四十九話 リテイク 前編
魔神館の前に建造された搭。その内部に立ち入ったラグナートとマトイ。
そこでは熱の入ったフレムの声が響き渡っている。
『果てしない旅の末……。ついに魔神王の城まで辿り着いた勇者達。ここに辿り着くまで多くの戦いがあった……。彼等は魔神王フレムの魔の手から、世界を守り抜く事が出来るのだろうか……』
暗闇で不自然に反響する声はまるで物語を聞かせるかのよう。
ラグナートはすぐにフレム達が用意した催し物の内容を理解する。
つまりはこれは魔王退治ごっこといったところなのだろう。
「ああ、うん、そういうの良いから……。さくさく行こうぜ~」
「ラグナートノリ悪い! 楽しそうじゃん」
前置きは面倒とばかりに流そうとするラグナートをマトイが叱責する。
マトイは雰囲気から楽しんでいるようで見るからにわくわくしていた。
『目付きの悪い金髪オッサンと可愛らしいドラゴンの運命や如何に! 出でよ第一層の魔神達よ!』
ひいきとも取れるフレムの雑な台詞の後、部屋に灯りが灯る。
結構な広さのある空間の中央には二体の魔神が立っていた。
「にゃ~~~!」
「にゃーーー!」
同じポーズで並び、両手を掲げているのはチノレとリノレ。
威嚇しているつもりなのだろうが、迫力は皆無と言って差し支えない。
そこで再びフレムの声が響き、補足説明がなされる。
『我が城が誇る愛らしき地獄の番猫だ! 喰われてしまうが良い! ぐわーーはっはっはー! ……あ、言い忘れてたけど、もちろんラグナートとマトイは手加減してね』
「茶番じゃねぇか……」
勝つ気の無いフレムにラグナートはいきなりやる気を削がれていた。
しかしげんなりしつつもラグナートは対応に困り果てる。
さすがに真面目に戦って傷付ける訳にもいかないのだ。
「ラグナート、この作戦で行こう!」
乗りに乗ったマトイが誇らしげに作戦を提示する。
それはとてもいい加減でアホらしい作戦。
こそこそと耳打ちするマトイにラグナートの目はどんどん淀んでいった。
「いくらなんでも……、いや、いけるか?」
普通は無理だが、この魔神館にまともな者は一人も居ないと思い至ったラグナート。
懐から厳重に包装されたお菓子を二つ取り出し、それをチノレとリノレに見せ付けた。
お土産に買った物であるが、マトイのおやつ用にいくつか持ち歩いていたのだ。
予想以上の効果を発揮し、チノレとリノレはラグナートがひらひらと揺らすお菓子を凝視しながらゆっくりと近付いてくる。
「よーし! 取ってこい!」
十分気を引いたところで、ラグナートは菓子の包みを入口に向かって投げた。
目を輝かせたチノレとリノレは大喜びでお菓子を追い掛ける。
「にゃーーん!」
「わーーーい!」
入口の扉から出ていくチノレとリノレ。
その姿を確認し、上へと続く階段に急いで向かったラグナート達。
螺旋階段を登り、辿り着いた二階もやはり何も見えないほど暗い。
「いきなり対処に困る相手をぶつけるんじゃねぇよ!」
『やるな……、だが! 次は七魔将が相手だ! 簡単に倒せると思うなよ!』
ラグナートの叫びを無視し、あくまで演技を続行するフレム。
フレムの声が響き終わると同時に二階の部屋にも灯りが灯る。
「さあ! 今度こそ負けないぞ! 俺達の力を見せてやる!」
シリルを筆頭とし、カイラ、ルーア、ハミル、ワーズ、ガードランス、ユガケ。
総勢七名の魔将が悠然とラグナート達の前に立ちはだかった。
先の一件で急成長した若者達。破壊竜を相手に奮闘した勇者。
かつての英雄と、現代の英雄が激突する構図になる。
七対二の激闘が即座に幕を開け、そして……
「さて……、こんなもんか……」
両手を打ち付けてほこりを払うラグナート。
部屋の中央には倒れたハシルカ七名が積み重なっていた。
ガードランスを下敷きに、カイラ、シリル、ハミル、ルーア、ワーズが順々に折り重り、一番上にちょこんとユガケが添えられている。
七対二どころか、ラグナート一人で秒殺という結果になったのだ。
「きゅぅ…………」
「なんでだ……。なんでだ……」
「もうさすがにヴァルヴェールの攻撃をくらってやる訳にもいかないしな……。強くはなってるぜ。ただおまえらな……。土壇場にならなきゃ連携もろくに取れないんじゃ……この先大変だぞ?」
ハミルは目を回し、シリルは悔しそうに嘆いていた。
死屍累々となったハシルカ盛りを溜め息混じりに見据え、軽く指導したラグナートは楽しそうに眺めていたマトイを連れて次の階に進む。
『簡単に倒されただと……。ま、まあ良い……。お次は……美しき魅惑の双堕天使だ!』
少し驚いているようなフレムの言葉と共に灯りの灯った部屋の中央。
そこに立っていたのは粛々とした姿勢で微笑むシトリーと、二丁拳銃を携えたイリス。
「こりゃ綺麗どころだな。御手柔らかに頼むぜ」
「こちらこそですわ」
「よろしくお願いします!」
柔らかい物腰で戦意を纏うラグナート。
シトリー、イリスもそれに応え戦闘態勢に入った。
開幕イリスの二丁拳銃からの弾幕がラグナートに襲い掛かる。
適切に距離を取り、ラグナートに間合いを取らせないようにしているのだ。
撃っているのは攻性魔力。当たってもダメージなど全くないが、ラグナートは律儀に全て剣で弾いていた。
「適切な散らし方、狙いも精度も悪くない。大した腕だ! だがこれだけじゃ決め手に欠けるぞ!」
「ならばこれならどうですの?」
賛辞を投げつつも決定打に欠けると指摘するラグナート。
そこに急接近したシトリーが拳を突き出す。
緩やかな姿勢からでは想像も出来ない鋭い一撃。
ラグナートは身を反らしかわしつつ、剣を投げ捨てそれに応じる。
「やっぱ銃撃は牽制か……。良いぜ、楽しもうか……」
「うふふ、存分に楽しんで下さいませね」
互いに笑みを向け合い、ラグナートとシトリーは拳を交わす。
シトリーの拳を手の平でいなすラグナート。
ラグナートの蹴りをその足先に触れ、回転してかわすシトリー。
交差しては通り過ぎ、跳ねて回ってを繰り返す二人。
ラグナートとシトリーによる舞い踊るかのように続く舞踏。
「綺麗……」
イリスは攻撃する事さえ忘れて立ち尽くしていた。
二人が織り成す舞い、二人だけのダンスホールに釘付けになっているのだ。
そして、交差したラグナートとシトリーの動きがピタリと止まる。
シトリーの腕を片手で捌き、正面に立ったラグナートの指先二本がシトリーの首筋に触れていた。
密着するほどの至近距離で向かい合う二人。
「これで勝ちにしてくれねぇかな?」
「ええ、良いですわよ。わたしくの負けですわ」
惚けたようなラグナートを見上げ、同じく惚けたように笑顔で返すシトリー。
嬉しそうなマトイの小さな手が拍手を起こす。
一応の勝利を収めたラグナートはシトリーから離れ、残ったイリスに視線を移した。
「さて、あとはイリスの嬢ちゃんか?」
「え? は!? あ、はい。降参です! シトリーさんが居ない状態で勝てる訳がありませんし……」
ぽーっと見ていたイリスは正気を取り戻し即座に負けを宣言する。
イリスは素敵でしたと前置きしてから拍手を送り、ラグナートとシトリーは観客二名にお辞儀を返した。
シトリーとイリスに見送られる中、四階へと上がるラグナートとマトイ。
『……っと、忘れてた。さあ……、第四層はバカップルだ! おまえ達はこの恐怖に耐えられるか!』
寝ていたのか飽きてきたのか、ついに口調がいい加減になってきたフレム。
そろそろこの戦いの終りは近いのだろうとラグナートは推測する。
次の相手は気配で分かる程の猛者。突き刺さる剣気と異常な程の魔力。
「存分に戦おうではないかラグナート殿」
「御相手願います」
灯りの灯った部屋に姿を見せたのはセリオス、エトワールペア。
エトワールが魔道書を開くと彼女の背中から美しい六枚の翼が現れる。
書を中心に展開された球体の結界がエトワールを包み、空中には色とりどりの玉が六つ漂っていた。
「へえ……、能力を失ったとはいえ第一級天使。油断は出来ねぇな……」
ラグナートが警戒しているのはエトワールだけではない。
むしろ本来の力を失ったエトワールよりも、セリオスの方が厄介だと考えていた。
普通の人間。しかし人間の中でも優れた能力を持つ一芸特化のハシルカメンバーを、総合的に越える力を持っている男。
ハシルカ随一の身体能力を持つハミルを凌ぎ、剣技においてはシリルを越える。
特に策や知謀においては比較に置くルーアが哀れに感じる程。
超常の力を秘めるカイラとてセリオスの足元にも及ばない。
「ラグナート、そろそろ私も遊びたい。あっちの子は私が相手するよ。マント貸して」
「ああ、無茶するなよ。あと汚すなよ」
我慢の限界と言わんばかりに前に出てくるマトイ。
ラグナートは少し考えるが、お遊びだし大丈夫だろうと了承した。
(多分俺とマトイの歓迎会だろうからな……。これ以上マトイを大人しくさせておくのも可哀想だ)
ラグナートはそう思い要求通りにマントを外し、ふよふよと宙に漂うマトイに被せた。
マントに包まれたマトイの体は輝き、その姿が変わっていく。
金色の髪をなびかせ、成人前後の美しい女性の姿に変化した。
マントは服代りとして体に巻いている。
「さあ、相手になるよ。何処からでもかかって来なさい!」
意気込むマトイにエトワールの周囲に漂っていた赤い球体が襲い掛かる。
余裕を見せるマトイはノーガードで佇んでいた。
「残念だけど、精霊魔術なんか私には効かないよ!」
マトイは迫り来る赤い球体、反応から火属性の魔術であろうそれに手を伸ばす。
万物掌握の力、竜天魔法を行使して支配権を奪おうとしたのだ。
だが、かざすマトイの手をすり抜け、球体はマトイの顔面に直撃し爆発した。
「あっつ! いった! え? なんで!?」
小規模な爆発とはいえ、マトイが痛みと熱さを感じるほどの威力。
想定通りの効果を発揮させてしまい、支配権を奪えなかったのである。
マトイは痛みと熱さと疑問で混乱の渦中にいた。
「残念ですが、私を包む結界を含めたこの七つのオーブは、私の意識を宿しております。おいそれと制御を奪われるような愚は犯しません」
魔導書エクレールアルクスから発生した球体。それはエトワールの意思と魔力を融合した疑似精霊である。
そういう存在として構築されている以上、エトワールの意思力と魔力を上回らない限り、竜天魔法といえど支配権を奪うのは難しいという事だ。
「なにそれ!? ズルくない!?」
「仕込みは磐石。次の一手を御覧ください」
驚いているマトイに容赦なく次の攻撃に移ると宣言するエトワール。
赤、澄、緑、水色の球体が結合し、細かい粒に分散。
それらが岩や氷の槍に形成され、マトイに向かって降り注ぐ。
「わ! っぷ! 危ない! 怖い! 何これ!? 魔力もそうだけど……。これ制御出来るの凄くない!?」
マトイは飛んで来た多種多様の槍を殴る蹴るでなんとか捌いていた。
球体それぞれに属性があり、それらを掛け合わせて独自の魔術を作っていると考えたマトイ。
漂う球体自体は単純な働きしかしていない。
つまり今この場で魔術式を組み上げ、複数同時に行使しているという事になる。
これは常識的な精神力で扱えるものではなかった。
「それならこれで!」
対抗としてマトイは周囲にいくつもの光球を現出させる。
それらは閃光のように放たれ、エトワールに襲い掛かった。
漂うオーブは全て破壊されるが、エトワールの結界を抜ける事は難しくダメージは通らない。
エトワールは負けじとオーブを再生し、槍を作り出し応戦する。
ラグナートとセリオスのすぐ横で派手な砲撃戦が始まっていた。
「こっちはこっちで始めるか」
「ああ、お手合わせ願おうか……」
戦いを眺めていたラグナートがセリオスに向き直る。
剣を抜き、戦意を溢れさせたラグナートに応じるように身構えるセリオス。
合図もなく、高速でセリオスの懐に入ったラグナートは寸止めのつもりで剣を振るった。
セリオスはそれを手にした剣で軽々といなす。
驚いたラグナートは次々と斬撃を繰り出すが、セリオスは全て容易く捌いていった。
「こいつぁ想像以上だな……」
人間では対処不可能な速度で動いていたラグナート。
それに着いて来ているセリオスは異常と言わざるをえない。
加えてセリオスの持つ剣も並みではなかった。
恐らくはラグナート自身に傷を負わせられる程の品。
所有者の生命力を高め、身体能力の向上効果もあるようだ。
時折放たれるセリオスの秘技、獅動一閃の存在も大きい。
全身の軸と駆動域をフルに活用し、一点に重ねて放つこの技はラグナートですらヒヤリとする威力を持っている。
「強いな……。おまえ、おそらく人類最強だぞ」
「伝説の英雄にそこまで言って貰えるとは光栄だな」
幾度も剣を交えたところでラグナートは理解した。
セリオスの並外れた身体能力や剣技がラグナートに迫っているのではないと。
「見切りの極地ってところか……。いや……、もはや予知レベルだぞ」
ラグナートが攻撃を仕掛ける前にセリオスは回避行動を取っている。
その動きも不気味な程一切の無駄がない。
未来が見えているとしか思えないのだ。
「流石だな、その通りだ。意識を極限まで集中させ、大気の動きから舞う砂塵すら計算に入れている。これはフレムとの特訓で完成させた見切りの極意『万象仙界』」
簡単に言うセリオスだったが、それはとんでもない話だった。
到底人の精神力で管理出来る技ではないのだ。
間違いなく長くは持たないだろうと考えるラグナート。
癖まで把握されてくれば押され出すだろうが、それさえ乗り切れば後は勝手に自滅する。
このまま戦えば勝てるだろう……
だがそんな勝ち方はラグナートのプライドが許さなかった。
久々に血が滾るのを感じるラグナート。
勝ちをもぎ取るにはセリオスの予測を上回るか、さもなくば……
「速度と力で押し切るかだ!」
肩口に剣を構え、足先に力を込めるラグナート。
乾坤一擲の構え。狙うは剣を弾き戦意を奪うこと。
ラグナートが動こうとした瞬間、轟音と共に部屋の壁に大きな穴が空く。
翻弄され、痺れを切らしたマトイがドラゴンブレスを放っていたのだ。
結界で止められたのは一瞬、ドラゴンブレスはエトワールの横を掠めるように結界と翼を粉砕していた。
「まいった。我等の負けだ」
次の瞬間負けを宣告するセリオス。
元々エクレールアルクスはエトワールの護身用に作ってもらった物。
神聖魔術を行使出来る防御用のオーブを越えられた以上、それはセリオスにとって敗北を意味した。
「エトワール! 無事か!」
「はい、問題ありませんセリオス様」
駆け寄り互いの手を握り締め、そして見つめ合うセリオスとエトワール。
もはや彼等の瞳には互いしか映っていない。
お互いを除く生物など背景と変わらないのだ。
「そりゃねぇよ……」
「もうちょっと楽しみたかったんだけど……。つい……」
ラグナートとマトイは消化不良だったが、二人の世界に入られては付け入る隙はない。
仕方なくセリオス達を放置し、次の階に登る事にした一人の男と金色の塊。




