五十ニ話 雲行き晴れて
むさ苦しい男湯の脱衣場にて、服を脱いでいる俺の心は死に掛けている。
共に入浴の準備をしているラグナートとセリオスがムッキムキなのだ。
筋肉神かと思う程のラグナートに、細身でありながら無駄のない肉付きのセリオス。
若者二人は我先に湯船に向かったし、後はワンコと全身鎧。
俺が果てしなく貧弱に見えてしまうではないか。
「「うわぁぁぁぁ!!」」
そんな抜け駆け小僧共が絶叫と共に帰って来た。
お帰りシリルとカイラ。ほら、こっちのムキムキコンビを見てくれ。
「し! した! 死体が!」
「お、おま、あれ、なんだ!」
シリルもカイラも二人して噛み噛みである。余程の恐怖を味わったようだ。
だが俺はそれが何なのか知っている。慌てる必要は全くない。
俺は溜め息をつき、脱衣を済ませるとアガレスを持って風呂場に入った。
さっそく湯船に仰向けになって浮かぶ骨格標本を発見する。
一見ホラーだが、完全に骨なのに腕も足もバラけていない。
異様さも一周回って慣れてしまった。
「ザガンよ……、何をしている」
俺が話し掛けたのは湯船に浮かぶ骨。
言うまでもなくザガンだ。こいつは風呂場によく浮かんでいる。
「半身浴だ。じんわりと体の半分から伝わるこの温もりを全身に行き渡らせる……。これぞ錬金術のごく……」
ザガンが妄言を吐いている途中だったが、俺はアガレスをザガンの胸の上に投げ置き、もろとも沈めた。
いつもの事だが、せめて客が居る時は控えてほしい。
ガードランスは入って大丈夫なのかと思ったが全然問題ないようだった。
このまま昇天するんじゃないかと思える程、緩み切った顔をしているワーズと共に頭にタオルを乗せ温泉を楽しんでいる。
ちなみに地天の杖、ヴャルブューケは湯船の端に立て掛けた。
ひよこはいつの間にか顕現し、俺の頭の上に乗って居る。
こいつはオスで良いのだろうか?
調べようとも思ったが、ひよこの判別は大変難しいと聞いた事があるので諦めよう。
「それにしても……」
「ああ……、ドラゴンが二頭いるな……」
シリルとカイラは湯船に肩まで浸かり、ラグナートとセリオスを見て恐れおののいているようだ。
セリオスも完璧な肉体美を見せ付けているが、ラグナートはそれすら越えるモノをお持ちであった。
比べてはいけない、競ってはいけない。
奴等は人外なのだよ。だから俺と仲良くしよう。
「それはそうと……、この状況は定番だよな?」
「何がだよ?」
カイラは悪い笑顔を作りシリルに話し掛けていた。
その目は死地に向かう男の決意を宿している。
「温泉と来たら……、覗きだろ? むしろ覗かないのは失礼にあたる!」
「何をバカな事を……。メンバーを考えろ。死にに行くようなもんだぞ」
カイラの持論を溜め息混じりに一蹴するシリル。
見付かったらおぞましき惨劇が繰り広げられるのは目に見えているのだ。
さすがはパーティーリーダーとしてハシルカの頭を張るだけはある。よく分かってるじゃないか。
「だからおまえは影が薄いんだよ! これくらいの覚悟もないなんてな……。がっかりだぜ……」
「な……。俺だってそのくらい……」
小馬鹿にしたようなカイラの挑発にあっさり乗ってしまうシリル。
彼等は二人していそいそと仕切りの方に進んで行った。
「若いわね~。俺にはそんな元気はないわ~。殺されるしな~」
俺は我関せずを貫き、温泉を満喫している。
若者が駆逐され、どさくさで壁が壊れれば儲けものだ。
そうだ、俺は被害者なのだ。頑張れ勇者達よ。
そんな心境の俺に、ラグナートがいやに真面目な顔をして話し掛けて来た。
「気配からすると……、一番手前はイリスの嬢ちゃんだな。良いのか? まずいんじゃないのか?」
それだけ言ったラグナートは湯船を出て岩場に腰掛けた。
俺の湯船の中央まで移動し、湯の中にあるものを手に取る。
その行為に気付いたのか、シリルとカイラはゆっくりとこちらに振り返った。
湯に浸かる俺の前にはプカリと骸骨が浮き上がる。
「おまえら……、丸腰な上に魔力が空なの忘れてないか?」
俺はアガレスを肩口に構え、シリルとカイラを威圧してやった。
覗きなど男として許してはいけないのだ。
うら若き乙女の肌を、悪漢の醜悪な視線から守るのは紳士として当然の事。
「こ、怖っ! 瞳孔開いてて怖いんだけど! なんつー殺気だよ!?」
「落ち着いてくれ! 卑怯だろそれ!?」
今更許しを乞う悪逆非道なシリルとカイラ。彼等は慌てるように湯船から飛び出していった。
自分では分からないが、開き気味の瞳孔が狂気を助長しているとセリオスも言っていたな。
威嚇として大変良い技を習得したものだ。
そして俺はシリルとカイラをすぐさま追い立てる。逃しはしない。
湯船の周りを素っ裸で駆け回る三名。とても絵には出来ない光景だろう。
「ラグナート殿、メインシュガーの気配は事実か?」
「ははははは、嘘だ」
セリオスの問いに楽しそうに答えるラグナート。
その声が耳に入るも、俺は聞こえなかった事にした。
そんなこったろうと思ったよ。だがもう止まれないんだ。
「せめてその技は使わないでくれぇ!」
「見た目怖過ぎるんだよ~!」
カイラとシリルの泣き言は無視だ。小僧共は捩じ伏せる。
そもそももう、俺には一度使用した『落城降魔』による衝動は抑えられない。
なんて面倒な技なんだ。俺の意識が消える前に誰かなんとかしてほしい。
おまけに男湯が賑わいを見せた事で、二次災害が発生しようとしていた。
『なんか楽しそう! 僕も行く!』
『いやー! やめてハミルちゃん!』
『やめろハミルー!』
ハミルの暴挙を、イリスとルーアが全力で止める羽目になっているようだ。
シトリーやラグナート、騒動の渦中に居る者以外にはとても微笑ましい笑いの種である事だろう。
あ、やばい。俺の意識もう飛びそう。
ーーーーーーーーーー
朦朧としつつなんとか風呂から上り、定番の腰に手を当てコーヒー牛乳一気飲みを終え、食事を済ませた俺達。
皆思い思いの時間を楽しんでいた。
楽しい時間があっという間に過ぎる事に、俺は少し物悲しさを覚えている。
こんなに賑やかなのは今日までなのだ。
明日ハシルカのメンバーは帰国する。
カイラ、ルーア、ワーズの三名はしばらくアズデウスに駐留するらしいのでパーティも一時解散のようだ。
「おにいちゃーん! 今お客さん来たんだけど……。ごめんね、リノレお客さんの前でくしゃみしちゃってね……。そしたらお客さん居なくなっててね」
リノレが玄関先に来た客の対応をしてくれたらしい。
張り切ってお出迎えしたのに上手くいかなかったと泣き腫らしている。
風呂上がりなのだ、致し方なかろう。
頭から立派な角を二本生やしているリノレであるが、客の安否を気にしてはいけない。
「こんな夜中に来るなんて何処のどなた様だろう? 気にする事はないぞ。きっと非常識な勧誘様だ」
「あのね、確かじぇらむりゅ……。じゃら……、んと……、ちょうかい?」
俺は気にしないよう言ってみたが、リノレは泣きながら必死に思い出そうとしている。
その単語をなんとか拾い集め、俺は答えを導き出した。
「ジェラートちょうだい?」
「ジェラート?」
俺の放った単語に興味を示したリノレが問い返す。
良いぞ、来客対応の話を逸らせそうだ。
「冷たくて甘いお菓子だ」
「…………うん!」
俺の出した文字通り甘い誘惑に元気よく答えるリノレ。
どうやら気は紛れたようだ。
俺はさっそくジェラートの製作に取り掛かる事にした。
部屋に立て掛けてあるヴァルヴェールを手に取り、風呂でのぼせ、今だ少しグッタリしているシリルを引きずり厨房に向かう。
何故ヴァルヴェールが必要か……
以前ラグナートとシリルが戦った際、ヴァルヴェールは氷を出したり霧を発生させたりしていた。
つまりこの白蛇は熱量操作が可能だということだ。
以前から料理に使えそうだと思っていたのだ。
アガレスでも可能だが、ヤツは加減が出来ない。
一瞬で凍らせた上に解凍が出来ないのだ。
さっそくボールに調味料を入れたミルクを注ぎ、小型化してもらったヴァルヴェールに冷やしてもらいながら泳がせる。
「一度温めてからゆっくり冷やしながら回るんだ!」
「お任せ下さい! なんだか楽しくなってきましたよ。そして美味しいですねコレ!」
俺の指示通り動いてくれるヴァルヴェール。
予想はしてたが食うんじゃない。
手に持つボールの中でうごめく白蛇さんは控えめに言っても少し気持ち悪いが、なんだかんだであっという間にジェラートが完成した。
楽な上に早くて便利過ぎる。
俺はチョコチップをまぶしたジェラートを円卓の間で振るまい、引きずって来た床で寝そべるシリルに手を差しのべて告げた。
「シリル……、ここに住まないか?」
「え……」
俺とシリルの視線がぶつかり見つめ合う。ほんのりと甘い空間が形作られた。
ここで、俺はまたもやらかした事に気付く。
やはりと言うべきか、ジェラートを食べながらこちらを見るカイラがボソッと呟いた。
「今度は財産目当てか……」
カイラのその言葉を聞いたセリオスが椅子から勢い良く立ち上がった。
その顔には、怒りを含んだ悔しささえ浮かんでいるように見える。
「フレムよ! 私というものがありながら!」
セリオスは甲高く叫びながら俺を非難した。酔っているのかセリオス?
これはマズイな。エトワールに助けを求めよう。キミだけが頼りだ。
と視線を移すも、エトワールはチノレにもたれ掛かり、小型ワーズとリノレを両脇に抱えている。
更に膝にはユガケが、頭にはヴャルブューケまで乗っていた。
どうやらエクレールアルクスを無理矢理ワーズに押し付け、リノレとユガケはジェラートに夢中なところを捕まえた模様。
御満悦で違う世界に行っているようだ。当てに出来ない。よし逃げよう。
「おにーさん僕は~?」
「おのれ恥知らずがー!」
さして間を置かずハミルとルーアまで俺を追い駆け始めた。
風呂上がりだというのに何故走り回らねばいけないのだろう。
「ああ~、マトイさんよ……。頭の上でアイス食うの止めてくれるか……」
「うまうま……」
ラグナートの頭の上に容赦なくポタポタと落ちるアイス。
マトイは一心不乱にアイスを食べている。気に入ってくれたようだ。
「また皆さんでお風呂に入り直しですわね……」
部屋の様子を微笑ましく見ていたシトリーが笑顔で呟やいた。
どったんばったん駆け回る俺達を止めてももう遅いと判断したのだろう。
なんか本当申し訳ないな。せっかくの歓迎会はバタバタ。
でもなんか、凄い楽しいんだよな……
歓迎会は大成功で、ラグナートもマトイも喜んでくれた。
俺はそれが嬉しいんだと思っていたが……、違うな。
家族が増える事が嬉しいんだ。無意識に、一番はしゃいでいたのは俺だったんだ。
ーーーーーーーーーー
翌日、ハシルカのメンバーはフィルセリアに帰っていった。
皆名残惜しそうにしていたが、いつでも遊びに来るよう伝えたので多分しょっちゅう来るだろう。
ラグナート、マトイという新たな家族も向かえ、より一層楽しい日々がここに幕を上げる。
「ふむふむ、ついに隣の旦那様だけでなく、男子留学生にまで手を出し始めましたね」
「エトワール様、まだ増えるんですよ」
「不埒ですね」
「不埒なんです」
円卓の間にて、エトワールとイリスは優雅に椅子に座って楽しく読書をしていた。
エトワールはもうすっかり奴らに毒されてしまったようだ。
「ああ、フレムよ。見てみろ、今日もエトワールは美しいぞ」
山積みの書類に書込みや判子を押したりと忙しそうなセリオス。
その合間にエトワールを見てはこちらに話を振ってくる。
どうでもいいが、何故こいつはここで仕事してんだ?
「セリオスよ。おまえらもそろそろ帰った方が良くないか? その書類、提出するなら効率凄く悪いよね?」
「ここが一番落ち着くのだ!」
俺の暗にここで仕事するなの呼び掛けに、泣きそうな声で吠えるセリオス。
項垂れながらテーブルを叩き、なんだか哀れに思えてくる。
もはや帰りたくないのを隠す気力もないようだ。




