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非魔神の非魔ツブシ ~デモンズハーモニー~  作者: 霙真紅
フレム卿と愉快な刺客達編
171/204

百六十六話  怪盗の口封じ

 マトイの背に乗り出発してからほんの数十秒。

 ユニコプターより圧倒的に早く、瞬く間にタマゴ村を目視圏内に納めた。

 だが怪盗が潜伏しているならば、このまま村に降り立つ訳にもいかない。

 相手が攻勢に出るつもりなら格好の的になるだろう。

 なので俺達は村より少し手前、眼下の森の中に降り立ち徒歩で村に入ることにした。

 手遅れな気がしないでもないが魔力を抑え、隠密行動を取るためである。

 剣四本を腰に携えている今の俺にとって徒歩は苦行だが致し方あるまい。

 歩きにくい事よりセリオスから一言の感想もない方が辛いしな。

 まるで俺が普段から普通じゃないと言わんばかりの華麗なスルーだ。



「ところで思ったんだけどさ。マトイと会ってるならリリスさんとっくに逃げてるんじゃない?」


「そうだな。しかしあの村に逃げ込んだ理由が不明瞭な点を加味すれば、可能性が無いとも言い切れん。最悪は何かしらの痕跡が掴めるだけでも良しとしよう」



 ゆったりと森を歩く俺はふと思ったことを口にする。

 俺達に情報が渡ったことは向こうも分かっているだろう。

 冷静に考えると村に留まっているはずもないが、更に冷静なセリオスは潜伏理由に着目したようだ。

 たとえ入れ違いでも、次に繋がる情報を得たいという話だな。

 そうして着々と村との距離を縮める中で、俺達は森の熊さんと遭遇した。

 俺の親衛隊の一匹、小熊のコタロウである。

 目を合わせたら殺りにくる母熊、ヨシコの方じゃなくて一安心だ。



「コタロウじゃないか! 丁度良いや。村の様子知ってないか聞いてみよう。マトイ、通訳頼めるか?」


「えぇ……。ちょっとお腹空いてむりぃ……。めんどいから……。ちょっとアンタ達寄って寄って……」



 俺の冴え渡る妙案に元気のないマトイは渋る様子を見せる。

 すでに俺の頭の上で力尽きているマトイはセリオスを側に呼び寄せ、何やら呪文を唱え始めた。



「響け心言の理……。我が領域にて、言の葉の境を遮断する……。混じりて繋がれ、《魔獣言語変換領域ビーストロアー》!」



 言葉を紡ぎ終えたマトイから放たれた光が一瞬、俺とセリオスを包み込む。

 特に何か変化があるわけではないが、呪文の内容から俺の期待は高まっていった。



「これでコタロウの言葉が理解出来るはずだよ……」


「な、なんだと!? やっぱりそうか! よ、よし。試してみよう。コタロウ、聞きたいがある!」



 弱々しい声のマトイはそのまま沈黙したが、俺は期待通りの術であった事で興奮が抑えきれていない。

 ワクワクして話を振ると、コタロウの大きな口が小さく開いた。



『おんぶ? おんぶおんぶ? おんぶ?』


「いやそうじゃなくてだな。ここ最近見慣れない女の人が……。って重っ! 待って、潰れ……」



 獣声の代わりに響くコタロウの声はやや高く可愛らしい。

 しかし内容は一方的かつ要領を得ず、俺の質問も届いていないようだ。

 全く話を聞いてくれないコタロウは俺の背後に回り、両前足を俺の肩に乗せてくる。

 懸命に対話を試みるも、コタロウはそのまま体重を乗せてくるので俺の体中の骨が軋み出した。

 小熊といえど俺よりガタイが良い。このまま潰されては再起は見込めない。

 そして何故か誰も助けてくれない。

 俺は頑張ってセリオスに目配せをした後、一瞬力を抜いた反動でその場から離脱し走り去った。

 非常に走りづらく、やっぱり何をするにも四本の剣が邪魔である。

 たださえ鬱陶しいのにその剣の内の一つが光り、白い蛇が現れて全力疾走中である俺の体を這い上がってきた。



「はへぇ……。この森は面白いですねぇ……。そこかしこに魔獣の気配がしますよ……。それに気性の荒いローグベアが人と戯れるなんて……。フレムは魔獣と仲良しなんですねぇ」


「戯れに殺されかけたけどな! 感心するのは良いが、今はあんまり表に出るな。おまえ結構魔力洩れてるし普通に目立つ。いざという時まで、アガレスとキャロルを見習って大人しくしててくれ」



 ヴァルヴェールが俺の首に巻き付きながら、辺りをキョロキョロと見回し軽い口調でこの森の感想を呟く。

 やはり一般的に見ればここら一帯は異常なのだろう。

 ゆっくり散歩と洒落込みたいが、現在は怪盗捜索中。

 俺はヴァルヴェールに好奇心を抑えてもらうよう要請し、なんとか姿を消してもらった。

 そして俺はセリオスが追い付いて来た所で歩調を弱め立ち止まる。

 俺が先頭を走っている限り、永遠にタマゴ村には到着しないからだ。



「それにしても酷い目にあった……。言葉が分かっても意志疎通が可能とは限らないんだな……。うん、学習した」


「見ろフレム。村の入口に居るのはセセリ達ではないか?」



 嘆息しながらセリオスを先に進ませていると、なんだかんだで村まで来てしまっていた俺達。

 そこでセリオスが三羽ニワトリの姿を見付けて声を上げる。

 ニワトリ共は一匹の小さな青白いネズミを取り囲み、食事を始めるところのようだ。

 俺は疲弊したように震えるネズミよりも、羽がボロボロで体もボコボコなニワトリ共の方が気になっている。



『夜通し逃げ続けた体力は大したもんだが、それもこれまでだな……』


『大人しくオイラ達のランチになるでヤンス』


『オレっち達から逃げようなんて甘いんだな』



 チンピラ口調のテバサキはこの間聞いたから特に感想はない。

 だが続くセセリの声が高く、野太い声のササミが個性強くて鬱陶しい。

 そもそもニワトリってネズミ食うのか? いや食わんだろう。



「ここまでか……。なんとも情けない死に様よ……。殺れ。もとより俺に帰る場所などない」



 小さな青いネズミからはふとましくも潔い声が上がる。

 動物の声が聞こえるってのもどこか心苦しい。

 この術って禁止レベルで使いものにならないぞ。



「弱肉強食は自然の摂理とは言え、見てしまった以上無視も出来ぬな……。セセリ! ササミよ! テバサキよ!」



 この光景にセリオスも思うところがあったようで、響く大きな声で制止を呼び掛けた。

 それに気付いたニワトリ共はこちらに振り向き、驚いたように固まっている。



「アーセルム王国第一王子、セリオス・フォン・アーセルムが願う。貴公らの行い至極全うなものであるが……。我が名に免じ、此度は見逃してやってはくれまいか……」


『『は、セリオス様! 御心のままに!』』



 家畜に対し、セリオスは優しげな瞳で慈悲の言葉を投げ掛けた。

 三羽のニワトリはその願いに応じると片足を曲げ、右羽を地面に付けて頭を垂れる。

 その姿勢はニワトリの骨格で出来るものなのだろうか?



「バカな……。た、助けると言うのか!? こ、こんな俺を……。何も成し得なかった俺なんかを!」


「ふ、たんなる気まぐれだ。どのような背景があるにせよ、今この場に於いては関係がない事。今この瞬間、貴殿が気に病む必要性は何もないのだ。これは私の我儘、偶然にも貴殿が拾った活路である。好きに使うが良い」



 驚いたような声を出したのはネズミの方だ。

 死を覚悟していたのに、まさか人間に救われるとは思わなかったのだろう。

 自虐的なネズミに、セリオスはその尊厳すら守るかのような口振りで諭す。

 この国の王子様、尋常でない程に慈悲深いな。



「これが噂の……。なんという……懐の広さよ……。好きに使えか……。合い解った! この恩義、けして忘れはしませぬ!」



 深い敬仰の念が見られる態度を取り、青白いネズミはセリオスに頭を下げ森の奥へと逃げて行く。

 だが去り際に俺を見たネズミの目は、恨みでもあるかのように殺気が込もっていた。

 なんだその態度の違い。俺が何をしたと言うのか。



『フレムのアニキ。ルーアちゃんはいつ来るんだ?』


『アニキ、オイラルーアちゃんが待ち遠しいでやんす!』


『オレっち達とアニキが組んで、ルーアちゃん泣かしてやるんだな!』


「うんうんその内な。ところでおまえら。リリスって人はまだ村に居るか知ってる?」



 いつの間にか俺はニワトリ共に囲まれて言葉責めを受けていた。

 本当にルーアは大人気だな。しばらく連れて来るのはやめてあげよう。

 何故アニキにされてるのかも含め、俺は軽く流してリリスさんの話題にすげ替えた。



『あの姉ちゃんならまだ居ますぜ。ルーアちゃん以上に隙だらけなのにハミルちゃん以上に恐ろしい女だ。ちょっと尻撫でただけでこれですからねぇ……』


『村の連中と仲が良いでヤンスよ。オイラ胸に飛び込んだら締め殺されそうになったでヤンスが』


『オレっちは下から覗いたら踏まれたんだな。今さっきオレっち達の庭で姉さんと話してるの見掛けたんだな』



 答えたテバサキの腹部が結構へこんでおり、セセリはとっても首が細い。

 ササミは首を押し込めたように縮んでいた。

 どっから見ても明らかな致命傷なのに全羽元気そうである。



「おまえら毎度それでよく生き残れるな……。まあ良い、ニワトリ小屋だな。よし、気配を絶って近付こう。そんで早急にふんじばってしまうのだ」


「ふ、奇襲か……。ユニコーンの角を取りに来た事を思い出すな」



 居所も知れた事だし、俺は正面から対応せず奇襲を仕掛ける案を提示した。

 薄く笑い応じたセリオスを連れ、出来る限り物音を立てず村の中を進み小屋まで移動するのだ。

 幸いな事に村のおじちゃん達は怪しい動きの俺達に理解を示してくれた様子。

 見掛けた住民の皆様は笑顔を向ける程度で黙ってくれているのだ。

 なのでスムーズに小屋まで辿り着き、小屋の横にある椅子に座るメイド姿の女性を発見した。

 後ろ姿でお茶か何かを飲んでいる事しか分からないが……

 隠しきれない魔力と色気、そして物凄い怪しさで俺はあれがリリスさんであると確信する。

 俺とセリオスは視線を交わして頷き、気配を断ったままゆっくりとリリスさんに近付いていった。



「出来れば一足で捕獲したい……」


「分かってるよ。戦ったら面倒な相手だからな……。ヴァルヴェールもマトイも大人しくしててくれよ……。もう少しだけ……近付いて……」



 柵を跨いだが十分ではない。

 セリオスも一瞬でカタを付ける距離まで詰めたいらしく、俺も同じ意見だった。

 可愛いメイドさんなどと油断などはしない。

 おそらく近接戦闘になれば死闘になってしまう。

 後数歩踏み込めれば……。俺とセリオスの力技で終了だ。



「よし! 今……」


「ゴゴゴゴゴゴゴ!!」


『ぎゅぷっぷぅ! ぎゅぷっぷぅ!』



 十分に近付け、俺が勝利を歌うように大地を蹴ろうとしたその時。

 アガレスとキャロルのイビキが大音量で鳴り響く。

 俺とセリオスは表情を変えず足を止め、俺の腰で鳴り響く騒音が止むのを静かに待った。

 当然気付いたリリスさんもゆっくりと、空笑いを浮かべてこちらに振り向く。

 その表情はとっても申し訳なさそうである。



「あはは~。お久し振りですフレムさんにセリオスさん……」


「……小細工はいらない! 正々堂々捕らえに来ました怪盗リリィちゃん!」



 ちょいと長めの金色のボブヘアーをなびかせ、笑顔のリリスさんが立ち上がって緩く挨拶をしてきた。

 俺はその飄々とした態度に逆らうように、片手を突き出して目的を明かす。

 女性相手に背後からなどと姑息な真似、紳士たる俺達が出来るはずがないではないか。



「ふむ、なるほどな……。フレムよ、これは嵌められたと見て間違いないな」


「え? 何が? どゆこと?」



 非常に落ち着いているセリオスは腕を組み、リリスさんと俺の頭のマトイに視線を向けてから考察を伝えてくる。

 突然そんな事を言われた俺は大混乱であるが、どうやら今俺達は罠にハマっているらしい。



「さすがですね。そうです! 実はここまで誘導していたのはこの私。ある時は大国を裏で支える可愛いメイドさん……。またある時は悪の組織に属する非情な女スパイ……。またまたある時は夜空を駆ける華麗な美少女怪盗天使……。しかしてその実態は! 新生ルインフォ……」


『ゼリオズざま~!! ゼ~リオ~ズざ~ま~!!』



 笑顔でウインク、更にドヤ顔リリスさん。

 ノリノリのセリフを吐きつつ仁王立ちを決め、組んだ腕には大きな胸が見事に乗っている。

 俺の意識と視線はその凶器に釘付けとなり、それが致命的な油断となった。

 突然割って入った大きなダミ声が不意打ちとなって、俺の鼓膜に大ダメージを与えたのだ。

 声の出所は超巨大雌鳥コッコ姉さん。この広場の隅っこにでも居たのだろう。

 セリオスを見付けたコッコはその巨体を揺らし、翼を広げてドッスンドッスンとこちらに迫って来ている。

 言葉が解るとより一層怖い。何故あの巨体に気付かなかったんだ俺は。



「後に~! 後にしてくださいコッコさん! 今良いところなんですよぉ! しばらく森の中にでも行っててくださいな!」


『ゼ、ゼリ、ゼリオズざま~ん!』



 口上を邪魔されたリリスさんはジト目で迫り来るコッコを見据え、ご立腹で無情な言葉を浴びせかける。

 そんなもんでこの雌鳥が止まるはずはないと思ったが、コッコは悲痛な泣き声を上げたまま後退り。

 そのまま隣接する森の中へと消え去ってしまった。



「コッコがセリオスを前にして言うことを聞いただと? それに言動と行動がいまいち一致してなかったような……」


「むぅ……。もういいです。これは次回に取って置きましょ。では改めまして、私と一対一の勝負をしませんか? そちらが勝てば操魔の指輪と……、この私の体をお好きにして構いませんので……」



 俺はコッコの不可解な行動に疑問を覚え、この状況に不信感を募らせる。

 しかし、呑気なリリスさんの提案で全ての疑問が吹っ飛んでしまう。

 恥ずかしそうに体をくねらせ、揃えた指をおっきな胸に添えるリリスさん。

 これは俺の視野を狭める高度な魔術と言って差し支えない。

 この戦いに勝利すると報酬にリリスさんの凶器が……、いや違う。

 奪われた宝を返すと言うのだ。副賞付きで。これは中々の好条件ではないのか?



「なんて……魅惑的な……。だが駄目だ! そんな下賎な誘惑なんぞに乗らないぞ! 俺は相手の力量を甘く見たりはしない。一対一なんて提案は飲めないね!」


「その通りだ。その要求を受ける利点がこちらにはない。奪った魔道具の情報をどこから得たのかも答えてもらう」



 痛い程に奥歯を噛みしめ提案を却下する俺に対し、セリオスは非常に冷淡な姿勢を見せる。

 さすがは紳士王セリオス。俺と違って女性の誘惑なんかに心動かされはしないのだ。

 そんなセリオスと俺が組めば無敵。セリオスの失態も容易く帳消しに出来るというものである。



「ん? 操魔の指輪ですか? それならただの偶然ですね。私はアーセルム方面で探し物をしてたんですが……、進展がなくてですね? 気晴らしに寄ったお店でミモザさんと言う猫さんに聞いたんですよ。なんでもフレ……」


「よ~し待て分かった。セリオス! ここは俺に任せろ! この素敵な格好が伊達ではないって事を証明してやろうじゃないか!」



 あっけらかんとしたリリスさんの答え合わせを無理矢理遮り、俺は声を張り上げた。

 そして右手でクリムゾンシアーを、左手でアガレスを引き抜き攻勢の構えを取る。

 この女にこれ以上喋らせてはいけないのだ。

 俺は瞬時に悟った。この怪盗騒ぎ、その原因の大本が俺自身にあると……



「んんん~? クリムゾンシアーに魔剣さんは良いとして……。別の魔剣と……水竜の剣ですか? むむむ……、どういう状況です?」



 ボカンとした表情で指先を頬にあてがい、混乱した様子を見せるリリスさん。

 俺のイカした姿でなんとか話は逸らせたようだ。

 セリオスも先程から何か思案しているようで特に表情に変化もない。

 盗難品の話題に触れさせるのは危険。なにせ、セリオスに指輪を預ける提案をしたのはミモザなのだから。

 推測するに、リリスさんは港のニャバクラに立ち寄ったのだ。

 そこで俺とのやり取りを調子に乗ったあの白猫が暴露したのだろう。

 だがミモザはあくまでも俺に提案しただけ。

 考えるのが面倒でそのまま採用したのが俺だ。

 悪いのは彼女ミモザでもセリオスでもなく、またしてもこの俺!

 でも怒られるのは嫌だから、このまま隠し通してやるんだ!

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