十六話 続・魔神対勇者
全面石造りの壁、灯りや通気孔はあるが広いだけで出入口もない。
そんな隔離された場にて対峙するラグナートと青髪の少年シリル。
不敵な笑みを浮かべ仁王立ちするラグナート。
余裕を隠そうともしないその男を、シリルは怒りを込めて睨み付けた。
「お前……、俺を相手に素手か? 少し舐め過ぎだろう……」
シリルは不快感を抱いていた。
自らの持つ神剣は伝承に残るほどの一品。
それを相手に武器など不要と言われたのだ。
目の前の男は武器を隠している様子もない。
本当に剣士を相手に素手で対応するつもりなのが見て取れた。
「いいからさっさとかかって来なよ……、小僧」
ラグナートの溢れる気迫に当てられるシリル。
気付けばシリルの身体は反射的に飛び出し、ラグナートに斬り掛かっていた。
シリルの放つ刃の側面を右手の平でいなすラグナートは、もう一方の拳を繰り出しシリルを狙う。
「くっ! 嘘だろ!」
なんとかそれを紙一重でかわすシリル。
この身を勝手に突き動かす程の気迫にも驚いたが、それ以上に驚いたのが……
攻撃が当たらない事。
シリルはその場で切り返し何度も斬撃を放つが、いくら切り返しても全てかわされ、カウンターを仕掛けられていたのだ。
(ありえない! 俺はけっして弱くはない!)
相手の攻撃をギリギリでかわしながらもシリルは驚愕していた。
丸腰の相手に一切攻撃が当てられず、カウンターまで返されているこの状況。
比較的小柄なシリルではあるものの、体格の差など剣のリーチに比べれば微々たるもの。
明らかな有利であるにも関わらず、シリルは良いようにあしらわれていたのだ。
「うおぉぉぉ!」
「おお~。危ない危ない……」
シリルが気合いを込めて放った横薙ぎの剣閃。
それはラグナートの左手、二本指の隙間で勢いを止める。
「は? はいぃぃぃ!? どどど、どうなって……。ぐ、動か……ねぇ……」
「どうしたどうした。頑張れ小僧。意地を見せろ意地を」
信じがたい光景に慌てるシリル。剣を指で挟んで止められている。
これはつまり反撃されれば終わりを意味した。
しかしラグナートは攻勢に転じるでもなく、ただ指導するようにシリルを鼓舞している。
「く、そぉ!」
シリルが苦し紛れに放った蹴りを、ラグナートは剣を手放し飛び退いて避けた。
状況を打開したのではなく、相手がわざと解放してくれたのはシリルにも理解出来ている。
むしろ、相手は攻撃を当てる気がないようにも思い始めていた。
「良いねぇ。勢いがあって……。ほれ、もう終わりか?」
「まだまだぁ!」
挑発を繰り返すラグナートになおも立ち向かうシリル。
剣撃を捌かれ、カウンターを避けるシリルの対応は徐々に遅れ出した。
そしてついにラグナートの蹴りが、シリルの腹部に決まる。
「ぐぶ! うおぉ……」
「そんなもんか小僧。おまえさんちょっと武器に頼り過ぎかな?」
後方に飛ばされたシリルは呻き声を上げ片膝を付いたまま、ラグナートの煽りを受けて剣を前方に突き出した。
シリルの突き出した剣の先に水流が渦を巻き、水の槍が形成されていく。
「圧力に潰されろ!」
シリルが声を上げると同時に、高速で飛んだ水の槍がラグナートに直撃する。
衝撃音と共にラグナートを中心に大きく霧散する水飛沫。
多少濡れてはいるが、ラグナートは何事もなかったように直立不動で笑みを浮かべていた。
「ごめんなー? おじさんこの程度じゃ効かないんだわ~」
「この水圧で……微動だにしないのか!? どうなってる! かなりの出力だったはず! 石の壁すら……突き崩すんだぞ?」
あっけらかんとするラグナートに目を見開きたじろぐシリル。
一般的な魔道具は多少なり制御に手間取る。
それと違い、制御の全てが自動でなされる上に、魔力生成機能まで保有しているシリルの持つ神剣。
制御に回す精神力を即時威力向上に当てられるゆえに、攻撃性能が段違いなのだ。
今放った術も、とても人間が仁王立ちで耐えられるものではないのである。
「古代帝国ファシルの遺産……、水竜の剣ヴァルヴェール。もう少し使えてりゃ、勝負にもなったかもなぁ……」
ラグナートの言葉に奥歯を噛み締め、苛立ちを覚えたシリル。
暗に自分は神剣を使えていない。そう言われたのだ。
「俺が……使いこなせていないとでも? そんなはず……、そんなはずはない!」
シリルは立ったまま構えることすらしないラグナートに飛び掛かった。
振り下ろす刃に、肩を両断するくらいの決意を込めて。
「な!? ……に? なんでだよ!?」
剣を振り下ろしたシリルは思わず間の抜けた声を発していた。
刃が肩で止まっているのだ。感触は当たっている。
が、衣服の下に傷一つ付く気配がない。
避けようともしなかったので躊躇したのかもしれない。
だがそれを差し引いても信じられない事だった。
「お前! 一体なにも……」
驚きを口にするシリルの腹部に、ラグナートの拳が深々とめり込む。
その一撃で、シリルはいとも容易く意識を手放した。
「さ~て、その剣にでも聞いてみな……」
ラグナートは前のめりに倒れ込むシリルを抱えながら呟く。
まるで懐かしむように、悲しみを秘めた笑みを浮かべながら……
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隔離された部屋で互いに一歩も動かず……
シトリーと物憂げな少女エトワールはただ向かい合っていた。
「いつまでそうしてるつもりですの~」
飽きたかのように口を開くシトリー。
シトリーは感覚を狂わせる結界で自分達を覆っている。
部屋の隔離というアガレスの能力もプラスされ、外部のセリオスらの反応を捉えられなくするのが目的だ。
いくらなんでも探知出来ない者の回復は出来ないという判断。
出来ない。というのはすぐに分かった。
エトワールの魔力が発動すればシトリーには直ぐ様分かる。
だがそれをどうにかしようという気配がエトワールには見受けられなかった。
「と……、言われましても……。セリオス様達を感知出来なく、さらにこの部屋から出るすべもない。私に出来る事が何もないかと……」
ぼんやりと語るエトワールに小首を傾げるシトリー。
まるで回復以外の事は一切出来ないといった口振りに疑問を感じていた。
攻撃を仕掛ける。という発想がないのか……
そもそも攻撃手段がないのか……
(これほどの魔力で自己修復と他者の回復しか出来ませんの? とても信じられませんが……)
シトリーは困惑していた。
膨大な魔力をどのようにけしかれられ、それをどのようにあしらうのか……
様々な予想と対策をこの短い時間で組み立てていたのだ。
何もしてこないならそれは全くの無駄。
精神波長を読み取った結果、『何も出来る事がない』との言葉も偽りはない。
「こちらから仕掛けても?」
「はい。構いません」
シトリーの攻撃意思を躊躇なく了承するエトワール。
返し技があるのかもしれないと探りを入れたシトリー。
それなら先の発言は嘘にはならない。
しかし、どのみちダメージを負わせても回復される。
その繰り返しだろうと予測するシトリー。
それほどまでにエトワールの魔力は底が見えなかった。
なんの意味もないどころか、場合によっては無抵抗の少女を痛ぶるだけ。
そんな自分が嫌な子にさえ見えてくると考えた。
「む~~~~! もう! バカバカしいですわ! 他の方々の決着が着くまで大人しくして居ますわよ!」
「はい。了承しました」
戦意の全くない相手にやる気を失くしたシトリーは戦闘を放棄した。
エトワールは驚く程従順にそれに従う。
一番の難所と思われた敵との争いは、戦う事なく終わりを迎えたのだ。
「ですが拘束はさせてもらいますわよ?」
「はい。ご自由に」
シトリーは念の為、足元から出現させた樹の根を操り、エトワールの身体を拘束して監視する事にした。
巻き付かれた樹の根に驚きもせず、たじろぎもせず……
エトワールはただ虚空をぼんやりと眺めている。
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瘴気を撒き散らし不敵に佇むザガン。
対するは攻勢の構えを取る大神官ヴァズァウェル。
「はぁぁぁぁぁぁ!! 覚悟せよ魔神!」
腰を落し、気合いを発するヴァズァウェルの体を白い闘気が覆う。
ヴァズァウェルに油断など微塵もなく、この魔神には始めから全力で戦わねばならないと確信していた。
「ほう。祈りの精神力と鍛えた生命力を結びつけ、魔を払う術……。かなり高度な神聖魔術だな」
相手の能力を楽しそうに考察するザガン。
初手から決死のヴァズァウェルに対し、ザガンの佇まいは余裕に溢れていた。
「その余裕。必ず突き崩して見せよう!」
ヴァズァウェルは同種の魔神と対した事もあるが、その異質に警戒をしている。
半実体を持つアンデッド、リッチ。
死者が魔力で存在を維持して居る状態。
魔力を削り取って行けば存在を維持出来ずに消滅するはず……
自らの纏うこの闘気。魔を払う神聖術で触れるだけでも効果がある。
しかし、この魔神は完全に実体だった。
見た目はただの骨格標本。想定通りの効果が見込める確証がない。
そしてザガンと言うその名。
かつて存在した南方の国の錬金術師。
国を裏から牛耳り、多くの民を生ける屍に変えた魔神。
ヴァズァウェルの脳裏にはその大悪魔の存在がちらついた。
(とうの昔に討伐されたはず……。同名同種の別物か?)
「その状態での体術。武術が汝の必勝の型だな……。ならば!」
そんなヴァズァウェルの心境など知る由もないザガンは左腕を前に、右肘を腰に据え、武術の型を取る。
一瞬の間を挟み両名同時に駆け出し、激しく拳と拳を打ち合って行く。
互いの拳がぶつかり合う中、ヴァズァウェルの疑念は深まる一方だった。
(バカな!? 何を考えているのだこの魔神は!)
ヴァズァウェルの拳を左でいなし、ザガンの正拳がヴァズァウェルを捉える。
後方に下りながらヴァズァウェルはさらに戦慄していた。
武術を行使している事もそう。
武術の力量が高い事もそう。
そしてそれ以上に……
何故こんな効率の悪い事を始めて来たのかを。
相手はこちらに触れただけでダメージを負うのだ。
それはお互い様だろうが、相手はアンデッドの上位種リッチ……のはず。
元が高名の術師なら、いくらでも遠距離攻撃の手段があるはずだ。
ただでさえ今まで感じた事もない圧力をヴァズァウェルは感じている。
先程のような水の刃等を使われるだけでも、自分は手も足も出ないかもしれないと。
「腕の動かし方……。足捌き……。そして呼吸! これぞ錬金術の真髄なり!」
足を引き、腰を捻り、手を踊らせる。次々とポーズを決めていくザガン。
完全に今の自分に酔っており、戦い自体オマケと言わんばかりであった。
(断じて……断じて違う!! そもそも呼吸!?)
ヴァズァウェルはゆらゆらと躍り狂うザガンという魔神の異様に……
心の底から疑念と恐怖を抱きながら震えている。
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セリオスはこの状況に憤りを覚えていた。
揃えた戦力を分断された事。相手を甘く見ていた事。
しかし、それ以上にこの割当てに対しての憤りだ。
魔神でもなく、一緒に居た手練れの傭兵くずれでもなく、よりによって一番弱そうな人間。
しかも魔剣すら手放した民間人が自分の相手になると言うのだ。
神剣を持つシリルとさえ互角以上に渡り合えるセリオスにとって、これは侮辱以外の何物でもなかった。
「対魔神を想定していたからな……。これは予想外だ。やってくれたな。だが……、勝てると思っているのか?」
眉を潜め、怒りを押し殺すセリオスの威嚇。
しかしフレムはその意図を汲み取るどころか全く聞いていなかった。
アガレスの地表操作により悪酔いの真っ最中だったのだ。




