二十四話 邪教の影
ということで業者の営業所までやって来た俺達。
見るからにまともにやってなさそうなおんぼろな建物だ。
もう夜中なので営業はしていない。
どうする気なのだセリオスは?
ドンドコドンドコ躊躇なく戸を叩き始めるセリオス。
やってねえんだってば! 落ち着け王子様!
「どちらさんだい? 今日は終いだよ」
見かけで判断してはいけないが、ガラの悪そうなお兄さんが出て来た。
さあ出直そう。夜見るには人相が怖過ぎて心臓に悪い。
「邪魔をするぞ」
「お、おい! 待てよこら!」
セリオス一言吐いて強硬突破。
お兄さんの怖い静止を無視してドカドカ入り込む。
本当に心臓に悪いからやめて欲しい。
仕方なく俺も着いていくが、建物の中にはチンピラっぽい怖い人達が十数名。
怖いよセリオス!
「そちらが遭遇したと言う魔物の情報を買いたい。悪い話しではあるまい? 国の調査団が居座り続けていては思うように動けぬだろう?」
セリオスはそう言うと巾着袋を取り出し、近くのテーブルに金貨をばら撒いた。
二、三十枚はあるな。これだけで一年は遊んで暮らせる額だ。
情報次第では更にこの十倍出すと言い放つセリオス。
「気前が良いねぇ兄ちゃん。何者だい?」
「何……、珍しい魔物と聞いたのでな。そういう情報、もしくは魔物その物を高く買い取ってくれるコネがあるのだよ。この程度は端金だ」
奧に座る一際悪そうなおっさんに対し、めっちゃ悪そうに答えるセリオス。
俺空気。善良な民間人には場違いもいいところである。
「なんだ、同業さんかい。だったら分かってんな。こういうのは信用が命だ。もしこっちを謀ろうってんなら……」
「随分見くびってくれるな? お互いの後ろ楯が分からぬ以上、下手を打つ馬鹿は居まい?」
怖いおっさんの脅しを逆手に取るセリオス。
セリオスは信用させつつ、相手の行動を制限させるよう釘を打っていく。
「そちらの商品は人間だったか? だったらなおのこと、調査団が滞在するのは困るだろう? なんなら……、私の主に言って兵を引かせるよう仕向けても良い」
セリオス嘘八百。カマまでかけてとんでもない奴である。
ここだけ見るとおっさん達が可愛く見える程の極悪人だ。
「へへ……、こいつぁ話しの分かる御仁じゃねーか。その通りだ。孤児院で引き取ったガキを売り捌いてんだがな。ウチのバカ共が怪我して在住の兵に連絡しやがった。こう町中うろつかれちゃ満足に動けやしねぇ」
上手く信用を得られた事で口の軽くなるおっさん。
やはり孤児院もグルか……
平静を装うセリオスは更に情報を引き出そうと試みた。
「ほう……、身寄りのない者を品にするか……。中々切れる考えだな。しかし孤児ならば品にならぬ物の方が多かろう」
「ああ、そのまま身売りにも出せねぇ、割捌いて中身を売りにも出せねぇ奴は一部のマニアにしか売れねぇからな。ただその中々表立って始末も出来ねえゴミを買い取ってくれるって所が出て来てな。なんと死体でも構わねぇとさ。ようやく今回孤児院最大のゴミを始末出来ると思った矢先……。この事件よ」
セリオスの誘導にあっさりと乗るおっさん。
その口からは虫酸が走る単語が湯水のように溢れ出る。
よく堪えてるなセリオス。
俺は今すぐにでもこいつらを捌きたい。
「なるほど……」
セリオスが口元をひくつかせている。限界は近かったようだ。
ここまで来たらもう少し我慢してくれセリオス王子。
そこにチノレに襲われた三名が俺達の前まで来て証言を始めた。
「使えねぇくせにビービーうるせーし、最悪殺しても良いらしいからよ。取引相手が来る前にちっと締めようって話しになったわけよ。まず犯っちまおーかって話しだったんだけどな、病気にも掛かってるっつーし移ると困るからさ」
「そうそう、色々試したくても出来ねえって本当使えねぇのな? だからとりあえず憂さ晴らしにボコボコにしてたんだけどよー」
「そしたらスゲー声上げてバカデカイ猫みてーな魔物が襲って来てさ! そんで俺ら……」
三名のゴミ虫の口から次々と出てくる悪意の塊。
聞くに堪えないとは正にこの事だった。
俺の腰でアガレスがカタカタと震え、小さく『許せん……』と呟く。
気付けば俺は三名の内の一人の顔と耳の間に、アガレスの剣先を向けていた。
「停止しろ」
俺の発した声と同時に、ゴミ虫一体の耳が最初から付いていなかったかのようにボトリと床に落ちる。
アガレスも限界のようで俺の考えを汲み取ってくれたようだ。
「あ? あぁぁぁぁぁぁ!?」
耳を抑え転げ回るチンピラ。
俺が剣を振るい、直接切り落としても良かったが……
それだと胴体ごと切ってしまいそうだったので自重した。
俺の我慢は……もはや限界を越えている。
「テメェ!! なんのつもりだ!」
先程セリオスと話していたリーダー格とおぼしき者の怒号に合せ、全員が戦闘態勢に移行した。
同時に俺とセリオスは弾けるように駆け出し、手にした剣の平をチンピラ共の腕や足に叩き付けていく。
チンピラ共の手足は叩かれた衝撃で皮膚が裂けて腫れ上がる。
骨にもヒビが入るだろうが容赦はしない。
二人がかりであっという間にチンピラ共全員を戦闘不能に追い込んだ。
怪我をしていた三名程の手足を、不必要にサックリ刺してしまったのは不可抗力である。
なんだかんだ俺は未熟なのだ。
俺は最後に残ったリーダー格の刃を弾き飛ばし、肩口にアガレスの刃先を突き刺した。
おっさんの呻き声を聞いてももはや何も感じない。
「いぃぃぃ! 待ってくれよ! 何なんだよ!? 何が欲しいんだお前ら!!」
「私はアーセルム王国第一王子セリオス。色々聞きたい事がある……。例えば取引相手とか……な」
痛みに苦しむおっさんに、俺の背後からセリオスが名乗りを上げた。
おっさんはフードを取ったセリオスの姿と言葉に驚きを隠せないようだが、状況は察したようだ。
「いや……、それは……。俺だって命は惜しい……。それだけは……いぃぃぃ!!」
この期に及んで誤魔化そうとするおっさん。
俺は話しの途中でアガレスを傷付いたおっさんの肩口に再度突き刺した。
「俺は人を人と思わないヤツを人とは思わない。別にお前が話さなくてもまだ居るしな……」
「お前! 王子が居るのにこんな事して……」
俺の言葉に対しておっさんは正論を投げ付けようとしていた。
ふと俺が視線を移すと、セリオスは腕を組んで不自然にそっぽを向いている。
セリオスも腹に据えかねているのだろう。
もしくは蝶々か何かを目で追っているのだきっと。
ゆえに、すぐ横に居るのにこちらが見えていないのだ。
そういう事にしよう。
俺は改めて喚く『ソレ』を見下ろし、アガレスを振りかぶった。
「わ、わかった! 待て、ゼ、ゼラムル教団だ!」
観念したようでおっさんは洗いざらい喋り始めた。
表向きは身寄りのない子供や、経済的余裕のない家庭から子供を引き取って面倒を見る孤児院。
国からも多大な援助を受けている。
その子供を引取り手が見付かったとして売り飛ばし、更に利益を得ていた。
そして買い手の付かない子供を引き取ると持ち掛けて来たのが、ゼラムル教団という所らしい。
ある程度の情報を引き出せたところで、おっさん共は駆け付けた衛兵に突き出された。
随分と良いタイミングだが、調査団がこの町の衛兵に話しを持って行ったようなのだ。
王子が動いてこの業者の悪事が判明した場合、まずお叱りを受けるのはこの町を管理していた軍だ。
捜査の怠慢を指摘される事は明らかなのですぐに飛んで来たのだろう。
そうして俺達はむさ苦しい建物からようやく外に出れた。
先程の続きを語るセリオスによるとゼラムル教団は千年前の厄災、破壊竜を信奉する集団であるとの事。
腐った世の中を破壊する、的な言わばテロ組織のようだ。
国の政治体勢に不満がある者や、ただ単に面白半分の者も多いのだそう。
死体まで集めて何をしようとしてたのかは不明だが、ろくでもない事は確かだ。
ここまでする組織だったとはセリオスも思ってなかったらしい。
「まさか我が国でここまでの暴挙が行われて居たとはな……。このような事を野放しにしていたとは……。我ながら全くもって情けない……」
セリオスは自分の落ち度と言わんばかりに落ち込んでいる。
本当に国の事を思っているのだろう。
それなのに俺ときたら感情で動いてしまった……
「セリオス……。さっきは……暴走してしまった……。正直反省はしてるけど後悔はしてない。でも謝る。ごめんなさい」
俺は恥ずかしい程ムキになってしまった事を詫び、頭を下げる。
セリオスの立場からしたらやはり問題だろう……
そんな俺の謝罪に驚いたようにキョトンとするセリオス。
「ははははは! 気にはしろ。反省もな。だがおまえの気持ちは分かる。本当はマズイが大目にみよう。今回の件、礼を言う。助かったぞ。おまえ達のおかげだ。他の者達にも伝えておいてくれ」
怒られる覚悟はしていたが、なんとセリオスは許してくださった。
やだ……。王子様カッコ良い……
連れて来ただけで俺はむしろ邪魔したというのに……
俺のセリオスに対する好感度は上限振り切りそうだ。
イケメン……ありかなぁ……。とか一瞬思ってしまった。
ともかくこれで終わるはずもなく、これから忙しくなるとセリオスは頭を抱えながら、おっさん共を連れて行った衛兵の元に向かった。
孤児院自体もどうにかしなくてはならないしな。
別件で来た調査団と帰る訳にも行かなくなったようだ。
「さて……、俺も帰るかな」
寂しそうに棒倒しをやっていたザガンとチノレにごめんなさいした後……
俺も棒倒しに数回交ぜてもらい、帰路に就いた。
もちろんおみやげは買ってある。
セリオスの威光を使い、時間外だというのにこの町で一番人気らしいクリームパンを買っておいたのだ。
ーーーーーーーーーー
魔神館に帰宅し玄関の扉を開ける。
そこにはずっとその場に居たのか、愛しの妹が待っていた。
「おかえりなさーい!」
「ただいま~!」
両手を広げて駆けて来たリノレを持ち上げる俺。
笑顔で帰宅の言葉を交わした。
犠牲になった者は沢山居るだろう。
それを思うと良かった……、というのは不謹慎だが……
それでもリノレが幸せそうに笑っているだけで救われるものがある。
「あ、美味しそうな匂い。リノレこの匂い知ってる!」
リノレのその言葉に俺は少し焦りを覚えた。
これはマズったかな……。あの町の名物ならそりゃ知っているだろう。
嫌な事を思い出させたかと思ったが仕方ない。
「おみやげに買って来たぞ。もう夜も遅いけど一つくらいたまには良いだろう」
「わーい! ありがとう! 一度食べて見たかったの!」
俺がパンを渡すと感極まったかのように笑うリノレ。
匂いは知っているが、味も見た目も知らない念願の食べ物だったようだ。
リノレは美味しい美味しいとクリームパンを頬張っている。
この日は皆で同じ部屋で寝た。
この幸せを噛み締めるように……
この幸せを共有するように……
この幸せはこの先も続く。続かせなくてはならない。
いつまでも、絶対にな……
ーーーーーーーーーー
それから数日が立ち、ウラニアの町の孤児院は解体……
というわけにはいかないので正式に国で運営するそうだ。
人身売買を行って居た奴らはもちろん相応に重い刑が下された。
問題がすでに売られてしまった者達。
半数以上が無事、とは言いがたいが保護された。
だが手遅れだった者、国外に売られ安否が絶望的な者……
なども居るので一件落着とはやはり言えなかったようだ。
さらに言えばアーセルム貴族の中にも玩具として買いつけた者まで居た。
もちろん激怒のセリオスによって裁かれたが。
それもあってセリオスは大忙しらしい。
平和だと思っているのは幸せな人間だけなのだと……
改めて思い知った俺は少し自己嫌悪に陥っていた。
「しかしここの結界はなんとかならんのか? 上質な退魔の札が一回来ただけで使い物にならなくなるぞ」
この話を聞かせてくれた当人。
セリオスが人ん家で紅茶を飲みながら軽い口調でぼやいている。
俺のおセンチな心情が台無しじゃないか。
「セリオスくん忙しいんじゃなかったのかよ」
「なに、改めて礼を言おうと思ってな。それと伝え忘れていたことがあった」
俺の皮肉を冷静に返してくるセリオス。
なんて律儀なんだ……。実は寂しいんだろおまえ。
「ラグナート……。その名がアーセルムにあったのは千年以上前だ。何故その名を騙ったかは分からぬが……。一応気を付けておけ。といっても……、よく分からないのはここに居る全員なのだがな!」
そう言って高笑いを上げるセリオス。
ほう……、ラグナートって偽名なのか?
というよりまず……、そのよく分からないカテゴリに俺を含めないで欲しい。




