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五十話  リテイク 後編

 ラグナートとマトイが辿り着いた五層の部屋は薄暗く、されど先程までのような完全な暗闇ではなかった。

 適役も居らず、その部屋は不気味な静寂と冷気を演出するのみ。



『まさかここまで来られるとはな……。だが! 貴様らの命運もここまでだ! 出でよ我が側近、冥府の王よ!』



 調子を取り戻した楽しげなフレムの求めに応じ、部屋の中央に黒い塵が結集する。

 それは徐々に人とおぼしき姿へと形成されていった。

 ゆらゆらと炎のように漆黒のローブをなびかせる異形。

 生気の欠片もない骸骨。恐ろしき魔神がその姿を現す。



「よく来たな……。我は偉大なる魔神王フレム様の側近。冥王ザガンなり……」



 おどろおどろしい口調で威風堂々と顕現したザガン。

 まるで最後の敵かと見紛う程の威圧感を漂わせていた。



「そういや……、おまえさんとやりあうのも始めてだな。期待してる……ぜ!」



 ラグナートは口元を緩ませながら一足で駆け、その剣をザガンの胸に突き入れる。

 物理攻撃が効かないのは分かってるので遠慮はまったくなかった。



「くくく……、無駄な事を……」


「知ってるよ……。だが、これならどうだ?」



 ラスボス臭を放つ余裕のザガンに含み笑いを浮かべるラグナート。

 剣を突き刺したまま、ラグナートは気合いを込めて一声した。



「はっ!」



 ラグナートの力強い気迫が刀身を伝わり放たれる。それと同時にザガンの体は勢い良く霧のように霧散した。

 しばし辺りを漂い、ラグナートから少し離れた所で再び姿を構成するザガン。



「びっくりするじゃないか! なんなのだ今のは!」


「ただの衝撃波だ、ダメージなんてないだろう?」



 声を荒立てて驚きを主張するザガンにひょうひょうと答えるラグナート。

 剣を伝って闘気を散らすなどと恐ろしい所業。さすがのザガンも想像していなかったのだ。



「まあよい。次はこちらの番だな……。《アシッドストリーム》!」



 ザガンが片手を上げた瞬間、黒い霧がラグナート達を襲う。

 その霧はラグナートの服を、マトイがその身に纏うマントを端からゆっくりと風化させてゆく。



「ちょっと! このままじゃ私達素っ裸だよ!」


「あ、ああ……。さすがにこれは……絵面的にヤバイな……。早々にケリを付けねぇと!」



 マトイの叫びにラグナートも慌て出し、ザガンに対し攻撃を仕掛けた。

 ラグナートはザガンの作り出した大量の水の蛇や火球をかき消しながら、ザガン本体を切り払う。

 お互いの攻撃は効いていないが、厳密に言えば全く効果がないわけではなかった。


 ラグナートに対しては魔道をかき消した際の余波が……

 ザガンに対しては魔力を消費させられている事と、ラグナートの放つ生命力による余波が……

 お互い蚊に刺された程度には効いているのだ。

 ちみちみと服を溶かされながら、延々と続く意味のない斬撃と魔道が飛び交う。



「ああ! もう! みみっちい!」



 しばらく眺めていたマトイは業を煮やし、まだるっこしいと言わんばかりにドラゴンブレスを解き放つ。

 放たれたブレスは黒い霧もろとも、ザガンの左腕と壁を消し飛ばした。

 ザガンは消し飛んだ壁を口を開けたまま見つめた後、ゆっくりラグナート達に向き直る。



「まさか……我が敗れるとは……。フレム様……。お許しを……」



 堂に入った台詞を吐きながらバタリと倒れるザガン。

 気力を削がれたのか、無理矢理戦闘を終息に持っていったのだ。



「フレムよ……、あれは無理だぞ。直撃したら痛いでは済まん……」


『え? マジで? ど、どうしよう、次俺なんだけど……』



 こそこそと語らうザガンとフレム。だがそれはラグナート達に丸聞こえであった。

 声を曇らせようと音量は変わらないので意味がないのだ。

 しばし沈黙を挟み、答えを出したフレムの声が部屋に響く。



『え~、次が最終層ですが……。マトイちゃんは休憩しましょう。ちょっとキミ強過ぎるわー』


「ええ~! つまんなーい!」



 フレムの緊急措置に文句を言い出すマトイ。

 ラグナートはふてくされるマトイをなだめながら階段を登り、ついに最終層に辿り着いた。

 部屋の奥に置かれた玉座に足を組み鎮座するは魔神王フレム。

 空間にはアガレスの瘴気が充満している。



「よくぞここまで辿り着いたな勇者よ。だがおまえ達の旅もこれまでだ。この魔神王自らが……おまえ達を滅ぼしてくれるわ!」



 揺らめく黒い煙の演出を受け、尊大な態度を見せるフレム。

 威圧的な口上を述べたフレムは玉座からゆっくりと立ち上がろうとするが、その途中で足がもつれて転んでしまう。



「いった! 足つった!」



 立ち上がり切れずに盛大に転けたフレムは床を転がり悶え始める。

 組んだ足がほどけなかったようで大変情けない泣きっ面を晒していた。



「締まらねえな……」


「フレム格好悪い……」


「だってさ……。セリオスやシトリーがいつもカッコ良く足組んでるのが羨ましくてさ……」



 ラグナートとマトイの悪態に文字通り泣き言を言うフレム。

 上手く足を組めず、力づくで足を押し込んで待機していたようだ。



「仕切り直しだ! さあかかってこい! ラグナートだけだぞ! マトイは駄目だぞ!」



 涙目を擦り、なんとか立ち上がったフレムは魔剣アガレスを構えて念を押す。

 マトイへの対抗策は何も用意していないと暴露しているようなものである。



「良いぜ……。おまえと戦うのも久々だな……」



 嬉しそうに剣を構えるラグナートは冷静に勝ち筋を模索していた。 

 フレムの身体能力自体はけして高くない。

 器用ではあるが剣技の腕が高いわけでもない。

 しかし、センスだけならセリオスすら凌ぐと考えていた。

 余裕を見せていたら次の瞬間驚くような手を使う男。

 ある意味セリオスより油断出来ないのだ。


 数撃の打ち合い。フレムはラグナートの斬撃にほぼ合わせるだけ。

 フレムは率先して攻めているように見せ掛けるだけで、ラグナートの攻撃を誘うように動いていた。

 ラグナートはそんなフレムの狙いを予想している。

 部屋に入る時こっそり入り口の壁に手を掛け、少し壊していたラグナート。

 壊れた壁は即座に修復され、ラグナートが触れても違和感が無かった事から、この塔は異現魔法ではなく普通に物質から作られていると判断していた。


 この現象を起こすにはアガレスが塔自体に刺さっている必要がある。

 アガレスの瘴気が充満していることから、この部屋のどこか死角に刺さっているか、もしくは程近い壁に埋まっている可能性が高い。


 つまり、フレムの持っているアガレスは偽物。

 この偽のアガレスに注意を向けさせ、本物のアガレスが隙を狙っているというところだろう。

 でなければ部屋中瘴気で満たす理由がない。


 何度目かの打ち合いの後、ラグナートの予想通り部屋に変化が生じる。

 突然ラグナートのいる場所の床と天井から、檻を作るように細い柱が何本も現れた。



「無駄だ!」



 本命の狙いが別にあると分かっていればなんてことはない。

 ラグナートは待避する方向の柱を砕き、形成される檻から脱出する。

 そして気配を辿り、難なくアガレスの位置を割り出した。



「やっぱ壁の中か!」



 ラグナートは埋まっているアガレスを引きずり出そうと、壁に向かって駆け出すが……

 そこで自分が勝利を確信し、浮き足立ってしまったことに気付く。



(まさか……、ここまでが作戦か!?)



 壁を前にして拳を引いたラグナートは押し寄せる違和感に答えを得た。

 今この瞬間。フレムの気配が消えているのだ。

 壁の中のアガレスに気を取られた一瞬の間に忽然と。

 この状況で部屋から出た、逃げたというのは考えにくい。

 ならば……、と手にした剣を無造作に振るうラグナート。その刹那に発生する金属音。


 勘と言っても良い程ぎりぎり。

 ラグナートは背後から現れたフレムの斬撃を反射で受け止めていた。

 姿は確認出来たが、やはりフレム本体に気配がほとんどない事にラグナートは疑問を感じている。



「どういう……ことだ……」



 ラグナートはそのままフレムと剣を打ち合った。

 先程と違い、異常な速度と重さを誇るフレムの剣技。

 一撃一撃がセリオスの必殺並の威力という異常性を持っていた。


 気付けばフレムの瞳孔が広がっている。

 感情が読めなく、それでいて動きも読めない。

 ラグナートは四層でセリオスが言っていた話を思い出す。

 セリオスの新技が、フレムとの特訓で会得出来たという話。



「まさかおまえ……、セリオスに対抗するために新技を作ったのか!?」


「意識と感覚の一部を押さえ込み、その他の能力を高める技法。身体能力の飛躍。即断即決の判断力。難点は色々あるが……大したものだろう?」



 ラグナートの問い掛けに抑揚のない口調で返すフレム。

 内容はまともな発想ではなく、セリオス以上に無茶苦茶な技。


 意識と感覚を精神力でねじ伏せ、半ば仮死状態を作り出している。

 戦闘に不要な情報を破棄し、相手の姿や声も全ては把握出来ていないだろう。

 そのせいで口調にも変化が起きている。

 無我の境地、決死の覚悟、そんな安いものじゃない。

 死の一歩手前、もはや人の領域ではなかった。


 ラグナートの剣を捌いた反動で切り掛かるフレム。

 それを捌いても、流れるように猛攻が止まらない。

 いつものフレムではけしてしない動き。

 合わせてアガレスが上へ下へと柱で攻撃を続けてくる。



「ははは! とんでもねぇよ! セリオスといいおまえといいな! だが……、これで終いだ!」



 ラグナートはフレムの剣を捌き、その刀身の腹に拳を叩き込んだ。

 魔剣から砕け散る黒い剣の欠片。その黒い刀身の奥から赤い光が溢れ出す。



「まさか! クリムゾ……」



 二度目にして致命的なラグナートの油断。

 よく観察すると大した魔力も通っていないであろう剣。

 偽物のアガレスなど簡単に破壊できると踏んでいた。

 だが実際はクリムゾンシアーを起動せず、アガレスに擬態させていただけだったのだ。



「もらった!」



 冷酷な笑みを浮かべたフレムは弾かれた剣を切り返し、ラグナートの隙を突いて切り掛かる。

 しかし次の瞬間、超高速で剣をかわしたラグナートの拳がフレムの腹部に叩き込まれた。

 宙を飛び、フレムはそのまま壁に叩きつけられる。



「ぐ……ぉぉぉ…………。死……死ぬ……。口から胃が出そうになった…………」


「あああ……すまねぇフレム! つい……」



 倒れて悶絶するフレムに慌てながら声を掛けるラグナート。

 フレムは最後までクリムゾンシアーを起動していなかった。

 ラグナートには効くはずがないのに反射的に全力で動いてしまったのだ。



「し、しかし流石だな! あの状況で軸をずらすとはなぁ……」



 身振り手振りで必死に弁解を始めるラグナート。

 苦しむフレムからは先程の異様な気配が消え、いつもの調子に戻っていた。



「ぐ……、よくぞ我を倒し…………た……。まもなく……この城は…………」



 痛みを堪え、懸命に語ろうとしていたフレムであったが、途中で首をもたげて力尽きる。

 おそらく他にも台詞があったのだろうが、それを喋る余裕すらなかったのだろう。

 ここはどう見ても搭であるが、最後まで城設定を崩す事はなかった。


 ともかくお遊びは終了したのだろうと考えたラグナート。

 横たわるフレムを介護しようと歩き出したその瞬間……

 突如足元の床が抜け、ラグナートは階下に落ちていく。



「おわぁぁぁぁ! なんだなんだ!?」



 驚愕の声を上げ、あっという間に一階まで落とされたラグナート。

 その体はボフンと音を立てた柔らかい床に受け止められる。

 小さな竜に戻っているマトイも死にかけのフレムを掴み、ラグナートの側に降りて来た。


 塔は形を変えながら消えてゆき、仰向けに倒れるラグナートは大地の上。

 眩しい青空からラグナートとマトイに光が射し込んでいる。


 そんな彼等を囲むように、魔神館とハシルカのメンバーが笑顔で並んでいた。

 そこでシトリーがゆっくりとした動作で前に出て来る。



「よくぞ魔神王を倒し、世界を救って下さいました。貴方達の活躍で平穏が訪れる事でしょう」



 一際眩しい笑顔を向けるシトリーが語ったのは締めの口上。

 勇者ごっこ終了を理解したラグナートとマトイも笑顔を溢す。



「ははは、これで終わりか。ありがとうな、楽しかったぜ」


「うんうん楽しかった~。ありがとうね皆!」



 ラグナートもマトイも満足したとばかりに喜びと感謝の言葉を紡ぐ。

 その言葉にシトリーやイリス、皆が顔を見合せながら悪戯に微笑み合う。



「いやいや……、締めはここからだよ」



 フレムはお腹を擦りながら半泣きで立ち上がり、ラグナート達を囲む輪に加わった。

 全員がラグナートとマトイを囲んだ上で、再度にこやかに微笑むシトリー。



「お帰りなさい、ラグナート」


「お帰りマトイ」



 シトリーとフレムに続き、皆口々に帰宅を祝ってくれた。

 ラグナートとマトイはキョトンとしていたがすぐに理解する。

 彼等は千年前の凱旋をやり直そうとしてくれたのだ。

 制止していたマトイの体は震え、みるみる内に大粒の涙を流し始めた。



「う、うぇ……ただいま……。だだいま~~!!」


「うお! 前が見え……。苦し……」



 号泣したマトイが勢い良くフレムの顔に飛び付く。

 半狂乱で振りほどこうと試みるフレムだが、顔面を猛烈に抱き締めるマトイを引き剥がす力は残っていない。

 やがてフレムは諦めるように膝を付き、マトイの頭と背中を優しく撫で始めた。



「なんだよ……そりゃ…………」



 ラグナートは動く事もせず、仰向けになったまま片腕で目元を塞いでいる。

 欲しかった言葉、得られなかった言葉。

 どんなに苦しくても誰一人、そんな言葉を言う者は居なかった。

 ラグナートとマトイには、今まで帰る場所などこの世界の何処にもなかったのだ。



「ほら、どうしましたの? ラグナート、お帰りなさいまし」


「ああ……。ああ……。だだいま……。今……帰ったよ……」



 シトリーが座り込み、ラグナートの身体を揺すって返事を催促する。

 ラグナートは絞り出すように返事を返した。

 口にしたその言葉は懐かしく、少し震えてしまった声さえ気にならなかった。

 視界が滲んで目が開けられない。

 居場所が出来た。帰る場所が出来た。

 ただ……、それが何よりも嬉しかった。

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