五十一話 安息
ラグナートとマトイの帰宅祝い、歓迎会の余興が終わった。
円卓の間で一休みする一同は皆満足げである。
ラグナートもマトイも喜んでくれたようでなによりだ。
そんな中、俺は一人ソファに寝そべって呻いている。
「いてててて……。う~ん、う~ん……。死ぬぅ……」
「わりぃ、大丈夫かフレム? 上手く軸は外してたからそこまででもないと思うんだが……」
「大丈夫、大丈夫……。この技の後遺症がデカイんだよ……」
俺は苦しみながらもラグナートの責任ではない事を伝えた。
背中とお腹と顔面の大打撃も相当だが、内部から響くダメージの方が深刻なのだ。
やはり先程俺が使った技が危険過ぎたのだろう。
痛覚すら遮断し、下手をしたら道徳観すら一時的に失われる技。
心身に掛かる負荷は相当なものなのだ。
「使う度に瀕死じゃしょうがない。これは禁じ手にしよう……。切り札、窮鼠猫噛み! ようやく俺に必殺技が……」
急遽思い付いた技名に感動した俺は悦に浸った。
相変わらずキレのあるネーミングセンスである。
そこに文句でも言いたそうなザガンが話に割って入ってきた。
「素晴らしい能力だが危険性が高過ぎるな。その『落城降魔』は禁術とすべきだ」
「自壊を招いてでも魔を降すか……。良い名だな。まさに切り札に相応しい」
ザガンとセリオスは二人だけで納得し、勝手に話を置き換えた。
ここにセリオスの万象仙界、俺の落城降魔という二大禁術が俺の意向を無視して勝手に誕生したのだ。
「俺の意思が介入しないだと……」
俺は自分のネーミングセンスを遠回しに否定され心底嘆いた。
身体中痛いし、話にも交ぜてもらえない。踏んだり蹴ったりじゃないか……
「おにーさん、じっとしてて。僕が少しだけど楽にしてあげられると思う」
両手をかざし、ハミルが嘆いている俺に神聖魔術を掛け始めてくれていた。
暖かく淡い光が俺の体を包み込んでいく。
これは生命力を注ぎ込み活性化させる術。いわゆる回復魔術だ。
痛みの緩和、凝りをほぐす効果も見込めるのだとか。
「おお~、暖かい。気持ちいい……」
あまりの心地良さにへにゃりととろけそうになる俺。
端から見るといかがわしい、とてもだらしない表情であっただろう。
痛みが引き、すぐに起き上がれるくらいに回復する事が出来た。
「ありがとうハミル。大分楽になったよ。最高だな。じつは天才だろ? ハミルもここに住まないか?」
回復魔術が思いの外気持ち良いので、俺は笑顔で何の気無しに呟いた。
しかしハミルは顔を赤く染め、驚いたように目を泳がせている。
「え? あ……、うん……。僕……もう少し冒険したいけど……。おにーさんがそういうなら……」
口元を押さえ、上目遣いで見上げてくるハミル。
凄く可愛いが嫌な予感がする。また何か妙な地雷を踏み抜いた気がした。
その予感はすぐに的中し、ガードランスの手が俺の肩に掛かる。
「キョウカン。シケイ?」
威圧感漂うガードランスの脅迫。文字通り目が光っていてとても恐ろしい。
だから判決早くないかい? 罪重くないかい?
「わたしは……ハミュウェル様の意志を……尊重しますよ」
ユガケはテーブルにちょこんと座り、マトイとお菓子争奪戦を繰り広げている。
お土産にとラグナートが買ってきた饅頭を食い散らかし、マトイ共々口回りはあんこだらけだ。
こいつはここで永遠にお菓子食いたいだけだな。
「フレムったら……」
そこに笑顔のイリスまで参戦し、俺に銃口を向けて来た。
いい加減その癖治しなさい? 俺がいったい何をしたと言うのだ?
「ちょっと待てって! 深い意味なんてないんだよ! ただちょっとハミルが居たら面白いし能力も便利だし……」
「なるほど……。体目当てか……」
弁明を始めた俺にカイラが笑いながらちゃちゃを入れてきた。
この男……。よりによってなんつー言い回しを……
事態を沈静化させるどころか酷くなるじゃないか……
「フレム……」
「おのれ、最低な男だな!」
「フレムよ……。さすがにそれはないな」
イリスとルーア、ワーズまでもが怒りをあらわにしている。
もう弁明も効かなそうだ。俺は逃げるより他に手が思い付かなかった。
「言い方! 言い方考えてくれカイラ!」
文句を言いつつ部屋中を逃げ回る俺をイリス達が追い掛けて来る。
戦場が手狭なのに敵の数は多い。これ絶対逃げられないやつじゃん。
案の定すぐにワーズにじゃれつかれ、動きを止めた俺にルーアが魔術を掛けてきた。
「くらえ! 《ドラゴンキラー》!」
ルーアの杖が光り、俺の周りに例の魔放陣が形成される。
さりげなくファイナルの文言が消えているが突っ込んではいけないのだろう。
というか結構なピンチ到来か。
ボシュー! っと勢いよく俺とワーズから煙のように魔力が洩れ出した。
ゼラムル戦より遥かに劣るが、新術はキチンと体得出来たようだな。
というか使いたくて仕方がなかったのだろう。
受けて思ったがこれ、俺には効果薄いんじゃないか? ネックレスに貯めた魔力が抜けても痛くも痒くもないし。
「キャン! キャン!」
しかしワーズの方は見事に愛玩動物と化した。効果抜群だな。
小さな小犬が何をするんだとばかりにルーアの足元に詰め寄っている。
子犬ワーズは相変わらずヤバイほど可愛い。
やはり魔力が洩れて思考が停滞しても、俺には大した意味はなかった。
普段から特に深く考えてないからな。何故慌ててたのか綺麗さっぱり忘れ、むしろ気分が良い。
「賑やかだなぁ……」
「ああ……、一昔前には私も思いもしなかった」
ラグナートとセリオスが物思いに更けるように穏やかな笑顔を浮かべている。
何の打算もなくふざけ合う場面に同席するなど、少し前の彼等には縁遠い事だったのだろう。
「時にセリオス……。フレムとの特訓。結局どっちが勝ったんだ?」
「引き分けだな……。だがあの落城降魔、まだ上があるぞ。それを引き出してしまったならどちらかが……。いや、高確率で私が死ぬ」
純粋に興味があって聞いているのだろうが、ラグナートの面持ちはかなり神妙。
それに対してセリオスは紅茶に口を付け重々しく答えた。
俺は寝そべりながら聞いていたが、そんな凄いのを体得してたとは驚きだ。
「妥当な見解だな。ありゃどっちも人の領域から逸脱した妙技だ。長時間の使用は勧められねぇぞ。寿命を削るどころか、最悪は術に飲まれて命を落とす」
「分かっている。この領域に踏み込めたのはフレムが居たからこそ。懸念材料も共に克服して見せるさ……」
注意を促すラグナートにセリオスは決意と自信を持って返した。
確かに危険な技なのは分かっていた。本気で戦えば勝ち負けではなく、生き死にの問題になる。
もう一つ上の段階に移行したならば、もはや人を人と認識出来ず、声を声として判断出来なくなっていただろう。
特訓中もセリオスが分からなくなる瞬間があった。
もしセリオスが引いてくれなかったら、俺は……
「それはそうと! エトワールの魔道書反則だよね。デタラメな性能だよ、強過ぎだよ」
思い出したようにマトイが騒ぎ出し、俺の精神は現実に引き戻される。
そこで俺も現在窮地に陥っている事を思い出し、騒ぎに乗じてマトイの側まで何食わぬ顔で避難した。
話題を逸らしてくれたのは助かるが……
あっさり撃破しといて憤慨するなど本当に自由な奴である。
ルーアの魔術が抜けたせいか、俺は先程のラグナート達の話が急に恐ろしくなってきたのでマトイを抱き締めて怖さを紛らわしている。
「そ、そんなに強力なのか? 私にも見せてくれ!」
ルーアもこれに乗っかる形でワーズから逃げて来た。
使えなくても強力な魔道書に興味があるのは事実なのだろう。
要らないと言ったのに、以前置いていった風の魔道書が粉々になった事を知ったルーアは半泣きになっていたのだ。
今度転魔の杖に使える使えない関係無しに、色々な術式を入れてやるとザガンが御機嫌を取っていたな。
エトワールから借り受けた魔道書を見て、ワクワクしたような表情をしているルーア。
皆が見守る中、ルーアはゆっくりと魔道書を開いた。
ポン! っと弾けるような音を奏で、ルーアの背中がちょびっと光りを放つ。
その後は何事もなく、ルーアは自身の指輪を不思議そうに見つめている。
「魔力が一瞬で無くなったぞ……」
ルーアが魔道書を使う為の燃料がすぐに無くなったらしい。
どうやら起動云々どころではないようだ。つまりは圧倒的な魔力不足。
それを見ていたカイラも興味を持ったようで席を立った。
「マジか! 俺にも貸してみろ!」
今度はカイラが魔道書を開く。すると背中から美しい翼が広がった。
エトワールよりは薄いが、きっちり六枚の翼が神々しく現れている。
「こりゃすげーな! すげー……な?」
歓喜の声を上げていたカイラはフラフラよたつき始め、やがてその場に倒れてしまった。
意識はあるようだが、体が思うように動かないのかピクピクと痙攣している。
「まあ、体内魔力を有するカイラは魔力が枯渇したならば、少なからず身体に影響が出るでしょうね。余り迂闊な事はしない方が良いかと……」
「やれやれ。どれ、手本を見せてやろうではないか……」
大分遅れた忠告を飛ばすヴァルヴェール。もう少し早く言って差し上げるべきですねそれは。
そこで製作者筆頭のザガンが、偉そうに落ちた本を拾い上げ開いて見せた。
当然のように光り輝く六枚の翼を広げるザガン。
姿が姿だけに神々しくもあるが、それ以上に恐ろしい。
皆がその姿に見とれていると、ザガンは無言で魔道書を閉じてしまった。
魔術の玉も飛ばさず、ザガンにしてはサービスタイムが異様に短い。
「うん? どうした? 起動しないのか? 玉っころは?」
「全速力で死に向かう感覚がする……」
俺の疑問に顔を押さえ語るザガン。
魔力の枯渇イコール死であるザガンにとって、自分で作ったこの魔道書は恐怖でしかなかったようだ。
なんせ開いてる間ずっと背中から魔力が垂れ流されるのだ。
自分に刃物を刺しているようなもんだな。分かってるんだからやんなよと言いたい。
さて、盛り上がってしまったが食事の前にお風呂に入ろう。
泥だらけであるし、屋敷の裏手に露天風呂も作ったのだ。
忘れてはいけない。今日は歓迎会なのだから。
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日が落ち始め、湯煙の上がる露天風呂で寛ぐ女性陣。
湯船ではしゃぐマトイとリノレ、それ以上に跳び跳ねて喜ぶハミルとユガケ。
ユガケの玉石はお湯が少し入った桶に入れて湯船に浮かべられている。
チノレは湯船に入った瞬間に毛が張り付き細くなったが、すぐに顔を振り回し毛がボンボンに逆立っていた。
その様子を見つめ、優しげに微笑むシトリーとエトワール。
「何なのかしらアレは……」
湯船に肩まで浸かったイリスは、シトリーとエトワールを羨ましそうに眺めていた。
湯に濡れてあらわになるスタイルが人外過ぎたためである。
「イリスはまだ良いではないか……。私なんて……いつの間にかハミルにまで抜かれて……」
そのぼやきに顎まで湯に浸かっていたルーアは恨めしそうに呟く。
成長が滞っている事がコンプレックスなようで、周囲をジト目で睨んでいた。
「いやいや! ルーアちゃんはまだまだこれからだから」
「私だって決して無いわけじゃないんだ……。あいつらがおかしいんだ……」
イリスは慌てていじけ出すルーアを慰めに掛かるも……
様々な出来事があったようなルーアは淀んだ目で虚空を見上げ、この件に関して相当病んでいる様子を見せた。
「いや~良いお湯ですね~。生き返りますね~、泳ぎたくなりますね~」
湯船の中を縦横無尽に泳ぎ回るのはヴァルヴェール。
本体の剣を湯船の端に立て掛けており、湯船を悠然と泳ぐ白蛇は度々顔を出しては感想を語る。
一般的に見れば高速で湯船を駆ける白蛇は異様であるが、もはや誰も気にする者はいなかった。
即興で作られた露天風呂。仕切りはあるがすぐ隣が男湯なので、この距離ならヴァルヴェールも顕現していられるのだ。




