百七十話 与り知らぬ名誉
どうしてこういつも油断してしまうのだろうか。
ここはアーセルム王宮、玉座の間。
俺は国王エルンスト陛下の前で片膝と拳を付き、頭を垂れている。
理由など知らん。セリオスに会いに来たらここへと誘導され、流れに任せて震えている次第だ。
「フレム・アソルテ子爵。城下を騒がせた怪盗の討伐。並びに国宝テイルキャリバーの奪還、誠に見事である! 王家の威信を守りしその功績、非公式ではあるがここに称えさせてもらおう」
国王陛下の有難い御言葉を受け、左右に並び立つ偉そうなおっさん達から不自然なまでに規則正しい拍手が巻き起こる。
よく知らないが本来こういった文言を読み上げるのは、大臣とか他の文官などではないのか。
わざわざ国王自らの御言葉を頂けるなど余りある名誉である。
しかし、しかしだ! これは国王の傍らでにこやかに笑みを作る王子セリオスの仕組んだ茶番劇。
俺は頼まれていた品を納品しに来ただけなのだ。
それは以前セリオスが消失させた国宝の剣。
俺はその複製依頼を受けたのである。
性能はザガンが、造形はシトリーが怖い程鮮明に覚えていた。
なので二人の指示を聞き、書き起こした資料等を参考に俺とアガレスが再現。
それが今、陛下の横で豪華な台座に立て掛けられている剣である。
「うむうむ。心なしか宝剣も以前より輝きを増しているようにも見えるな。まるでこの場を祝うかのようではないか」
陛下は大層ご満悦のようだが俺の内心はヒヤヒヤだ。
なんせぴっかぴかの新品無使用なのだから、綺麗なのは当たり前なのである。
クソ王子め、消滅させた国宝の報告をしてないとは思わなかったぞ……
素直にごめんなさいしとけば良いのにと思ったが、もうここまでされたら後には退けない。
俺には言葉を飲み込み流される以外の手段はなかった。
有事さえも利用するこの半裸癖王子に隙を見せ、目論見にまんまと乗ってしまった形になる。
「褒美も辞退するという話であるし。勲章、せめて賞状でもと私は考えていたのだがな……」
「此度の一件について、アソルテ卿は国内外にて公にしない方が良いと考えているようです。私もその気高き信念に感服の意を禁じ得ません。誉れのみでは王家としても些か問題でしょうが、やはり功労者たっての希望となれば無下には出来ませぬゆえ」
物足りなさそうな陛下の目配せを受け、玉座の脇に控えるセリオスは事も無げに受け答える。
当然俺にはそんな打ち合わせをした覚えはない。
功績を打ち立てた覚えもないので、表彰されても困るのは事実。
「はっ! このような形で御言葉を頂けたただけで、私には過分な名誉であります。何卒これ以上の褒美は御容赦願いたい……なのです」
俺は言葉を選びながら慎重に声を絞り出した。
せめて受け答えの言葉とか、そういうのだけでも教えて置いてもらいたかったよ。
そう思いながらも、俺は称賛を浴びる気恥ずかしさをセリオスへの怒りに置き変える。
そうしてその場を凌ぎ、簡易的な儀礼式はなんとか終わってくれた。
玉座の間を後にし、広い廊下の端っこで俺は力なく項垂れる。
そんなひたすらにしんどい心境の俺に向かい、セリオス王子殿下は悠々と近付いて来た。
「お疲れのようだな子爵閣下。貴賓室で休憩していってはどうかな?」
「ぬけぬけと……。随分と大袈裟な小芝居を考え付いたもんだな。段取りが良すぎやしないか?」
涼しげな笑顔で満足そうなセリオスを軽く睨みながら、俺は嫌みたっぷりに対応する。
リリスさん撃退から三日。早めにとは言われたが、納期は指定されていなかった。
思いの外早く終わったので、俺は散歩がてらマトイに城まで連れて来てもらっただけなのだ。
こんな手際よく国王謁見に持ち込まれると思うはずがない。
「事実を伝えれば立場が危ぶまれるのはおまえだぞ? このアーセルムが、国家として成り立つ以前に存在したと言われる魔導王の遺産。どこからそんな物を用立てたのか、勘ぐられたら厄介な事になる。諦めろ。奪われた段階でこの筋書きは決まっていた」
「ぐぬぬ……。それを言われたら元々は俺の責任だし文句は言えないけど……。もちょっと詳しく話してくれても良いんじゃない?」
笑顔を消して急に真面目にお話しするセリオス。
確かにそんな希少なお宝を俺が持っていたと知られたら面倒だ。
ただでさえ今は暗殺者さん達から注目を集めてるのに、これ以上厄介な珍客を増やしたくはない。
だが俺が真に言いたいのは、段取りを言わず毎度勝手に話を進められる事にある。
「おまえは昔から目的を定めると仕事が雑になるだろう? 時期を定めなければ即意欲を見せるようだが。しかし見事なものだなフレムよ。このグランフォウルの強化も想定以上の出来だ」
着々と俺の情報を仕入れているセリオスに、反論の言葉は放り出せなかった。
そうなのだ。約束したなら頑張ろうと思えるのだが、俺は余裕があるとサボるし納期が近付くと慌てる。
イリスやラグナート同様、セリオスも俺の扱いに長けて来ているようだ。
早速話を変える手際もなんと腹立たしい。
「素材と加工道具が良いんだよ。その剣、もう基本性能ならクリムゾンシアーに匹敵するぞ。マトイでも噛み千切れない金属で打ち直したし、装飾には例の宝石も組み込んだからな」
俺が精錬したのは間違いないが、俺の実績は微々たるもの。
マトイが噛み締めて固くなった不思議金属に、ザガンが正式に魔石として錬成した妖精領の宝石が凄いのだ。
見た目は多少輝きが増して装飾が増えた程度だが、以前適当に作ったアッシュの剣より断然ヤバい代物になっている。
加工器具が全力を出さねば加工困難な程だった。
何度作業台を分断し、床をくり貫いたことか。
「戦略の幅を広げるため、充填される魔力量の増加を見込んで依頼したのだが……。これ程の余力があれば先日のような賭けに出る必要もないな。なるほど、これなら私一人でリリス程度なら確実に討ち取れよう」
セリオスは生まれ変わったグランフォウルの柄に手を置き、その感覚を再度確かめるように声に出す。
もはやこれを使いこなす人間は化け物である、とザガンやシトリーが言っていたのは黙って置こう。
しれっとリリスさん程の猛者を倒せると宣う辺り、コイツならなんか普通に使いこなしそうである。
「で、言われた通りテイルキャリバーの方は再現性重視で誂えたが……。いっちゃあなんだが国宝にしては大した性能ないぞ? 良いのかあんなんで」
「構わんさ。どのみち祭事に用いる程度の御飾り。少なくとも近代において戦時に使う事などないのだからな。あれはあくまで平話の象徴として……」
俺とセリオスが他愛ない話を繰り返していたところ、ふとこちらに向けられる気配に気付いた。
振り返って視界に入ったのは、ふて腐れた表情で腕を組む黒い着物姿の男。
見覚えがあり、相変わらず堅苦しそうな奴だ。
「話は終わったか。まったく、本当に仕留めて置けば面倒がないものを……。あれほどの妖魔を野放しにする神経が理解できん」
「おんや。ハバキくんじゃないか。どうしてここに?」
愚痴を言いながら不機嫌そうに歩いてくる黒衣の男に、俺は軽い口調で声を掛ける。
色々あったが以前共に戦った戦友、ジュホン帝国の剣士ハバキが来ていたようだ。
「アーセルム王国とジュホン帝国による剣武祭が行われるのは知っていよう。俺はジュホン帝国側の総責任者だ。ここへは情報の擦り合わせ……。いや、諸々の打ち合わせにな」
「ふ~ん。それにしても機嫌悪いな。またタマモが何かしでかしたのか?」
問いには律儀に答えてくれるが終始機嫌の悪さを隠そうとしないハバキ。
俺は何の気なしに原因を追及してやると、どうもそれが大当たりのようだった。
「はっ、その通りだ。武者修行と言って国中を駆け回っていたのを大目に見たのが間違いだった。あの女、いつの間にか国を出ていてな。ある意味、それが功を奏したのだが……」
ハバキはひねた笑いを浮かべながら悔しそうに言う。
ジュホン帝国の第一皇女様は相変わらず自由奔放のようだ。
俺の記憶が正しければ、あの娘今は国の代表じゃなかったっけ?
「ジュホン帝国にも例の四魔皇を名乗る者が現れたらしい。狙いはタマモ姫の所持する三種の神器の一つ、黄泉の鏡。こちらでの一件を踏まえると、それも六道魔導器である可能性が高い」
セリオスからは付け足すかのように説明が入る。
絶賛行方不明の姫君は追われる立場にもあるという話。
心配だがあの娘の場合、心配するだけ損な気にもなるから不思議である。
「城を覆う程に巨大な黒蛇。伝承となっている大妖の一体が突如現れそう名乗った。姫の不在を伝えたら何もせず姿を消したが、争えば国家の存亡に関わるところであったわ……」
ハバキは真剣な表情で事態の深刻さを表す。
聞く限りでは恐ろしい怪物。
同じ肩書きを持つリリスさんがまるでお笑い担当だ。
「ただあの黒蛇、我が国ではただの飾りである城を思わせ振りに包囲したりと……。伝承に語られるより遥かに阿呆でな。こちらの質問に聞いてもいない事をペラペラと答えてくれたのだが……。まあ、簡潔に言おう。以前姫が拐われた際、手引きをした謀反人がアーセルムに入国したようだ」
「なにぃ? そんな奴が居るのか? とすると、悪さがバレてこっちに逃げて来たって事?」
ハバキの話ではその黒蛇とやらもリリスさん同様、中身は残念な性格をしている模様。
簡潔に言い過ぎで要領を得ないが、俺は罪人が逃げて来たと言う事だけは理解出来た。
「それについては目下調査中だ。相手は先代の世界三剣士で間違いないな?」
「ああそうだ。我が師、剣聖ムホウマル。国家転覆の容疑が掛かっている身で、どういうつもりでこの国に来たのかは知らんがな」
話は付いていたらしく、セリオスはすでに対策を講じていたようだ。
念を押すようなその言葉を、ハバキは眉を潜めて肯定する。
ハバキの師匠って事は、めっちゃ気難しくて強いのだろうか。
「先代って言っても世界三剣士なんて肩書きがある以上、恐ろしく強いんだろう? それらしい奴を見掛けたら逃げれば良いんだよな?」
「う、うむ。対人戦においては無敵と称される剣豪、如何にお前達と言えど衝突は避けるに越したことはないが……。もしかしてお前、自分の肩書きを覚えておらぬのか?」
話の流れを完全解読した俺は冷静に警告を受け取ったはずだ。
確か世界三剣士とは最強の剣士の称号。
そんな者と戦うなんて馬鹿のする事である。
なのだがハバキは頷きつつも呆れた表情を俺に向けているのだ。
何も間違った事は言ってないはずなのだが。
「ふむ。四魔皇の内通者となれば、捕らえれば有益な情報を手に出来そうだな。それは一先ず警戒するとして、明後日に迫った剣武祭についてだが……」
「前にも言ったが俺は参加しないぞ?」
強気のセリオスはむしろ見付けたら自ら捕まえる気概を見せる。
そして唐突に話をお祭りに引き戻したが、ここは譲れないので俺は食い気味に拒否の姿勢を再度強調した。
「構わんだろう。この催しは二国間の兵士達で行う事にした。となれば、結果も解り切っているしな」
「あれ? 本当に行かなくて良いんだ。助かるけども……。何? 誰が勝つの?」
セリオスは拍子抜けする程あっさりと俺の意見を通してくれた。
そうと分かれば、初めから結果が決まっているような口振りが気になるのも当然と言えよう。
「誰と言う話ではなく、我が国の惨敗だ。正式な同盟国とするにあたり、ジュホン帝国の武勇を知らしめる必要があってな。いわば御膳立ての親善試合になる」
「この国の重鎮等から野蛮な鎖国と謗られ、見下されているのは承知しているが、些か腑に落ちないところではあるな」
自国が負けるというのに特に思うところも無さそうなセリオス。
対してハバキの方が気持ち憤慨している素振りを見せた。
「誤解するな。わざと負けさせるという話ではない。個としての技量ならジュホン帝国の兵士は非常に練度が高い。アーセルムの騎士は統率性と集団戦闘に重きを置く。個人戦ならば勝ち目が無いだけだ」
「良く知ってるな。確かジュホン帝国ってあんまり他国と交流してないんだろ? ハバキを見ての推測……、なんて事はないだろうし」
その内心を悟ってか、セリオスは淡々と補足を入れる。
全力で相対し、敢えて負ける事でアーセルム側にジュホン帝国の強みを理解させようという考えなのだ。
アーセルム兵にとっても良い学びになるだろうが……
それにしても詳し過ぎるので、俺は少し食い付いて見せた。
「以前フィルセリア共和国で行われた大会で少しな」
「数年前、我が国の妖討衆が参加した例のヤツか。皆泣きながら帰国し、アーセルムに悪魔が居ると噂になっていたな」
不自然に顔を逸らして呟くセリオス。
遠くを眺めるハバキの言から、この話題には触れない方が良いと分かる。
性悪時代のセリオスがした事だ。きっとボッロボロに心をへし折ったんだろう。
「でもそのお祭りとやらだが。ラグナートが参加する気満々だったぞ?」
妙な空気が流れ始めたので俺は話を本題に戻す。
ラグナートが参戦するならセリオスの計算などたちどころに狂うのだ。
厳密に言うとザガン達も興味を示してしたが、ザガンは出店目当てだろうし、シトリーは祭り自体に興味を持ったのだと思う。
アガレスは多分ノリだろう。
「……なので、おまえには何としてもラグナート殿の参加を防いでもらいたい。兵士と銘打ってはいるが、国内に住まう者なら基本誰でも受付が出来るのでな」
「つまり明後日の昼頃まで、ラグナートを屋敷から出さなきゃ良いと……。ま、良いだろう。その程度なら引き受けるさ。ちょうどラグナートに頼み事もあったしな」
今回セリオスからの依頼は大した話ではない。
ようはラグナートの興味を逸らせば良いだけ。
俺はその依頼を心穏やかに引き受けた。
正直最近負け癖が付いて来ていたからな。ここらで真剣に稽古を付けて欲しかったのだ。
「して、先程から聞こうと思うていたのだが。この国は不意に火柱が立つのか? 面妖な国だな」
つつがなく今後の計画の見通しが立ったところで、ハバキが訳の分からない発言をし始めた。
意味が分からずポカンとしていた俺とセリオスの元に、一人の兵士が慌てた様子で走ってくる。
その直後、窓から見える中央庭園に豪快な炎が天に逆巻くのが見えた。
「で、殿下! ひ、火を吹く小さな獣が城内に! それと飛び回る金色の閃光を城の調理場にて見たとの報告が……」
「…………ああ、すまない。通達が滞っていたようだ。……それについては問題ない。新たに降臨した神獣の一種でな。安全性は確保出来ている。で、あるな? フレム卿?」
怯えた声で懸命に報告する兵士に対し、暫し沈黙したセリオスは優しげに口を開く。
ただし俺に向けられる笑顔は引きつっており、結構お怒りになっている御様子だ。
心当たりはある。俺は魔石形態で寝ていたキャロルを連れては来ていた。
だが謁見中に起きては困るので、キャロルはマトイに任せたはず。
とすると俺を待ちかねたマトイが調理場に忍び込み、目覚めたキャロルに気付かず放置したという感じだろう。
確かにマトイに任せた俺の落ち度はあるかもしれん。
「も、もちろんですとも王子殿下……。いやね? でもだって、すぐ帰れると思ったんだもん……」
しかしこれは俺だけの責任ではないと精一杯反論するも、王子による素敵な無言の笑顔に気圧される。
俺はしょげながら焦げた窓枠が散見される城内をひた走り、元気に火を吐く愛娘と追い駆けっこをする事になった。




