮を押さえ込んでいた。

 十メートル近いその巨体の胸部が開き、ゴルギアートさんが開いた胸部まで駆け上がる。



「ハバキ殿……、お手を煩わせた事申し訳なく思う。そしてフレム殿、子供らを救おうとしてくださった気概、心から感謝したす。世話になった、ここからは私に任せてもらおう。奴等の始末はこちらで付ける!」


「ゴルギアートさん! 俺も行きます!」



 一人で追おうとするゴルギアートさんに俺は助太刀の名乗りを上げるも、首を振られてしまった。

 ゴルギアートさんは巨大な鎧に入り込み、その胸部が閉じる。



「悪いなフレム殿、私は背中を預けるなら、対等に接する事の出来る者と決めているのだ。なに、またすぐに会える」



 鎧の中から反響するゴルギアートさんの声が聞こえた後……

 その鎧は鉄の翼を広げ、背中から炎を吹き出し空に舞い上がった。



 ーーーーーーーーーー



 空を駆ける三体の魔神。

 それを追う白銀の鎧、サンダルフォンを駆るゴルギアート。



「逃がさんぞ!」



 瞬く間に距離を詰めたゴルギアートは、サンダルフォンの煌めく手刀を振り上げ、空中で魔神の胴体と腕を切り落とす。

 腕から離れた人質をサンダルフォンの巨大な手の平に乗せ、難なく奪い返す事に成功した。


 続けて白銀の鎧は空中で反転し、サンダルフォンの両肩から伸びた砲身が前方に倒れ、魔神二体に狙いを定める。

 瞬時に砲身が長く伸び、そこから放たれた光線が残り二体の体を貫いた。

 三体の魔神はそのまま、街外れに落ちていく。


 地べたに横たわり、もはや瀕死の魔神達の側に着陸するサンダルフォン。

 子供達の縄をサンダルフォンの指の間接部で器用に切り、子供達を後方に避難させた。



「今しばらく我慢してくれ。すぐに家に帰してやるからな」



 ゴルギアートの声が響くと、子供達は先程までと変わって嬉しそうな表情に変わる。

 子供達の無事を確認した後、サンダルフォンの砲身は魔神達に向けられた。



「ここまでだな。観念してお前達の目的を吐いてもらおうか!」



 ゴルギアートの威圧に怯える魔神達。

 人質もなく、瀕死の魔神達にもはや勝ち目は存在しない。



「ひっ! ま、待ってくれ! 俺達は頼まれただけなんだ!」


「そ、そうだ! 各国の代表と入れ替わってアンドラスの指示に従う手筈だった!」



 命乞いを始め、目的を明かし始める魔神達の下に、突如魔法陣が現れる。

 赤く輝き始めた陣を見て、絶望の恐怖で固まる魔神達。



「な!? 待って! アンドラス様!」



 魔神達の懇願虚しく魔法陣から巨大な火柱が現れ、中心に居た魔神達は黒焦げになって倒れた。

 その魔神達の後方から、サンダルフォンの前に一人の男が姿を現す。



「余計な事を……。これだから成り立ての低級種は困る」



 穏やかでいて威圧的な口調、線の細い色白の青年から、サンダルフォンは子供達を庇うように移動した。

 この状況を厄介だと感じたゴルギアート。

 魔力レーダーで計れた内包魔力反応はBランク。

 間違いなく上位魔神であった。

 魔力を込めた魔道具を持っているのと、魔力で変質した魔神とでは脅威の度合いは全く違う。

 子供達を庇いながら戦うのは厳しいと感じていた。



「そなたがアンドラスか? 入れ替わると言うのはどういう事かな?」



 ゴルギアートの言葉に笑みを浮かべる魔神。

 探りを入れても余裕の表情が崩れる事はなかった。



「いかにも私がアンドラスだ。その先は聞くよりも、体験してもらった方が早いのではないかな?」



 薄ら笑いを浮かべるアンドラスはそう提案して手の平をかざす。

 その前方に現れた魔法陣から、巨大な火球がサンダルフォン目掛けて解き放たれた。



「貴様!!」



 ゴルギアートは叫びながらサンダルフォンを操作し、アンドラスに背を向けて子供達を覆う姿勢を取る。

 この神器、サンダルフォンには他者の防衛機能など存在しない。

 直撃はせずとも、このままでは子供達は蒸し焼きにされてしまう。



「お前の守ろうとした者が、その手の中でゆっくりと燃え尽きる姿に絶望するがいい」



 アンドラスの言葉と共に、火柱がサンダルフォンを包み込む。

 辺り一面に噴煙が舞い上がり、それはやがて晴れていった。


 噴煙の晴れたそこには、サンダルフォンを包み込むひよこ型の結界。

 そしてサンダルフォンの前には、片手を突き出し構える少女。



「なんだと!?」


「はみるふぃーるど高速展開! 愛と希望の使者ハミュウェル見参!」



 驚きの声を上げるアンドラスにビシッ! っとポーズを決めて返すハミル。

 火柱はハミルの神聖魔術により、完璧に無効化されていた。



「チッ! 一匹張り付いていたか! しかもそれは……精霊神器か!?」



 警戒を強めたアンドラスは両手を広げ、その真下に魔法陣が形成される。

 その魔法陣が輝きを放とうとしたその時……

 アンドラスの片腕が宙を舞った。それは背後からの斬撃によるもの。

 直前で気付き身をかわすアンドラスだったが、完全に避けるには至らなかった。



「ごめんね~、もう一匹居ました~。ふらりと見参フレム・アソルテ!」



 ひょうひょうと名乗りを上げるのはフレム。彼は噴煙の中を移動し、背後から強襲を掛けたのだ。

 ゴルギアートはフレム達に向きを変え驚愕の声を上げる。



「お主達! サンダルフォンにへばりついて来たのか!? なんたる無茶な!」



 ゴルギアートの駆るサンダルフォンの魔力反応に重なり、見落としていたのか。

 どうやら首辺りに捕まっていたのだろうとゴルギアートは推測した。



「ヴャルブューケの能力で保護色のようにね。ついでに結界で魔力反応も押さえていたのさ! カッコ良く登場するために!」


「今までの乗り物のワースト一位を更新しました。あと一分飛んでたら俺は逝っていた」



 ハミルは演出の為に、ゴルギアートにすら見付からないよう工夫していたと語る。

 フレムはハミルとは対照的に非常に低いテンション。乗り心地は最悪だったのだろう。



「ユガケは子供達に結界を張ってて!」


「了解しましたハミュウェル様!」



 ハミルは子供達をユガケに託し結界を解いた。

 ユガケは玉石を背中に担いで子供達の方に向かい、ヴャルブューケは縮小しハミルの頭に乗る。

 アンドラスは落ちた腕を拾いながら大きく後ろに下がった。

 取れた腕を断面に取り付け、修復作業に移っている。



「やってくれたな人間が!」



 アンドラスは先程黒焦げにした魔神達の方に片手を向け、その下に魔法陣を敷いた。

 修復中の腕はまだ動かないようだ。

 陣の内側にいる焦げた魔神三体の体は徐々に膨張を始め、牙を剥いてよだれを垂らしながら立ち上がる。



「仮にもヴァンパイアシードの恩恵に預かった者達。これでゴミ掃除くらいは出来るだろう」



 敵意を露にしながら語るアンドラス。

 その術で立ち上がった魔神達は、虚ろな瞳でゴルギアート達に狙いを定めた。

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