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五十七話  尋問

 俺はアーセルム城内にある豪華な客室で目を覚ました。

 窓の外は空が少し白んで来ている。早朝もいいところだ。

 人の家、特にこんな広過ぎる豪華な部屋で熟睡など出来るはずもない。

 起こしに来る者もなく、二度寝する気も起きないので俺はまさかの早起きをした。

 仕方なくさっと身支度を整え部屋を出る。



「うう……。広い……、ここどこぉ~……」



 ボーッとしていたので当然の如く城内で迷子になってしまい、完全に目が覚めてしまった。

 半泣きになっていた俺は広い通路に差し掛かり、そこで遠巻きにセリオスを見掛ける。

 俺はお父さんを見付けた子供のように、嬉々としてセリオスに駆け寄って行った。



「何をやっていたのだ!!」



 だが、鬼気迫るセリオスの怒声で俺は思わず足を止める。

 何やら衛兵から報告を受けていたようで、壁に拳を打ち付けて憤慨している様子だ。

 朝っぱらからセリオスが激しくお怒りである。

 シリアス展開なのかな? と思い俺は緩んだ表情筋をマッサージし、キリリとして悠然とセリオスの背後から声を掛けた。



「おはようセリオス、何かあったのか?」


「ん? ああ、おはようフレム。早いのだな。それがな……」



 俺に挨拶を返し、セリオスは頭を抱えながら話し出す。

 聞くとアーセルム国内で取り逃がした魔神達の件らしい。

 逃げた魔神達はそれほどの力を持っていなかったらしく、一体なら兵士数名で対処可能だったようだ。

 逃げられた支部のあった町や、その付近には十分過ぎる程の兵士を配備させていた。

 なんと首都の警備を減らしてまで当たらせて居たらしい。

 ただでさえ式典で警備を増やさねばならないはずなのに、なんて思い切った策を取るのだろう。


 しかし追跡調査を行っていた部隊がやらかしたようだ。

 合計十数体もの魔神を見失ってしまったのである。

 相手は不可思の魔神、それは仕方のない面もあろう。

 すぐにその情報は各地の部隊と共有され、程なくして発見はされた。


 逃走した魔神達は結託し、アーセルムの北に位置する鉱山に立て籠っていたらしい。

 そして情報はそこで封鎖されたのだ。

 手柄に目が眩んだ地方貴族が報告もせず止めていたという。

 問題の鉱山はただでさえ攻め込み難い洞窟なのに、数年前の落盤から未整備で内部構造も把握出来なくなっていた。

 その一区画は人為的な崩落をさせられた形跡があるにも関わらず、およそ人の行える事ではないので、再崩落を危惧して立ち入り禁止にしていたそうだ。

 後に落盤には魔神が関わっている事が判明したので、この件が解決すれば魔道士も調査に加え再建する予定だったらしい。


 結果的には大惨事。付近にある町で強欲な貴族が数日対策を練っていたところ、町の人間が数人拐われてしまった。

 白昼堂々の犯行だ。魔神達も余程腹を空かせていたのだろう。

 いよいよ焦り出した地方貴族は責任の追求を恐れ、国ではなく冒険者組合に掛け合った模様。

 いくら時期慈愛の賢王セリオス様でもそりゃ怒るわな。

 これ自体はフラッとやって来た冒険者、ラグナートがあっさり片付けたようで解決したそうだ。

 だが生存者は一名。残りは食われてしまうという惨事になってしまった。


 地方貴族は当然処罰されるだろう。

 だがそれで犠牲者が帰ってくるわけではない。

 管理者、責任者の選別や場合によっては貴族の在り方そのものに手を加えなければとセリオスは嘆いている。

 それにしても不思議な感覚だ。とんでもない事件のはずだが、どうにも俺の心に波が立たない……



「どうしたフレム? 難しい顔をして……らしくないな」


「いや、前から思ってたんだが……。俺は何処かおかしいのかな……。人が食い殺されたと聞いても恐いな……、くらいにしか思わないんだよ……」



 セリオスはうつむく俺を気遣ってくれたようだ。

 相当暗い顔をしていたのだろう。

 俺は身内が目の前で亡くなった時でさえ何も感じなかったのだ。

 やはり、俺は何処か狂っているのだろうか?



「イリスやセリオス、魔神館の奴らが……、と思ったら気が気じゃないが……。見ず知らずの人間には多少可哀相だな、という気持ちになるだけ……。セリオスのように本気でなんとかしようとは思えなくて……。なんか……自分の冷たさが少し悲しいなって……」



 真剣に思い悩む俺の言葉を聞いたセリオスは、気の抜けたような顔になっていた。

 何を言ってるんだ? と言わんばかりの、珍しい間抜け面だ。



「ぷ、あはははは! 本当に、おまえは……、面白い奴だ!」



 先程の怒りも忘れたように、セリオスは腹を抱えて突然笑い出した。

 本気で落ち込んでいるのに冗談とでも思われたのだろうか?



「おまえはそれで良い。そうでなくては……おまえは壊れてしまう」



 一頻り笑ったところで意味不明な事を言い出すセリオス。

 俺にはさっぱり分からないが、発言を肯定してくれた事。それだけで少し気は楽になった。



「ともかく一刻の猶予もないな。このような事態を二度も三度も起こす訳にはいかん。それがたとえ他国であろうともな!」



 セリオスの決意は固い。晴れたような面差しで語るセリオスはすでに未来を見据えている。

 すぐにラウレルなど階級に関わらず、信頼の置ける貴族や臣下に周辺諸国のゼラムル教団の情報を集めさせるよう指示を出した。

 早朝から皆働き者である。

 その信念に水を差さぬためにも、俺もだらけている訳にもいかないな。

 皆を叩き起こし、俺達はすぐに魔神館に帰宅する事にした。



 ーーーーーーーーーー



 そうして俺とセリオス、イリス、エトワール、マトイはロザリーを伴い魔神館へと急ぎ帰って来た。

 ラグナートとアガレスはまだ散歩から帰っていない。

 俺はザガン達にアーセルムで起きたゼラムル教団の話を通し、再度ロザリーから詳しい内容を聞くために円卓の間に皆を集めた。



「何よここ……。こんなレベルの魔神が三体も……。冗談じゃないわ! とても信じられない! 何も話す事なんてないわ!」



 ロザリーは魔神館に着いてからずっと大人しくしていたのだが、俺が話を振ると急に半泣きで騒ぎ始めた。

 どうやらザガン、シトリー、リノレを見て恐慌状態に陥ったようだ。

 同じ魔神に酷い手段で殺されかけたのだ。上位魔神クラスと思われる魔力に当てられれば無理もないのだろう。



「あらあら、仕方ありませんわね……。では少々わたくしと二人でお話ししましょうか」



 そう言ったシトリーは精神体のロザリーを、当たり前のように片手で掴んだ。

 当のロザリーは突然の事で目を丸くしている。

 それはそうだろう。すり抜けずに掴めるなど思いもしない。

 現に俺だってイリスだってロザリーには触れられなかったのだから。



「え? ちょっとあんた何で私を掴めるの? 何処に連れてくの? いや~! 助けて~!」


「一応音は消しますので、決して中は覗かないようにお願いしますわね」



 錯乱するロザリーを良い笑顔で自室に連れていくシトリー。

 そう言われては好奇心を刺激されるが、覗きに行く者など一人も居ない。

 とばっちりでトラウマを植え付けられては堪らないからな。

 しばらく響いていた、ギャンギャン騒ぐ声は突然ピタリと止んだ。

 防音効果を付与された部屋に入ったようで何も聞こえない。

 仕方なく円卓の間で待つこと二十分……



「お待たせしましたわ~」


「あぁ……、シトリー様ぁ……。お姉様ぁ……」



 帰ってきたシトリーの肩に張り付き、蕩けたような目をしているロザリー。

 何があったのか? 何をしたのか?

 いいやそれは聞くまい。よし、尋問を始めようではないか。


 まずは先に聞いた話に加え、アーセルム支部での活動について。

 資料に照らし合わせて問い詰めていった。そしてロザリー自身の危険性にも言及する。


 結論から言えば、アーセルム支部は本当に人に危害を加えていないらしい。

 ゼラムル教団に入った者、入れた者は基本魔神達の餌予備軍。

 信者の数を本部に申請する手筈になっているが、ロザリーはその定期報告すら虚偽の申請をしていたようだ。


 何せ教団を抜けようとした者は即座に餌認定される。

 登録簿に名前のある者、ロザリー以外の魔神に見られた信者などはおいそれと脱退させるわけにもいかなくなる。


 信者の数を少なく報告したり、殺した、食べたと称して名前を変えさせ、解放したりもしていたらしい。

 全く関係ない慈善団体を設立し、そこに従事させている者も居るようだ。

 それどころかそこには他の支部から匿っている者までいるらしい。


 ロザリー自身は信者達に望む夢を見せ、その活力を少しだけ食べて生きているという。

 有り余る元気を貰ってるようなものなので問題はないそうだ。

 同種族では廃人になるまで食べる者が居るらしいがロザリーは人間が好きな上、そんな度胸もないのでそんな事はしないと言っている。


 ちなみに天使の体は完全に人として活動出来るよう、本部の魔神から提供されたらしい。

 怪しまれたというよりは、首輪を掛けられるなら掛けて置こうという事なのだろうか?

 ロザリー自身は天使兵器の事を一切知らなかったようだ。


 シトリーが言うに、ここまでの情報に嘘はないそう。

 王都での行方不明者はロザリーの言う慈善団体、『プリムローズ』のメンバーと一致もした。

 ここに所属したメンバーの改名前の名をロザリーから聞いたが、他の町の行方不明者も何人か含まれているようだ。


 よってこの支部はこの件が片付いた後、ロザリーをトップに据えてプリムローズにそのまま移籍させるという条件でロザリーを含め、罪には問われない事となった。



「そうなるとリヴィアータ帝国の話はやはり事実か……。すぐに各国と連絡を取り、緊急会談の申し出をせねばな……」


「ちょ! ちょっと待ってよ! これで終わり? 本当に良いの? 私はあんた達の言うところの魔神なのよ?」



 セリオスの下した采配に、ロザリーは信じられないと言うような態度を取った。

 何せ疑わしきは罰する。力持つ魔神は滅する。

 それを冷徹に行うのがセリオスという男。

 それゆえに、アーセルムを根城にしていたロザリーは隠れて生きてきたと言うのだ。



「ああ、一昔前の私ならな。しかし私が信頼する者達がおまえに害はないと言うのだ。処分する意味はあるまい? 全く愚かな話だ……。愚鈍な過去の私の行いが、この件の解決を遅延させていたようなものだとはな……」



 セリオスは顔を押さえ塞ぎ混み過去の自分を恥じている様子を見せる。

 最善と思い行動した事にさえ、間違いが起こりうると気付いたのだ。



「許せ、とは言わぬ。謝罪代わりとも言えぬが今後アーセルムは……。いや、私はおまえ達をゼラムル教団の魔神達から全力で守ると誓おう! 我が国の民を、これ以上苦しめるような真似はけして許さぬ!」


「セリオス王子……」



 カッコ良い台詞を並べたセリオスをうっとりと見つめるロザリー。

 すぐモテる。これだからイケメンはイヤなのだ。

 とりあえずこの一件が解決するまで、ロザリーはここに居てもらうしかないだろうな。

 ゼラムル教団にとっては完全に裏切り者。見付かったら始末される可能性が高いのだ。



「お話しの途中ですが、ラグナート達が帰宅したようなので出迎えて来ますわね」



 ここでシトリーがラグナートとアガレスの気配を察知した模様。

 人知れず活躍した功労者のお帰りである。北の鉱山がどこなのかは知らないが、ずいぶん長いお散歩だったな。

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