六十一話 波乱のリヴィアータ
無情にも時は流れ、リヴィアータ帝国首都にして世界最大の工業都市。
そこに俺はセリオス、イリスと共に来ていた。
思い出したくもない死の船旅、地獄の旅を乗り越え、ようやく辿り着いたのだ。
船から降りた直後から、俺はしばらく地べたに寝そべっていたが……
イリスに急かされて泣く泣く立ち上がった。
乗り物酔いで死にそうになっていた俺だったが、視界に入ってきた景色を見て元気が戻ってくる。
初めて見る大都市の景観に思わず見とれてしまったのだ。
「でっかいな~」
街の大きさもそうだが、俺は遠くに見える塔が気になっていた。
雲に届くのでないかと思える程に凄まじく高いのだ。ただ存在するだけでカッコ良い。
何の為に存在するのか分からない。でも素敵だ。
「あれは天の塔だな。城の近くに建造されていて、全長八百メートルにも及ぶ高さらしい」
セリオスが詳細を聞かせてくれたが、なんでも下手をすれば大陸を飛び越えて攻撃が可能な兵器であり、数千年前からある搭なのだとか。
そんな物を配備されては堪ったものではないが、少なくとも千年以上は使われた形跡がないらしい。
古代の遺産で実は使えないんじゃないか、という噂まであるようだ。
そんな話を聞きながら大通りを歩き、俺は物珍しく辺りをキョロキョロしていた。
そこで一軒のお店、そのショーケースに目が止まる。
「これは……グロータス製の新型水準機ではないか!」
長方形の小さなブロックのような形状で、置いた場所がどれくらい傾いているのかが分かる装置である。
建物等を作るときに無くてはならない物だ。
全くもって不要なのだがとても欲しい。
その機能性と外観がなんとも男心を擽るのだ。
しかも以前調べた時より異常なほど安い。
それでも高いのだが……
俺は舐めるように眺めた後、これはいらないなとなんとか思い込み、店をあとにした。
そして……セリオスとイリスが見当たらない事に気付く。
「……セリオス? ……イリス? どこいったの? 俺を置いて行ったの?」
なんて事だ……。あれほど俺から目を離すなと言ったのに……
あいつらはぐれやがった!
これはマズイ。さっさとセリオス達と合流しなくては……
そもそも向かう場所など知らないのだ。
よその国でのたれ死ぬなどごめんである。
ところで今更だが、どうして俺が巻き込まれているのだろうか?
気付いたら運ばれていた荷物の気分だ。
呼ばれてもいないし頼まれてもいない。
当然のように話に組み込まれていた。
まるで夢でも見ているかのようだ……
「おっと……、すみません」
この状況に絶望しつつ辺りを見回しながら、セリオス達を探し歩いていると人にぶつかってしまった。
咄嗟に謝ったが、相手は大層大柄で貫禄のあるおっさんだ。
眼光鋭くお髭はカッコ良く整っている。
高そうな毛皮のマントにとても大きな銃を担いでいた。
言葉を間違えたら、俺は一瞬でボロ雑巾にされるだろう。
「なに、こちらも不注意であった、許されよ。ところでそなた何処から来たのだ? この国の者ではないだろう」
想像とは違って笑顔でやたら気さくに話しかけてくるおっさん。
感じ的には悪い人ではなさそうだ。
「こ、これは失礼しました。お、わ、私はアーセルムからやって来まして……。連れとはぐれてしまい……、恥ずかしながら難儀しているところでありまして……」
「ふむ……。アーセルムの者か……。今は出入りを規制してるはずだが……」
正直に話したつもりだが怪しまれているようだ……
あまりこちらの事情を話すのはマズイのだろうが、この場合は仕方なかろう。
「実はアーセルム要人のお付きとして来た者で、名をフレム・アソルテと申します。怪しい者ではないのですが……。なにぶん証拠などは……」
本当は身分まで明かしちゃマズイんだろーな……
と思ったのだが、後で怒られても今を生き延びる方が大切だ。
おっさんは俺の腰の剣に視線を移した後、納得したような顔付きになった。
「なるほど、会議に参席する者であったか。疑って悪かった、私の名はゴルギアート・グロータス。私も会議に参席するのだが……。今賊を探しておってな、それが終われば会場まで連れて行ってやろう」
どこかの国の要人か、それとも護衛か。
ともかくこれは手伝えって事かな?
それとも賊だと思われてるのかな?
こんな得体のしれない人間を使おうとは中々豪気なおっさんである。
詳しく話を聞くと、賊と言うのは怪しげな魔力反応の事らしい。
この辺りに潜伏している可能性があるのだとか。
曖昧さ加減がとても怖い。一先ずは警戒しつつも、大人しくおっさんに付いて行く事にしよう。
何度目かの道を曲がると、怪しい人物が道端で四つん這いになっている所に出くわした。
金髪を左右で束ねた可愛らしい少女。
頭には茶色のヒヨコを乗せ、その横で小さな狐耳を付けた少女が浮いている。
「ここはどこだろう……」
「だからやめましょうって言ったのに……」
「ピィ……」
似たような奴が居るはずもない。紛れもなくハミルとユガケとヴャルブューケである。
厄介な予感しかしないけども、さすがに放置も可哀想なので話し掛ける事にした。
「おまえらなにやってんの?」
俺が声を掛けると、顔を上げたハミルは絶望したような泣き顔から一転し、物凄い笑顔で俺に抱き付いて来た。
その後にユガケもふよふよ浮かびながら付いてくる。
「うわーん! おにいさーん! 会いたかったー!」
「おおー、いつも良いタイミングで現れますね。でも……、どうせ貴方も迷子ですよね?」
ハミルを抱き止め、年上の威厳を見せ付けようとする俺。
そうはさせんとばかりにユガケが痛いところを突いて来た。
ああその通りだ、間違ってないけど心に刺さる言葉を吐かないで欲しい。
「隅に置けんなフレム殿。貴殿のコレか?」
小指を立ててニヤつくゴルギアートさん。
このおっさん、中々ひょうきんである。
「いやいや知人ですよ……。ところでハミルはどうしてここに?」
俺の記憶ではハミルは今回の会議には呼ばれてなかったはず。
援軍にしても今ここに居るのはおかしいし……
「う、うえ? ん~、あ、あのね? それは……」
「シリルやカイラ達が呼ばれてるのに、ハミュウェル様だけ蚊帳の外なので黙って付いていこうとしたんですよー。間違いなく迷うからやめましょうって言ったんですけど……」
口籠るハミルの代わりに答えたのは呆れたような口振りで話すユガケ。
それはつまり、仲間外れが嫌で潜入したって事で良いのかな?
良いわけないよ? 大問題じゃないかな?
「シリルやカイラ……。フィルセリアの勇者ハシルカのメンバーか? ハミュウェル殿は彼等と知り合いなのか?」
どうやらこの国でも勇者ハシルカは有名らしい。
しかしゴルギアートさんはハミルの事は知らないようだ。
「な! 貴方ハミュウェル様の事を知らないんですか!」
「うむ知らぬ。すまんな」
憤慨するユガケの言葉に軽く答えるゴルギアートさん。
一番目立つだろうハミルを知らないとは不思議な話だ。
「ならば今覚えなさい! 世界最強のチーム! ハシルカの真のリーダー! 天地を駆ける厄災! 破壊竜の再来! この御方こそ! 煉獄のカラミティピックイーター、ハミリュン様です!」
物凄く偉そうに紹介するユガケ。前回聞いた時より肩書きがパワーアップ……
いや、悪名がめちゃくちゃ悪化してないか?
それを聞いてプルプルと震え出すゴルギアートさん。
こんなふざけた口上聞かされて腹を立てたのだろうか?
「なんだと……。ではそなたが……。人一人を守るためだけに町を粉砕し……、相手がどんな大物でもあろうと、悪事を働けばその居城を一鎚で崩壊させるという……。あの暴虐の使徒、破壊天使ハミリュン殿か! これは失礼した! 一度お会いしたいと思っていたのだ!」
握手を求めるゴルギアートさんに照れながら応じるハミル。
何やってんだこの子は……
今回の件から除外された理由が見えた気がする。
そうしてハミル達を仲間に加え、俺達は再度怪しげな魔力反応を探す事になった。
ひょっとしてハミルは密航じゃないのかなと思ったが、今それを聞いても対処が不可能なので気付かなかった事にする。
「ところでゴルギアートさんはどうやって不審人物を探すんですか?」
「ハミュウェル様~。もう少し警戒しましょうよ~」
完全無警戒なハミュウェルに注意を促すユガケ。
人の事は言えないがごもっともである。
だが俺も気になっていたが、怖くて聞けなかったことなので助かる。
「大丈夫だよ。僕人を見る目には自信あるんだ!」
胸を反らし自信たっぷりに言い放つハミル。
事実なのだろう。でなければ俺も困る。
「ははは、ユガケ殿の意見は至極当然か。ではそなた達に良いものを見せてやろう」
ゴルギアートさんは懐から手の平サイズの板を取り出し、俺達に見せてくれた。
それは不審人物を探すための魔道具らしい。
信用を得るため、先に手の内を明かすとは、多分良い人だな。
「近くにある魔力を感知するレーダーだ。これで怪しげな魔力反応を追っていたのだが、突然反応が消えてしまってな……」
特に期待は持っていなかったが、ゴルギアートさんの説明に俺とハミルは食い付いた。
当たり前だ。なんだそのとてつもなくカッコ良い魔道具は!
我先にとレーダーを覗き込むと、すぐ近くに魔力反応がある。
四つだ。これは俺達かな?
「うむ、実はこれを頼りにしていたら貴殿達を見付けたのだ。フレム殿はCランク、ユガケ殿がDランクでハミュウェル殿がAランクだな」
どうやら俺のネックレス、ユガケの宿る玉石、そしてヴャルブューケの魔力を検知しているようだ。
ちなみにCランクがもう一体側に居るので、ゴルギアートさんが何か持っているのだろう。
ゴルギアートさんの発言に興味を隠しきれない俺達は、詳しい話を聞くことにした。
どうせ見失っているのだ。少しくらい良いだろう。
話を聞くとこのレーダーは魔力の保有量を五段階で感知しているようだ。
下から順にE、D、C、B、Aランク。
凄いなハミルは。最高ランクじゃないか。
参考までに、人間の魔道士は精神力を魔力に変換して魔石に溜めて置くのだが、その精神力によって保持出来る量が異なる。
上質の魔石半分程度まで溜められれば一人前なのだそうだ。
Eランクは最下級の魔神や見習い魔道士。
魔石で言えば二割程度。
Dランクはそこそこ強い魔神やベテラン魔道士。
魔石換算で五割程。
Cランクは人間の魔道士の限界と言われてるそうだ。
上質の魔石に八割以上の魔力を溜められ維持出来る者。
魔神としては人を主食とする者も多くかなり手強いという。
Bランクは上位魔神やエルフ。
このレベルの魔神まで来ると軍隊を動員しても一筋縄ではいかないそうだ。
Aランクは完全解放した神器や中級以上の竜族、一部の上位魔神が該当するようだ。
Aランクまでということは、イコール測定不能という事だろうな。
災厄レベルの被害が想定される危険を孕んでいるらしい。
よくハミルに近付いたなゴルギアートさん。
俺なら接触を図らずに逃げるぞ。
複数の魔石を持っていた場合保有魔力は分割されるか、片方はゼロになる。
ハミルの場合は現在ヴャルブューケと繋がっている模様。
神器は例外的に所有者と精霊の精神力が合算されて魔力量になるようだ。
大神官の玉石はすでに契約は解け、ユガケ単体で機能しているのだとか。
つまりユガケは玉石を担いでいればハミルが居なくても行動、生存が可能らしい。
ゴルギアートさんは今朝から不審な魔力反応を検知したので調べていたそうだ。
なんでもDランクの魔力反応四つが固まって動いていたので、調べに行ったら突然反応が消えた。
反応の消えた場所の手前に残っていたのは四人の亡骸だったという。
その内一人が殺人などで指名手配されていたゼラムル教団の信者。
普通に考えればその亡骸が魔力反応の元であろうが、反応が消えたのはもう少し先。
ゴルギアートさんは何かあると感じ、その方向に向かって進んでいたのだと言う。
「おや? このCランク反応の近くにEランクが四つ急に現れたぞ」
「急にだと? 怪しいな」
真剣にレーダーを見ていた俺の発言にゴルギアートさんは不審がる。
いきなり、しかも複数同時に現れた事で怪しさは倍増していた。
「目的と正体が不明な以上は慎重に行動したいところ……」
「よし、行こう!」
ゴルギアートさんが喋っている途中で、ハミルは何の迷いもなく決断し駆け出した。
俺達の警戒などお構いなしだ。普段のシリル達の苦労が偲ばれる。
とはいえ、放っておく訳にはいかない。あの子の保護者は今俺と言って良いのだから……




