四十五話 目覚めて見る夢
夜も更けてきた頃合、風に当たりに玄関前の庭に出る俺とイリス。
俺の頭の上にはマトイが乗っている。
庭に設置してある長椅子にイリスと座り、一緒に出て来たはしゃぐハシルカ一同を眺めていた。
「風が気持ちいいな……」
「そう……だね……」
呟く俺にうとうとしながら相槌を打つイリス。相当疲れているのだろう。
俺もミカンやブドウを一つずつ上に弾きながら、頭の上に居るマトイに食わせていたが眠くなってきた。
イリスと二人そっと寄り添い半分寝掛けていたところ、妙に笑顔なセリオスが近づいてくる。
「どうしたフレムよ。宴はこれからだぞ。楽しもうではないか!」
酔っているのか浮かれているのか……
ともかくテンションがおかしいぞセリオスよ。
そして消えろ邪魔だ。
「エトワールとイチャついて来い」
「ふっ、なんだ、焼きもちか? エトワールは今チノレ殿と戯れている。その姿が愛らし過ぎて見ていられんのだ」
俺のなげやりな一言にも動じないセリオス。
何に対しての焼きもちだと言うのか。
あと惚気話しもいらない。より眠くなる。
「う~ん、気が抜けたのか疲れて眠くなってきてね……。そろそろ俺は寝……」
言い掛ける俺の口を、なんとセリオスの唇が塞いだ。
片手で頭を押さえられ、逃がさないぞと言わんばかりの豪快さ。
力強く逞しい。これが男前ってヤツなのか……
「私からおまえに……幸せのお裾分けだ……」
キラリと輝かんまでの笑顔を披露するセリオス。
先程まで寝掛けていたイリスが顔を両手で押さえ驚いているようだ。
喜んでいるようにも見えるが、きっと気のせいだろう。
ハシルカ一同もそれを見ていたようで固まっていた。
「セリオス……」
俺は愛しげにセリオスの名を口にする。
そして長椅子に立て掛けていたクリムゾンシアーを手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
激しい衝動に駆られて呼吸が乱れ、俺は懸命に自制を試みる。
「セェェェリィィィィオォォォォスゥゥゥゥ!!」
だが心も体も言うことを聞かず、俺の口からは喉が枯れるような声が飛び出してきた。
ああ、そうだ。我慢は良くない。セリオスを始末しよう。この記憶と共に。
「ははははは! そう照れるな! ラグナート殿! 剣を借りるぞ!」
セリオスは庭先に来たラグナートから剣を借りると庭の中央に走っていく。
俺は即座にセリオスを追った。無論トドメを刺すためだ。
「ちょっと落ち着いてフレム!」
「僕も交ぜて~」
止めようとしているであろうイリスと笑顔のハミルが俺の後ろに着いてくる。
それから残りのハシルカ達まで後に続いて走り出した。
良いだろう。宴の続きを始めようじゃないか……
ーーーーーーーーーー
フレムとセリオスが刃を交えてしのぎを削る。
おろおろするイリスを尻目に、ハシルカのメンバーはこぞってフレムを応援していた。
「くたばれい! セリオスゥゥゥ!」
「同じ相手に二度も敗北はせんぞ!」
フレムの怒号が闇夜にこだまし、セリオスは歓喜するかのように立ち会いを楽しんでいた。
それを一人冷淡な眼差しで見つめるラグナート。
「何やってんだあいつら……」
ラグナートは長椅子に腰掛け、呆れたようにフレム達を眺めていた。
その背後から顔を出すシトリー。手にはワインボトルとグラスが二つ。
「お隣良いですの?」
「お、構わねぇよ」
微笑むシトリーはラグナートの横に腰掛ける。
ラグナートはグラスを一つ受け取り、しばし無言でワインを飲んでいた。
「さっきの続きか? 面白い事はねぇぞ」
「構いませんわよ。以前お話しして下さった……、魔剣に操られてしまった方……ですわよね?」
察しは付いたが、根負けしたラグナートの方から話を振った。
無言の聞きたいオーラがシトリーから溢れていたのだ。
「そうだ。戦ばかりの時代にしちゃ、俺達は不思議と穏やかな日々を過ごしてた。だがな、一つ欠けたら後は脆いもんだったよ」
ラグナートは全てが終わった日の事件を語り出す。
それは黒い魔剣を持ち、何人も殺めた剣士が発端だった。
これを討伐し、証拠の魔剣を当時のアーセルム王に献上したアグニス。
褒美の一つとしてその剣を貰い受けた。
思えばこの時すでに、王も操られて居たのだろう。
王への謁見から一夜明け、集合時刻に現れないアグニスを迎えに屋敷まで行ったラグナート達が見た光景。
屋敷の使用人は皆殺し。アグニスも滅多刺しにされ、もはや再起は見込めなかった。
それを行ったのが、魔剣に操られたソフィア。
ラグナートは単身ソフィアを追い、そして……
「俺が殺した」
ラグナートはソフィアを傷付けず、魔剣を破壊する事が出来た。
しかしその体はすでに魔剣に取り込まれ死の間際。
魔剣を破壊したことで命を繋ぎ止める手段がなくなっていたのだ。
そして沢山の人を、アグニスを殺した事でその心も壊れかけていた。
(コロ……シ……テ…………)
そう涙ながらに訴えるソフィアに……
ラグナートは何も出来なかった……
(出来るわけ……ねぇだろぅ!)
その命が尽きるまで……
ただ彼女を抱き締め続けたラグナート。
(……アリガ……とう……ラグ……ナート……さん……)
ソフィアの最後の言葉。
その感謝の意味を理解出来ず、ただ悲しみに震えていたラグナート。
苦しみから解放する事さえ出来なかった無力な自分を、今なお責め続けていた。
「笑顔が眩しい女だった……。前向きで無邪気で……良い……女だった……」
「愛し合っていらしたのですね」
ラグナートはシトリーの言葉に対する返答にしばし躊躇するが……
今更取り繕う必要もないと感じ、軽く笑って肯定した。
「ああ……、アグニスなんかにやらねぇってな。婆さんになっても……最後まで側に居てやるつもりだった。だが……結局何にも残せなかった……。誰も守ってやれなかったんだ……」
ラグナートにとって人類の守護神なんて役目はどうでも良かった。
なんで人間なんか守らなきゃならないのかとさえ思っていた。
それでも、いつしか守りたいものが出来ていた。
こんな自分に笑顔を向けてくれる女性を。
こんな自分を仲間と呼んでくれた者達を。
「残せなかった、守れなかったは失礼ですわ。最後は……愛しい殿方の胸で……。残っているでしょう? 貴方の胸にも。守っているでしょう? その名前も……」
シトリーは自分の胸に触れ、続けてラグナートの胸に人差し指を付ける。
ラグナートはシトリーの突拍子もない発言に目を丸くした。
「ははは、そりゃ……詭弁ってもんじゃねぇかな?」
「詭弁で良いじゃありませんの。ラグナートには夢が足りませんわ」
空笑いするラグナートにシトリーは頬を膨らませて反論する。
その様子に昔を思い出すラグナート。唐突に、されど鮮明に。
いつも気だるげなラグナートにソフィアが言っていた言葉。
夢か……。そういやソフィアにも言われたな。
夢を見た方が良いと……。夢は希望を与えるのだと……
だがな……、戻れはしない……。マトイですら変わってしまった。
無邪気で悪戯好きな奴だったのに、俺にすらよそよそしくなった……
ラグナートの心に落ちる影。夢を見たところで結果がこれなのだ。
人並みに生きる道を知った矢先、全てが終わってしまった。
自分とマトイの時は止まったまま、動く事はないと感じている。
その時庭の中央から上がる大きな声が、うつむくラグナートの耳に入った。
声の主はセリオス。フレムとセリオスの戦いが決着を迎えたようだ。
「まてまてまて! 落ち着け私が悪かった! これは死ぬぞ! 本当に危ないぞ!」
セリオスが地面に転がり、顔の前で真剣白羽取りをしていた。
馬乗りになったフレムが剣を突き付けていたのだ。
どうやら同じ相手に二度敗北したらしい。
「おのれセリオスゥゥゥ!」
鬼の形相で叫ぶフレムに向い、トテトテとハミルが近づいていく。
ハミルは前のめりになっているフレムの顔、その口にそっと唇を触れさせた。
「えへへぇ……上書き……」
はにかんだようなハミルと見つめ合うフレム。
フレムは固まり、そのポカンとした表情から激しい動揺が窺える。
「……何が起きた? 桃か? マシュマロか? ああそうか唇か。うん? 何が起きた?」
「フレム……。他に言いたいことはあるかしら?」
前後不覚と言える程錯乱している様子のフレム。
イリスは口元をひくつかせ、責めるようにフレムに銃口を向けていた。
「や、柔らかかった?」
頭の中の情報が錯綜しているのか、フレムの出した言葉は弁明ですらない。
その拍子に響き渡る銃声。
放たれたのは黒い魔力弾であり、攻性魔力を打ち出したもの。
多少は痛むが当たっても命に別状はないものだった。
「危な! 落ち着いてください! ごめんなさい! でも今の俺が悪いとこなんかあったか!」
「そうだよおねーさん! なんでおにーさんを攻撃するの?」
フレムは本当に撃ってきたイリスを必死になだめ始める。
ハミルは少し怒ったようにフレムを庇っていた。
イリスとハミルの視線がぶつかり、双方怒気を孕んだような気配で向かい合う。
「ふふふ……そうね」
笑顔を作ったイリスが二丁拳銃を構え、ハミルは地天の杖にヴャルブューケを纏わせハンマーに変える。
そして唐突に始まるイリスとハミルのバトル。
イリスの銃弾が辺りに飛び散り、ハミルのハンマーが地面を削る。
フレムだけでなく、シリルやルーア達も流れ弾や地面の振動で恐慌状態に陥っていた。
「あああ……、何故だ! どうしてこうなった!」
「フレム! 今のうちに逃げよう! 私さっきのおかし食べたい!」
絶賛混乱中といった様子で顔を押さえてオロオロするフレム。
そのフレムの頭の上から、マトイが空気を読まずにお菓子を要求していた。
マトイは急かすようにフレムの頭をぺしぺし叩いている。
「勝手に食ってこい! これ、俺逃げたら駄目な気がするんだが!」
「大丈夫だよ。私には関係ないもん」
言い合いを開始するフレムとマトイ。
フレムは頭に居るマトイに連続指弾きを仕掛け始め、マトイはフレムの頭をぺしぺし叩いて反撃する。
微笑ましい小さな戦いが幕を上げていた。
「なんでこの短時間で仲良くなってんだよ……」
ラグナートはその様子を見て思わず驚きを洩らす。
哀愁に浸ってたのに、マトイが一瞬で昔の調子に戻っていたのだ。
「ふふふ、後はラグナートだけですわね」
「はぁ……、なんだかなぁ……」
隣で微笑むシトリーに敗北感を覚えたラグナート。
一人で物思いにふけるのが急にバカらしくなってきていた。
「肩……貸して貰えるか……」
「ええ……どうぞ」
ラグナートは力を抜き、シトリーの肩に頭を掛けた。
そこに寄り添うように顔を添えるシトリー。
「天使のルーアちゃんが最後に行った事……、知りたくないですか?」
ぽつりと呟かれたシトリーの言葉。
ラグナートは驚きをあらわにし、目を見開き問い質す。
「分かるのか!?」
がっつくようなラグナート。その勢いに笑顔が溢れるシトリー。
はしゃぐハミル達に視線を移し、シトリーは優しげな表情を作る。
「多分……。いえ、きっと……素敵な素敵なおまじないですわ。内容は、そうですわね。貴方がいつか……前を向けるようになったら、教えて差し上げますわ」
「ええ……なんだよそりゃ……。卑怯だよな……。んじゃ……少し前向きになれるよう努力するかぁ……」
シトリーの酷く曖昧な言葉に肩を落とすラグナート。
だが不思議と悪い気分ではなかった。
気に掛けてくれる者が居るという事が、自身にとって救いになっている事に気付く。
「ええ、頑張ってくださいましね。いっそマトイちゃんとここに住まわれては? フレム達も喜びますわよ?」
シトリーの思い付きをラグナートは真剣に思案した。
ここなら自身もマトイも、半ば隠れるように暮らす必要はないのだ。
なるほど、それも良いか。
マトイもなついてるしな……
天使ルーアにはシリル達を頼まれた。
フレム達の事も気になる。
やる事はあるし退屈はしない。
この『ラグナート』の名を、二度も死なせないようにと……
ただそれだけを思って生きて来たが……
もう少し……前向きに見ても良いか……
二度と出来ないと思った友人達……
千年経って新しい友人か……
ああ……そうだな……。ソフィアやシトリーの言う通り。
夢ってのは見てみないと分からないもんだな……
ラグナートは暴れ回るイリスやハミル、慌てふためくフレム達を眺め……
その顔からは自然と笑みが溢れていた。
「で、おまえさんも落ち着いたのか?」
「ああ……。死ぬかと思った……。助……かった…………」
ラグナートは近くに避難してきたセリオスに視線を向ける。
セリオスは心底安堵した面持ちで呟き、仰向けで空の星を眺めていた。
心境の変化に戸惑い、調子に乗った事を後悔するかのように……




