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三十七話  星が願いを

 セリオスが血溜まりに沈む中……

 飛行を続けていた船が空中にて突如停止した。



「ガルド様。到着しました」



 天使の一体が目的地に着いたことを報告する。

 先程開かれた窓から見える景色に、ルーアは見覚えがあった。



「ここは……、ベルフコールじゃないか! こんな所に何故……」



 ルーアにとっては最近訪れた場所、見間違えはないと確信する。

 荒廃したベルフコール城跡地前、建物の残骸などお構いなしに着陸する船。

 花一輪育たぬこの場所に、何をしに来たのか……

 疑問に答えを出せないルーア。



「さあ、目的地に着いたようだ。お遊びは終わりにしよう。ラファエルは私が存分に可愛がってやるぞ。安心して死ね。アーセルムの王子!」



 ガルドがいやらしい笑みを浮かべて指令を出す。

 一体の天使がうつ伏せに横たわるセリオスに近付き、その頭上に剣を構える。

 エトワールはその光景を震えながら見つめて居た。



「エトワール……。すまない……。キミを……救いたかった……。助けたかった……。謝り……たかっ…………」



 虚ろな瞳で懺悔するセリオス。

 その首筋に降り下ろされる剣。高笑いを上げるガルド。

 エトワールはその光景を認める事が出来なかった。



「いや……。いや…………。いやーーーーーー!!」



 エトワールの叫びに呼応するように、天使の剣はセリオスの首筋直前で停止する。

 天使の手はまるで金縛りに会ったかのように、小刻みに震えながら固まっていた。



「どうした? 早く殺せ。勿体ぶる必要はない!」



 ガルドは急かすが、天使の様子は明らかに異常だった。

 その身体が徐々に膨れ上がっていったのだ。

 足が、腕が、顔が、体中が血しぶきを上げながら肥大していく。

 そして、その体は唐突にして一瞬で破裂した。細胞の一片も残さず粉々に。

 天使の持っていた剣や、セリオスに刺さっている刃でさえ蒸発していった。



「は? 何事だ!? そんな馬鹿な! 誰がこんなわけの分からん能力を……」



 ガルドは突然の事態に慌てふためくが、その力の出所はすぐに判明する。

 エトワールからおびただしい魔力が吹き上がっていたのだ。



「何をしているラファエル! 我等を癒せ! それだけで良いのだ! 他には何もするな! お前は神々の娼婦だろうが!」



 杖を向けて命じるガルド。エトワールはゆっくりと立ち上がる。

 エトワールの目は諦めた者、悲観にくれる者のそれではなく……

 今まで見せた事のないような力強い意思を秘めていた。



「はい……。私にはそれしか出来ません……。癒しを与えます……。限界を越えて……、貴方方が死ぬまで!」



 エトワールはけして言わなかった、思う事すらなかった言葉を連ねる。

 その声に、生まれて初めて抱いた怒りの感情を乗せながら。

 言葉通り、エトワールに近い天使から順々に膨れ上がり……

 抵抗も出来ず次々に破裂していった。



「いや! ま、ままま待て! 分かった! もう治さなく良い! やめろ! やめてくれぇ!」


「いや……です……」



 恐怖に狂ったようなガルドの必死な命令。

 それをエトワールはガルドを睨み付けながら拒否した。

 全てを受け入れる存在であるはずの『神を模し癒す者』。

 強い意思を持ち、自己を主張するなど本来の機能からは逸脱していた。

 その反動からガルドの持つ杖にヒビが入り、跡形もなく崩壊する。

 全ての天使達は破裂し、ガルドの体が徐々に膨らみを見せていた。

 怒りをぶつけるように、苦しみを与えるように。



「いた……。くる……し……。助け……」



 助けを求めるガルドはぶくぶくに太り、音を立てて破裂した。

 塵となり消え去ったガルド。

 セリオスは力なく立ち上がり、悲しげにエトワールを見つめる。

 エトワールが完全に自由意思を持った事で、セリオス達の傷も癒えていたのだ。



「エトワール……、すまない……。ありがとう……」


「セリオス様……」



 起き上がったセリオスは自分の不甲斐なさに涙していた。

 セリオスは同じく涙を流すエトワールを強く抱き締める。

 そこでようやく、ヴァルヴェールが青く輝き目を覚ました。



「シリル! どうなっているのですか!? 主砲のエネルギーが上がっていますよ! このままだと止められないんですけど!」



 酷く慌てているヴァルヴェール。

 主砲は一度設定した自動照射を変える事が出来ないと語った。

 狙いも変えられず、破壊を試みたらその場で爆発もあり得るようだ。



「なんでそんな機能なんだよ!」


「それだけのエネルギーですからね。おいそれと変えたり止めたりしてもエネルギーの逃げ場がありませんし……」



 シリルの叫ぶような疑問にヴァルヴェールは残念そうに答える。

 だが、そう言われて諦める者は一人も居なかった。



「やれるだけやってみよう! ヴァルヴェールも戻ったのだ。全員の力を結集すれば跡形も残らず消し去れるかもしれん!」



 ルーアの提案に皆力強く頷いて同意する。

 ただ一人、悲痛な面持ちをしたエトワールを除いて。



「待ってください……。私に考えがあります。皆さんは先に戻っていてください」



 考えがあると言い、一人残る意思を示すエトワール。

 セリオスはそのただならぬ決意を秘めた目に、何か言い知れない不安を感じていた。



「私も残ろう。ここはエトワールと私に任せよ。事態はまだ解決したとは言えないのだ。急ぎフレム達と連絡を取り、動きによっては備えねばならん」


「確かに破壊竜の方も気になるが……。分かった……。信じてるからな!」



 セリオスの判断を受け、シリルは無理矢理ながら納得をした。

 もしも破壊竜が目覚める事になったら、自分達も戦力として駆け付ける必要があるのだ。

 時間もなければ、ここで不要な力を使う必要もない。



「おまえをぶっ倒すのは俺だ! 死ぬんじゃねぇぞ!」


「ふ……。楽しみにしているぞ……」



 悪態とも取れる激励を声に出したカイラに微笑んで応えるセリオス。

 カイラの炎と、シリルの水の刃が船内の大窓を破壊する。



「殿下、エトワール様。御武運を!」



 イリスはセリオスとエトワールに一礼し、巨大化したワーズの背にハシルカと共に乗った。

 ワーズは駆け出し、窓から出ていった姿はあっという間にセリオス達から遠ざかる。



「エトワール……。して、その策とは?」


「はい……。機関部もろとも、この船を私の魔力で破壊します」



 セリオスが問いエトワールの語った策とは、先程エトワールが行った攻撃。

 必要以上に生命力を与え、身体を崩壊させる行為。

 しかし生命でないこの船の主砲にはそれは無意味。

 なので生命力を熱量に変え、直接内部に配置して内側から破裂させると言う。



「先程天使の武具を消滅させた事で要領は掴んでいます。私の魔力を全て使えば、主砲もろともこの船を消し去れると思います」


「全てだと? おまえはどうなるのだ? 全て使ってしまっては治癒も……」



 淡々と語るエトワールの策に疑問を感じるセリオス。

 そこでセリオスは気が付いた。エトワールの肌が爛れ始めている事に。

 すでにその策を始めていたのだ。



「ごめんなさい……。ごめんなさいセリオス様……。私は……やはりおぞましき者です……。浅ましい……願いを持ってしまった……」



 謝罪を始めたエトワールの目からは止めどなく涙が溢れ出していた。

 うつむき、自身を蔑むような言葉を絞り出している。



「どうした!? 何故泣くのだ! もういい! おまえが死んでは意味がないのだぞ!」



 セリオスにはエトワールの真意が把握出来なかった。

 こんな作戦なら、まだ最初の策の方が可能性があったと感じている。



「私は貴方のお側に居てはいけないのです……。私はいつか貴方を害します……。それは始めから分かっていました……。今回の事もそう……、ずっと考えていました……。そして……、ようやく私を終わらせる方法を得ました……。私はここで……、一人で果てるつもり……だったのです」


「そんな……、何を言っている!? そんな事を言わないでくれ!」



 エトワールの覚悟を認められないセリオス。

 エトワールのために生きようと誓ったのに……

 エトワールはセリオスのために死ぬと言っているのだ。



「ですが……。貴方が彼等を行かせ、残ると言った時……。私は……、それを止められなかった……。嬉しかった……。貴方と共に……、最後まで居たいと願ってしまった……。こんなはずでは……なかったのに……。兵器の破壊なんて……、本当はどうでも良かったのに……」



 エトワールが感情を吐き出すように喋るなど始めての事だった。

 セリオスは何も答えられず狼狽えている。

 何を伝えようとしているのか、それすら分からなかったのだ。



「セリオス様……。私と共に…………死んで下さいますか?」



 エトワールは顔を上げ、悲しそうな顔でそう言った。

 頬を伝う涙、その表情は侮蔑や中傷を受けると分かっている者の顔。

 それでも、浅ましき欲望を抑える事が出来なかったのだ。

 命令を遂行する天使兵器として、エトワールはすでに壊れていた。



(何を言っている? まさか心中しろと言っているのか? この私と? エトワールが? ……これほど恐ろしく、おぞましい事があろうか……)



 驚愕した心境で、セリオスはその身の内にて思考する。

 この時、自身がとっくに壊れている事に思い至った。


 恐ろしい……


 おぞましい……


 それは間違いない……。それなのに……


 セリオスの心はただ一つの感情で支配されていたのだ。



 歓喜。



 自分を恨んでいても仕方がないと思った者。

 心から愛しいと思った者。

 それが、死するその時まで共に居たいと願ってくれたのだ。

 これより嬉しい事があろうものか。

 自分とエトワールの時間が重なる事はない。

 どうあっても自分はエトワールを置いて先に死んでしまうだろう。

 そう思ったからこそ、言いたくても言えなかった言葉があった。


 セリオスはエトワールの手を取った。

 驚いている様子のエトワールの頬を撫で、安らいだ表情でセリオスは語る。



「もちろんだ。エトワール……。こちらからお願いしたい……。私と共に生き……、そして私と共に死んでくれ。その最後の時まで……私の妃になってはくれないか?」



 セリオスの真なる願い。

 すでに彼は自国とエトワールを天秤に掛け、エトワールを選ぶ程おかしくなっている事を理解していた。

 体裁を繕う必要などどこにもないのだ。

 その言葉を聞いたエトワールの目から溢れる涙は止まる事はなかった。



「はい……、はい! どこまでも……共に在りたいと思います!」



 与えるだけの存在であるエトワール。

 与えられる喜び、共に居られる喜びに気付いた彼女は……

 もう使命など全う出来ない。

 彼女の願いはセリオスと共にある事。

 ただ、それだけだった。



 ーーーーーーーーーー



 エネルギーの肥大で船内の熱量は高まり、セリオスの体も至る所が爛れて来ている。

 セリオスは座り込み、その手に抱くエトワールはすでに人の形を成してはいない。



「後どのくらいだろうか……」


「一分……にふん……くらいでしょ……か……」


「そんなに長くキミと居られるのだな」


「ああ…………せりおす……さま…………あいして…………います………………」


「ああ……、私もだ……。愛している……。エトワール……」



 セリオスとエトワールは語らいながら、この短い時間に至福を感じていた。

 顔も判別出来なくなったエトワールの身体を抱き寄せるセリオス。

 セリオスは愛しき者の声がする場所に、その唇を重ねた。


 閃光。


 膨大な熱量が巨大船を主砲ごと内部から破壊する。

 ベルフコール城跡地周辺をも巻き込み、巨大な光の柱が天を突いた。

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