五十五話 謁見
エトワールが噴水の水を利用した水流を作り出し、俺の服を俺もろとも綺麗にしてくれた。
続いて局地的な竜巻で乾燥させ、着崩れた所はエトワールとマトイが丹念に直してくれている。
俺の服はすっかり綺麗になってバチっと決まった。
ひとっ風呂浴びたようで気分も壮快……な訳あるか。
死ぬかと思ったぞ。風邪引くわ。俺は洗濯物か?
その後セリオスとエトワールは式典準備に向い、マトイも着替えなければいけないので連れていかれた。
俺は城門前の噴水広場で待機している。
イリスを呼んでくるからそれまで動くなと言われたのだ。
言われなくても動くわけがない。こんな所で迷ってたまるか。
そんな俺にどこかで見たことある奴等が近付いて来た。
「フレムじゃないか! 久し振りだな!」
「フレム君元気にしてた?」
「フレムさんお元気そうで何よりです」
口々に挨拶をしてくる彼等は俺とイリスの昔からの友人達三名。
俺と同じ歳の男、悪友アッシュ。
イリスの家の奉公人の娘フロル。
そして十代後半の可愛い弟分レオ。
「おおー久し振り。こっちは元気だぞ」
俺も軽く挨拶を交わす。こいつらも元気そうで何よりだ。
連絡も寄越さないなんて……と散々文句を言ってくる彼等。
仕方ないだろう。すっかり忘れ……
いや戻っている暇などなかったのだから。
以前と変わらず接してくれる事から、俺のこれまでの経緯はイリスから聞いているのだろう。
と言ってもそのまま伝えてるとも思えないが。
「しかし凄いですね! さすがフレムさんですよ!」
「本当、尊敬しちゃうわ!」
「いつもやる気出すとスゲーのに無気力とか勿体無いと思ってたんだよ」
暑苦しい程の眼差しでレオにフロル、アッシュまでもがやたらと誉めてくる。
こいつらの笑顔が何を示しているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「凄いって……、いったい何の話だ?」
「またまた~。爵位だよ。しかも授与を止めてたんだって? 何格好良い事してんだよ!」
惚けるなと言わんばかりに笑い掛けてくるアッシュ。
俺の肩に手を掛け、バンバン叩いてきて痛い。始末しようか?
そとそもシャクイとは? ますます分からないが……
そこで、笑顔を見せていたアッシュの顔が突然変貌した。
まるで腹を下して我慢の限界といった面白い形相になったのだ。
視線を落とすと、いきなり現れたイリスの掌がアッシュの腹部にめり込んでいる。
腰を落とし、直線に繰り出されるその技の威力にアッシュは吹き飛ばされた。
これは、瞬き程の刹那の出来事である。
「あら、アッシュったら……。しゃっくりを止めて欲しいなんて甘えんぼさんね……」
片手をニギニギしてポキポキ指を鳴らすイリス。
その顔はとても冷たい視線をフロル達に注いでいた。
「貴方達のお耳は飾りかしら? お口は綿毛のように軽いのかしら? 銃口から火が吹けば飛ぶのかしらぁ?」
恐ろしい笑顔で銃を構えるイリス。
アッシュはすでに泡を吹き気絶している。
俺は能面を貫きつつも、実は恐怖でパニックを起こしていた。
「いえいえイリス! そんなことは!」
「イリスさんすみませんですはい!」
フロルとレオは前方に突き出した両手をブンブン振りながら怯えている。
よく分からないが、アッシュの二の舞になりたくない気持ちは伺い知れた。
「はぁ……、まあ良いわ……。行くわよフレム。国王陛下がお待ちだわ。アッシュ、フロル、レオはもう一度話があるからそこに待機してなさい」
イリスはアッシュ達に冷たい視線を送ると俺の手を引き歩き出す。
恐怖に怯えた俺は無表情のまま、叱られた子供のように大人しく従った。
だが国王陛下とはなんだ? どういう事だ? 俺はどこに連れて行かれるのだろう……
「ちょっと待てって! 式典の会場とかに行くんじゃないのか?」
「フレムは別件よ。殿下から陛下の元にお連れするよう頼まれたの。国王陛下が……、フレムと会って話がしたいと仰ったらしくて……」
さすがに怖いのでこの状況の説明を要求する俺。
イリスが言うにはセリオスに頼まれ、俺を国王の元に連れて行ってくれと頼まれたらしい。
すぐに式典が始まるらしく、イリスはマトイの着替えを手伝いに行った後に式典会場に向かうようだ。
そんな訳で、俺はたった一人玉座の間の前に置いていかれた。
国王陛下が俺に会いたいなんて恐ろしい……。俺が何をしたというのか?
なんでも式典は全てセリオスとエトワールが仕切るようなので、謁見時間は気にしなくて良いそうだ。
こんな所に来るんじゃなかった……
王様と謁見とかどうしたら良いのだ……
待たせる訳にもいかない……
俺は目の前の扉を押し開き、玉座に鎮座する王様と王妃様の前で跪いた。
威厳ある佇まい。凛々しくも雄々しい貫禄を持ち合わせている国王陛下。
アーセルム王エルンスト陛下。
そして上品かつ優美な物腰のティアラ王妃。
王妃様はとても若く美しい……。あんなデカイ悪魔を生んだとはとても思えない。
双方なんという存在感。自分の小市民っぷりを改めて思い知らされる。
「そう固くならずとも良い。立ち上がってくれ。キミがフレムくんだな」
国王陛下は気さくに話し掛けてくる。
そんな無茶を言わないでもらいたい。
自分の国のトップを前に無礼など働きたくない。
とりあえず言われた通り立ち上がってみるが良いのだろうか?
こんなことになるなら礼儀作法を学んで来るんだった……
「キミはセリオスと仲良くしてくれていると聞いているが……。真偽の程をキミの口から聞きたい。キミはセリオスと友人なのかね?」
王様の問おうとしてる事がいまいち理解出来ない。
俺がセリオスに取り入ろうとしてると考えているのだろうか?
しかし、ここは正直に答えよう。深く考えても仕方ない。
「はい! 友人として良くして頂いております!」
そう俺が精一杯元気良く断言すると、それを聞いた国王様は手で顔を押さえブルブルと震え出した。
お怒りなのだろうか? 俺は何か間違えたのだろうか?
「エルンスト様! 落ち着いて下さい! やはり事実……。事実だったのです……」
動揺したような王妃様は口元を押さえ、閉じたまぶたから涙を溢れさせている。
なんかよく分からないが……。俺は処刑されるのだろうか?
これは逃げた方が良いのだろうか?
国王様は顔を伏せたまま玉座から立ち上り、俺の目の前までやって来た。
顔を上げ俺を見据えるその表情は涙で溢れている。
よし。隙を見て逃げよう。さらばアーセルム王国。
「ありがとう!!」
国王様はそう言い放ち、力強く俺を抱き締めた。
突然の王の奇行により、俺は混乱の最中にいる。
状況がさっぱり分からないのだ。
「セリオスに……友人が……。友が出来たというのだ……。とても信じられんが事実なのだろう!」
言いながら国王様は俺を抱き締めたまま号泣し始めた。
何故そこまで大事になるのか……。俺はどうしたら良いのだろう……
とりあえず国王様と王妃様にまずは落ち着いてもらい、お偉い様の定位置に戻って頂いた。
「しかし今までセリオス……。いえ、王子殿下にも御友人の一人や二人……」
「居らぬ!」
俺の問いを力強く一瞬で否定した国王エルンスト様。
そして国王様と王妃様はしみじみと語り出した。
どうもセリオスはその才能ゆえに他者を同列として扱えなかったらしい。
セリオス自身もその事は理解していた。
どうにか他人と自分は同じ人間だと思うようにしていたらしいが……
他者の余りの性能の低さに断念。
他者と自分との間に線を引き、なんとか体裁を繕っていたそうだ。
「セリオスは幼少から恐ろしい程優秀でな……。十になる頃には私を見る目さえ冷たく蔑んだ物になっていた……」
「私になどこの十数年挨拶程度の会話しかありませんでした」
国王様と王妃様の語る内容で合点がいった。
ああ……、最初会った時のような感じかと……
親御さんもあれを相手にするんじゃ堪らないよなぁ……
「それがだ! この数ヵ月はキラキラしたような目で私に話し掛けてくるようになったのだ! 友人との接し方や会話の繋げ方などを聞いてきよった。あんなに力強く父上と呼ばれた事など……今まで……くっ……」
「私にも女性の扱い方や、どうしたら喜ばれるかなど色々聞かれましたわ。あんなにも優しげに母上と呼ばれる日が来ようとは……うぅ……」
国王様、王妃様二人揃ってまた泣き出しやがった。
あのヤロウ、なんて面倒な場所に放り込んでくれたのだ。
そもそも当人であるセリオスは参席すべきだろう。
親の前に友達投げ込んで自分は居ないとかとんでもない男だな。
無理矢理詳しく話を聞かされたところによると、セリオスは魔神館に攻め込んだ数日後、両陛下に自分の愚かさを説き謝罪して来たらしい。
父のような偉大な、そして母のような慈悲深い賢王を目指すと言ってきたようだ。
歴代最高の王になれる器とされていたセリオス。
それが神に生まれ変わったと臣下の間でも有名らしい。
またも大号泣の両陛下に左右から抱き締められ感謝されている俺。
何も言えずに立ち尽くすしかない。お願いだから定位置に戻ってもらいたい。
「……そしてセリオスのヤツめ、十五になる頃には私の事を御飾りのように扱うようになりおって……。それが最近では公務の在り方の指導まで私に頼むようになってきてな……」
「あらあらエルンスト様。それでもセリオスの話の大半はフレムさんとエトワール様の事ばかりですよ」
国王と王妃のセリオスに対する愚痴だか自慢を延々と聞かされる俺。
セリオスの変化が余程嬉しかったのだろう。
聞いていて俺も不思議とほっこりした気分にはなるが、早く抜け出したい気持ちが冷める事はなかった。
「……それもこれもそなたとエトワール様のお陰だ。今後ともセリオスをよろしく頼むぞ!」
「末永く仲良くしてあげてくださいね」
「はは!」
泣き続ける国王と王妃の言葉に恭しく返答し、俺は精神的にグッタリして部屋から退出した。
多分、二時間程時間を取られただろうか……
その足で式典会場まで……行ける訳ないと唐突に理解した。
ここはどこだ? 式典の場所はどこなのだ?
何故誰も教えてくれなかったのだ!
おのれイリスにセリオスめ! 俺だぞ? 分かると思っているのだろうか?




