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百八十六話  今すぐ殴りに行こう

 チノレに夢中な法王はもはや役に立たない。

 俺は少し踏み込んだ事情を聞きがてら、ハミルを誘いお散歩に出掛けることにした。

 どうも最近距離感がむず痒く、動いていた方が話しやすいのだ。



「なるほど。ワーズの治療の目処が立った段階でシリルとハミルはカイラパパに送ってもらって帰還。その時に異常は見られなかったと」


「うん。妖精の里(ルリーフガーデン)でワーズくんの核の修復に必要な素材を皆で探したんだ。広くて複雑な洞窟に入ったりヘイムダルくんと戦ったり……。凄く遠くまで飛べる大砲に乗ったりしてね」


「ピピィ、ピィ!」



 気ままに森を散策しながら聞く限りシリル暴走の糸口は全く掴めない。

 ハミル自身は元気な様子であり、妖精の里での冒険を楽しげに語っている。

 俺の頭の上で鳴くひよこはいつもと変わらず。

 違和感も鳴りを潜め、その魔力もいつの間にかハミルと解け合っていた。



「シリルは仲間を、ハシルカというチームを凄く大切にしてたし。やっぱこんな堂々と裏切り行為を働く理由がないな」


「そうなんだよ。何か事情があるのは間違いないね。これ以上問題になる前に、僕が先に見付けて話を聞きたいんだ」



 鬱蒼と生い茂る草花を掻き分けながら進む俺とハミル。

 道中絡んできたニワトリ共を蹴飛ばし、追っかけて来るでっかい熊を振り切りながらも話を続けていく。



「それでおにーさん。僕達は迷子かな?」


「ああそうだな。俺達は迷子だ」



 意気込みの後とても晴れやかな表情で問い掛けるハミル。

 俺は走って一汗かいた額を拭い、なんであるのか分からん崖の前で紛う事なき事実を伝えた。

 眼前には雄大なる空。眼下には美しい森と湖が爽やかな気持ちを運んでくれる。

 落ち着いて考えても迷子なのは明白。いつものことだ。

 そこは諦めて、俺は少し引っ掛かっていた疑問を口にすることにした。



「ところでカイラの妹、ミルスちゃんだっけ? その子の誘拐ってどこで知ったんだ? こないだシリルがウチに来てから日が経ってない。その時は一人だったぞ?」


「そうそう。それなんだけど、僕達がここに向かう直前に聞いたんだよ。うん、ちょうどこんな感じ」



 国を跨いだ情報伝達方法があるのかと興味津々で聞いてみたのだが、ハミルはちょいと上目遣いで空を指差す。

 瞬間嫌な気配を感じて俺の視線はその先を辿った。


 上空には突如暗雲が立ち込め、狂ったような暴風が吹き荒れている。

 その暴威は降下し、瞬く間に俺達の居る場所に到達した。

 周囲の木々は仰け反り、立っていられるのが不思議な程の風圧である。

 荒れ狂う暴風の中心には圧倒的な気配を放つ銀髪の男。

 目を見開き淡白な表情をしたゼファーさんが崖の先で浮いていた。



「なんつう風だ……。ハミル! 吹き飛ばされないよう……に……」



 俺は警戒のため声を掛けようとしたが言葉に詰まってしまう。

 隣に立つハミルのツインテールが盛大になびく。

 陽の光に照らされる金色の髪は眩しく、その幼くも前を見据える芯の強い横顔に目を奪われかけたのだ。


 直後頭に居るひよこの重量がガツンと増えて我に返る。

 俺の体は頭上からの超重力で地面に縫い付けられていたらしい。

 加減しろひよこめ。飛ばされないのは助かるが足が折れそうだ。



「やあフレムくん……。久方振りだね……。一つ訪ねたいんだが、シリルがキミの所に来なかったかな?」


「き……、ききき来ましたけども? すぐに帰りましたよ! ヴァルヴェールを迎えに来ただけでしたし……」



 感情を押し込めるようなゼファーさんの声はとても重い。

 俺は気圧されながらもなんとか声を絞り出した。

 ハチャメチャに怖い。なにせ遠目の湖は波立ち、真下にある木々は次々と宙に舞う。

 馬や鳥や熊がここら一帯から全力で逃げる気配を感じる。

 周囲の影響完全無視での自然破壊。

 シトリーを警戒してたのにシトリーが怒りそうな事を平気でしているのだ。

 下手な発言をすれば何をしでかすか分かったもんじゃない。



「そうか……。それは残念だ。実はシリルの奴がうちの娘を拐かしたようでね。シリルを見掛けたらキミの方で保護して欲しい。私が見付けたら……殺しかねん」


「ひゃい! ひゃい! お任せください!」



 圧の強すぎる言葉に続き、ゼファーさんの眼光は射殺さんばかりに鋭い。

 魔王様の恐ろしさと足の痛さで俺はただただ頷くばかりである。

 話が終わると同時にゼファーさんは飛び上がり空の彼方に消え去った。

 崖は崩壊間際で俺達の後方にある木々すら吹き飛んでいる。

 空に舞った大量の葉は正しく嵐が過ぎ去った後。

 ひよこも軽くなり、俺は若干埋まっていた足を地面から引き抜く。



「やっばいぞあれ……。なんだあの迫力。カイラなんて比較にならん……。屋敷から離れてて正解だったな」


「うーん。僕達が帰った後からそんなに経ってないし、シリルくんの移動は早すぎるとは思うんだけどな……」



 前に会った理知的な紳士からの変貌ぶりに怯える俺。

 それとは対照的にハミルは冷静に状況を考察していた。

 確かにゼファーさんならともかく、シリルには短時間で国を跨ぐ手段はないはずだ。

 ゼファーさんはカイラの実家に顔を出し、今の状況を知ったのだろう。

 ハミル達を送った後、数日妖精の里に戻ったと仮定してもシリルの動く時間がない。



「随分と錯乱してたから決め付けかもな。キャロルの件もあるし、情報がゴチャゴチャになってるのかもしれん。犯人は別に居る可能性があるか……。ともかくしらみ潰しに各地を回ってんなら、こりゃ本当にシリルが危ないぞ。一旦帰って対策を練ろう。最悪マトイを迎えに行かなきゃならない」



 無実かもしれない少年がボコボコにされるのは忍びない。

 迅速に動くためにも現在出張してるシトリー達との合流は必須である。

 そう思い崖から帰り道へと視線を移すと、そこには拳を付いて頭を下げるムホウマルの姿。

 髪はボサボサでコートも脱げ掛けている。



「あれが神にも匹敵すると唄われし西風の魔王……。流石は我が殿、来客も大物ですな……。御友人も見えておられますが如何いたしますかな? 面倒であれば切り捨てますが?」


「切り捨てないで!? わざわざ迎えに来てくれたんですか?」



 相変わらず物騒極まりないムホウマルさん。

 どうやら仕事が出来そうで出来ないタイプのようである。

 俺はまず余計な事をせぬよう厳命し、都合良く現れた理由を尋ねた。



「殿とレイクザードの孫娘、その二名のみでの行動は取らせるなと言われておりましてな。しかしながら殿の行動を制限するなど家臣にあるまじき行い。故に陰ながらお供させて頂いた次第でございます」



 ムホウマルさんは使命と言わんばかりに誇らしげだ。

 思うところがないとは言わんが確かにその通り。

 俺とハミルが組めば天下無敵の迷子。

 目的地に辿り着けないのは当然のこと、帰ることすらままならないからな。

 騎士団の仕事とは思えないが正直大いに助かる。



 ーーーーーーーーーー



 警備に戻る爺様にお礼を言い、屋敷に帰宅し待っていたのは幼なじみのフロルだった。

 テーブルに突っ伏しながら、キャロルと一緒に焼き菓子をパクつく姿は自堕落そのもの。

 ちゃんとお面を付けたザガンは側でお盆を抱えたままソワソワしている。

 きっと感想待ちをしているのだろう。



「あ、やっと帰ってきたぁ! あれ? その子前に見掛けた可愛い子だよね? あれれぇ? デート中だったのかなぁ?」


「デート……。あ、あの。こ、こんにちは……」



 フロルは俺達に気付くとさっそく下卑た薄笑いで煽ってくる。

 含みのある言い草にハミルは照れるように小さく挨拶をし、俺の背に隠れてしまった。



「訳あってしばらく預かる事になってな。ハミルは大事な客人なんだ。妙な詮索をするんじゃない」


「はいはーい。ごめんね。よろしくハミルちゃん」


「はい、よろしくお願いします……。え、僕初耳だよ? ここに泊まるの? おにーさんと一緒に?」



 軽く説明して一喝すると、フロルは緩い笑顔で手をヒラヒラと振る。

 ハミルは反射的に応対するも、ここに残る事は聞いていなかったらしい。

 頬を両手で押さえて混乱する様子を見せ、ついには虚空を見つめてぼんやりし始める。



「そうだ、ねえねえフレムくん聞いてよ! イリス達ったら酷いんだよ! この前話した仕事あったでしょ? 結局私を置いていっちゃったんだから!」


「あ~、そういや魔道具必須の依頼とか言ってたっけ。悪いな遅くなって。まあ休暇だと思ってゆっくり休んだらどうだろうか?」



 唐突に眉をしかめ、フロルは不貞腐れた口調で愚痴を溢す。

 同意を求めるフロルの機嫌を損ねるのは危険。また関節を取られかねない。

 俺は機嫌を取りつつ、頼まれていた案件をすっかり忘れていた事をうやむやにしようとした。



「だってグレイビア王国の王子様が直々にいらっしゃって御招待されたのよ? 豪華客船での優雅な船旅。美味しいお食事。これを逃したのは大きいよ! アッシュくんとレオくんが今すぐ行こうなんて言っちゃってさ。もう少し待ってって言ってるのに無視してイリス連れてっちゃって。しかも、護衛にあのフィルセリアの勇者シリルくんまで同行するって言うんだから。私も会いたかったのになぁ!」


「……フロル。今なんて言った?」



 ご立腹のフロルに長々と愚痴を聞かされるのは覚悟していたが、俺は思考する前に口を挟んでいた。

 どうやっても聞き捨てならない事を聞かされたからだ。

 隣に居るハミルも流石に驚いた様子で俺に視線をぶつけてくる。



「グレイビアの王子だとぉ? フォルテか? フォルテの奴か? あの男、大の友人である俺に挨拶もなく? イリスを連れて船旅だとぉ? ははは、それは許せねぇなぁおい!」


「おにーさん。気になるところもっとあるよ?」



 あまりの事態に自然と俺の語気も強くなる。

 どこぞの色ボケ王子がこの俺に何の断りもなく、俺の大事な友人を拉致して行った事がまず許せなかった。

 ああ他に理由などあるはずもない。

 ハミルは他に気になるところがあるらしいが俺にはない。



「ま、そうは言っても今そっち方面に向かう船はないしね。今回はお互い諦めましょ」


「嫌だ。ハミル達が乗って来た船はどうだ? 定期船なのか? 停泊してたりしないのか?」


「僕達走ってきたからそんなのないよ?」



 フロルは意外にもすでに割り切っている様子。

 俺は諦めずハミルに話を振るが、この脳筋神官達はそもそも船なんて使っていなかった。



「と、徒歩で国跨がないでもらえるかな? ……それじゃ、俺の貴族権限で接収出来る船とかないのか!?」


「困ったらなんでも使うところ素敵よフレムくん。ただ職権乱用も利権が絡むとなんともね……。それに来る時に見たけど、今港に着いてるのって国籍不明の中型船が数隻くらいじゃないかな? しかもあれ多分海賊船よ? 最近は急に検閲が厳しくなって見なくなってたけど」



 仕方なくも最高の妙案を提示するも、フロルは小難しい単語を用いて及び腰のようだ。

 しかしながら流石は俺の幼なじみ。とても簡単な解決策を示してくれるではないか。



「海賊船だと? それは大変だな。我が領土の平穏のため、ひいてはアーセルム王国の平和のため、一隻拿捕して残りは沈めてやろう」


「船で追いかけるの? おにーさんが良いなら僕も良いけど。それじゃキャロルちゃんも一緒に行こうね」


「ぎゅっぎゅ~!」


「うーん。海賊相手か……。たまには悪くないわね。沈める前にお宝も頂戴しちゃいましょ」



 やましさなど微塵もない俺の正義感に応え、ハミルにキャロルの同行が決定した。

 なんだかんだ話に乗ってくれるフロルはここぞとばかりに強欲だ。



「という訳だザガン。留守は任せたぞ!」


「ご馳走様です天才料理人様。また来ます!」


「うむそうか! また来るが良い!」



 多分聞いてただろうと手短に済ませ、俺は鉢植えのアガレスを引き抜いて部屋を出た。

 フロルは手を振りながら舐めた賛辞を送り、ザガンは声も弾んで嬉しそうだ。


 そうして俺達が足早に屋敷を出たところ、顔中土まみれの爺さんと出くわした。

 大きな籠に野菜を詰め込み、麦わら帽子をかぶって何とも幸せそうな法王。



「申し訳ないですが法王様、話は終わってますよね? 俺達はこれからフォルテを追い掛けますので失礼します!」


「フォルテ? グレイビア王国の王子ですか? そ、それは真ですかな!? しかし現在フォルテ王子は行方知れ……」



 さっさと出掛けたいが一応客人。丁寧に挨拶をしたのだが何故か慌てた様子で食い下がってくる。

 こちらは一刻を争う事態で急いでいるのに。



「そうだ。一時ザガンしか居なくなるので、出来れば俺達が帰るまでチノレとリノレを任せたいんですけど……。遊び相手とか散歩とか」


「なんとそれは一大事! お任せください承知致しました! アーセルム支部に連絡を入れ、本国に増援を打診いたしましょう! このお屋敷、いえこの森の安全は命に代えても我等チノレ神団がお守りします! 御無事の帰還を心待ちにしておりますぞ!」



 屋敷の守りも手薄になるので、ちょうど良いから仕事を一つお願いしてみた。

 予想以上の食い付きを見せる法王。慌てて言おうとしていた話も忘れてしまったようである。

 かなり大げさだが良いだろう。話し合うのは面倒だ。

 これで何の心配もない。さあ、フォルテを殴りに行こう。

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