百六十三話 魔王連れの勇者くん
あれから一週間余りが経過した。
俺は毎日毎日家具作りに没頭し、勿論アッシュの大剣も完成させ納品は済んでいる。
うっかり持ち帰った凄そうな指輪もセリオスに託し、ようやく落ち着いたところだ。
大きな問題に関して進展はないが、細かい事は片付いたと言えよう。
今はマトイと共に自室で優雅にコーヒーを嗜んでいる。
「そういや原型なかったけど……。 大丈夫だったのアレ?」
「喜んでたじゃないか。アッシュだから大丈夫だ。アイツが気付くはずがない」
何日か前に渡したのだが、未だにマトイは完成品の剣を気に病んでいた。
俺は絶対大丈夫だと念を押したが、懸念は分からないでもない。
なんせ刀身はマトイのオヤツである噛みかけの金属片を使い、芯から鍛え直している。
調子に乗って柄も作り替え、妖精領で貰った宝石を砕き装飾に加えたのだ。
楽しくなって魔改造したとはいえ、元はボロのナマクラだった大剣が何故か魔剣になってしまったのである。
殆ど作り直したので普通は気付くが、強化したと言ったらあの脳筋は信じたからな。
それにしても、最近遊びに来る奴はセリオスやレオ、アッシュばかりでつまらない。
セリオスからは一向に金色騎士らの情報も入って来ないし、法王帰還の知らせもない。
勿論謹慎中のハミルも音沙汰なし。あれ以降イリスも顔を見せないし……
すぐに来ると言っていたクライズ男爵も連絡一つないのだ。
一体どういう事なのか。平和ボケしてしまいそうである。
「おにいちゃん。お客さん来てるよ~」
「お、了解すぐ行くよ」
リノレが部屋で談笑していた俺に来客を知らせてくる。
俺はそれに応じ、マトイを伴い玄関先に向かった。
屋敷の前に居たのは怒りの戦意を纏う漆黒鎧の青兜。
暗殺者ハクリキコである。
「また来たのハクリキコ。アンタ懲りないねぇ」
「まあ良いじゃないか。わざわざゴミを拾って届けてくれてるんだ。歓迎しようハクリキコ」
ふよふよと漂いながら悪態を付くマトイ。
だが俺の方は収集業者さんだと思っているから特に気に留めなかった。
こいつ、アガレスが森に放置した鎧をわざわざ持って来てくれるのだ。
しかし毎日毎日よく飽きないな。
昨日なんて屋敷の扉をバンバン叩くから、ラグナートにぶっ飛ばされて粉々になってたのに。
「剥離旋風だと言っておるだろう! それにこれはあくまで異名、俺の名ではない! 俺は元魔王軍四魔将の一角にして……」
「ん? なんか来たぞ?」
何やらお怒りのハクリキコが口上を述べている最中だったが、俺は空から降ってきた人影に気を取られた。
人影は白い大きな蛇を纏いながら地表に衝突。
瞬間白蛇は弾け、空中に無数の粒が舞い上がった。
その粒は数秒の豪雨と化し沈黙。場に現れたのは青髪の少年。
衣装はボロボロであるが、人影の正体はお久し振りのシリルだ。
シリルの腰辺りからは、ちっさな白蛇ヴァルヴェールが再顕現している。
白蛇は陽気に頭を左右にぐいんぐいん揺らし、挨拶をしているかのようだ。
どうでも良いけど俺びしょ濡れだよ。どうしてくれる。
「面白い登場の仕方だねぇ」
「やほほ。シリルにヴァルヴェール」
「わ、悪い……。思ったより着地の衝撃が激しくて……」
「お久し振りですフレムにマトイ! 修行を終えて帰還ですよ! 聞いてください、シリルはパワーアップしたんです! それはもう、厳しくも過酷な訓練を乗り越えむぎゅう!」
俺とマトイはびしょ濡れ状態で軽く挨拶をした。
その様子を見て申し訳なさそうに口元を引くつかせるシリル。
早口で喋るヴァルヴェールはシリルに頭を握られ、強制的に黙らされた。
「シリル・グラスト!? 何故貴様が……。くく、まあ良い……。まさか貴様が援軍に駆け付けるとはな……。だが! 貴様が一人増えたところで形勢は変わらん。今一度俺の剣にて膝を付け!」
ハクリキコがシリルを見据え、嬉しそうに喋る喋る。
確かにシリルが来たところで何も変わらない。
なんせこの青兜、凄く弱いのだ。俺も知らない間に何度か撃退したみたいだし。
二日前もコッコ姉さんに追い回されてたしな。
シリルと何か因縁でもあるのか、少なくとも顔見知りではあるようだ。
ハクリキコとシリルが向かい合う中、俺とマトイはチノレ直伝の身体振動術にて水気を払う。
「悪いな。俺はもう、その域に居ない」
「な……、速い……だと……」
シリルは短くも力強く語り大地を蹴る。
そしてハクリキコが剣を構えた時には、すでに懐に入り込み剣を振るった後。
驚愕したようなハクリキコの胸部に亀裂が走り、その亀裂に添って水流が逆巻いている。
ハクリキコに背を向けたシリルが数歩離れると水流は鎧を粉砕し、水飛沫が宙を舞った。
鎧は胸部を中心にぐっしゃぐしゃ。残った無傷の青兜のみが地面に転がる。
やはり可哀想なくらい弱い。いや、シリルが強くなってるのは間違いないな。
「じゃマトイ。これ海に捨ててきて」
「はいよ~」
「せめて名乗らせろぉぉぉ~!」
それはそれとして、俺は手際良く兜を拾ってマトイに投げ渡す。
両手でしっかり兜をキャッチしたマトイは勢いよく港町方面に飛び去った。
無論ハクリキコは何か喚いているが知ったことではない。
「以前は俺とハミルの二人がかりで倒した剣士だったんだけどな……。本体は兜の中に居るが、体がなければ何も出来ない。あいつはゼファーさんの……」
「それより今日は何しに来たんだ? 遊んでく? 何して遊ぶ?」
シリルがハクリキコに関する情報を提示し始めたが、心底興味ない俺は話の腰を叩き折る。
剣士だったのも初耳だがどうでもいい。俺は寂しいのだ。
用事すら聞かず何をして遊ぶか考えていたところ、上空に残る不自然な気配が俺の緊張感を煽った。
「ん? なんだ!? 凄い魔力持った何かがまだ上に居るぞ!」
「ああ、交戦中かと思って一足先に降りて来たが……。実は俺達だけじゃないんだ」
俺は圧倒的なまでの魔力に尻込みしたが、答えたシリルの雰囲気だと敵ではなさそうだ。
空から緩やかに降りてくる人物。それは銀髪の爽やかなイケメン男性。
三十代くらいで見覚えがあり、肩にはきゃんきゃん鳴く小型犬ワーズを乗せている。
「確か……。カイラパパさん? でしたっけ?」
「そう、私がカイラパパだ。キミはフレムくんと言ったかな? こうして対話するのは初めてだったな」
俺の記憶が確かなら、このイケメンは魔王カイラパパだ。
パパさんは思ったより冗談が通じるのか、ひょうきんに笑い掛けてくれる。
そしてカイラパパが指先を遊ばせると暖かい風が俺を包み、まだ少し濡れていた俺の体から水気が飛んでいく。
服もパリパリで良い感じだ。
粋な演出をするカイラパパにお礼を言うとニッコリ笑顔で返してくれる。
息子と違いなんとも爽やかであり、これはこれで腹立たしくもあった。
「実はザガン殿とシトリー殿の知恵と力を頼って来たのだ。出来れば早急に目通りを願いたい」
「ザガン達に用事ですか? そういう事なら一先ず中へどうぞ」
笑顔ながら若干表情の曇るカイラパパは急いでいる様子だ。
珍しくザガン達の客という事なので、俺は踵を返してシリル達を屋敷に招き入れた。
そうして円卓の間にシリル達を通したは良いが誰もいない。
ラグナートとアガレスはチノレと散歩に出かけて留守だが、他の面子は居るはずだ。
仕方なくザガン達を呼びに行こうとしたが、俺はふとシリル達の顔触れを見て思った事を口にする。
「そういやミルスちゃんは? 一緒でしたよね?」
「ミルスは本国に送り届けたよ。何やらシャルも忙しそうだったがね……。少し荒事もあって連れ歩く訳にもいかなかったのと……。この魔導器にミルスの精神が適合してしまってな。どんな悪影響があるかも分からぬので引き離す必要があった」
俺はリヴィアータ帝国居残り修行に付き合っていたカイラの妹、ミルスちゃんの所在を聞く。
子煩悩パパさんによると、ミルスちゃんは危ないからお家に帰らせたとの事だ。
マントの中から取り出した怪しい魔道書らしき物も悩みの種らしい。
「そういやアズデウス公国で何かあったって聞きましたね……」
「そうらしいんですよ! なんでも国境沿いで巨大な影を見た者が居るとかなんですよ。私も詳しくは知らないのですが、なんでもその容姿がアズデウス公国に伝わる神獣コパルンに酷似しているらしいです! 平静を装っているようですが、国の研究機関や上層部は大変な騒ぎなのだとか!」
「俺は見間違いだと思うけどな。いきなり霧が晴れて崖を切り崩す巨大生物なんて……。夜中に見たって言う行商人がお酒でも飲んでたんだろう」
うっかり疑問を口にした俺にヴァルヴェールが捲し立てた。
シリルはもう慣れてしまったのか、冷静にうるさいヴァルヴェールに答え返している。
その事件も重くは見ていないようだ。
だがコパルンの名が出た事で、冴えてる俺は気付いてしまった。
以前クライズ男爵から聞いた事件、こいつらの言っている騒動……
その元凶は多分俺。違うと思いたいが俺のせいだ。
コパルン峡谷にて俺が巨大キャロルに乗ってエルフの里を強襲した時、峡谷の結界は無くなっていたからな。
霧が晴れるとも言ってるし間違いないだろう。
一国家を混乱させている事態なんて俺は関わりたくない。
ここは知らぬ存ぜぬを突き通す事にしよう。
「ザガ~ン! シ~トリー! 緊急! 緊急事態だ~!」
呼びに行くのが面倒なのと早急に話を切り替える為、俺は天井に向かい大声で叫んだ。
奴等には届いているはずである。
いくらなんでもゼファーさんとやらの異様な力は皆察しているだろう。
数分の沈黙を挟み、円卓の間に飛び込んで来たのは元気なリノレ。
なにやら分厚い本を持っているが他には誰も来る気配がない。
しかも今一番見せたくないキャロルがリノレの頭に乗っている。
「あのね。おとうさんお料理で手が離せなくてね。シトリーおねえちゃんはお洗濯で手が離せないんだって。だからリノレが来たよ」
「なるほど。良く来てくれた可愛い我が妹よ。客人を持て成すのにこれほど適した人材はいないな」
輝く笑顔で馳せ参じたリノレに、俺は喜んで笑顔を見せる。
癒しを与えると言う匂わせに偽りはないが、今はその頭の上に居るキャロルが厄介だ。
笑顔満点のリノレを追い返す訳にもいかないが、ザガン達に用があるなら俺にどうこう出来る話でもないだろう。
仕方ないので一旦俺が話を聞き、それをザガン達に聞きに行く方針に切り替えよう。
キャロルの事も誤魔化したいが、これはバレない事を祈るしかない。
大丈夫だ。コパルンはアズデウスの国家機密のようだからな。
容姿についてはシリル達も知らないはずである。
「と、とりあえず座ってください。まずは要件を聞かせて頂けますかね?」
「あ、シトリーおねえちゃんが持っていきなさいって言ったご本置いておくね」
そう言って俺が椅子に座ると、リノレが俺の膝に乗りながら一冊の本をテーブルに置く。
良く見ると以前見た初代ルーアの日記のようだ。あれこれ返したよね?
まさか複製したの? 日記を? やばいなシトリー様。
真顔で疑問の嵐が吹き荒れたが、その日記に付箋がしてある事に気付く。
何の気なしにそのページを開くと、そこには魔道具の説明らしき一文。
「なになに、千魔の書パンデモニウム。身体構造を記録出来、複製体として構築可能……。及び、身体構造変換機能も有する……。これがどうしたと?」
「なるほど。さすがシトリー殿。こちらの要件はお見通しという訳だ。その内容は知りたかった事の一つ、この魔導器の詳細だな。性質と用途さえ分かれば制御は可能だろう。正直助かるよ」
声に出して読みながら、俺はしれっと莫大な魔力を湛えるキャロルをそっと床に降ろしておいた。
興味を持たれると困るからな。
幸いな事にゼファーさんは俺の読み上げた情報が知りたかったもののようで、特にキャロルには触れないでくれた。
「都合良く持ってきてくれた……訳ないか。もしやシトリーって屋敷の声全部拾ってるのか? もしくは見えてる? いやいや、まさかそんな……」
(ですわ)
不安を覚えて呟くと、脳内に恐ろしく鮮明な幻聴が聞こえた。
よし。これ以上考えては駄目だ。今後は以前より注意し、迂闊な発言は慎もう。
あの女全部見えてるし全部聞いてやがる。
「体を作り変える機能……か……」
シリルの方も魔導器の説明に思うところがあるらしく、キャロルの事は気にしていない様子を見せた。
この子もしかしてムキムキマッチョにでもなりたいのかな?
「何やら忙しい時にすまないな。藁にも縋る思いでやっては来たが、ここに来て正解だった。もう少し詳しく知りたいが、本題は他にもある。知っていたらで良い。ファシル帝国の遺産について、他に心当たりはないかな?」
こちらの趣味の時間を気にしてくれているのか、空笑いを浮かべて詳細に触れるゼファーさん。
どうやら古代帝国のお宝を探しているらしい。
やはり完全にお手上げだ。せめてラグナートでも居てくれりゃ望みはあったのだが。
「厳密に言えば神器である解魔書の所在。実はその神器の写本がワーズの体内に埋め込まれているのだが、無理な作りでね。これに稼働限界が来ている。このままではワーズの命に関わってしまうのだ……」
「その実験を行った研究者は消息不明だったんだけど、数日前に足取りが掴めてさ。尋問したけど解決には至らなかったんだ……」
ゼファーさんの語る神器。探している理由はワーズの治療のためらしい。
ワーズが小型犬と化しているのは弱っているからなのか?
続くシリルの話では、先日ワーズに写本を組み込んだ研究者をボッコボコにして締め上げたらしい。
だが写本自体は古くから残っていた遺産らしく、どうする事もできないと言われたそうだ。
つまり写本でなく神器そのものが必要なのである。
俺はワーズの容態を心配しながら、聞き覚えのある神器の名を脳内で復唱した。
「解魔書……。どっかで聞いた事あるな……。あ、そうだ。ヘイムダルが持ってた神器の名前じゃん」
「心当たりがあるのか!?」
「その前にこの生物どうにかならないか? ヴァルヴェール取ろうとしてくるんだけど!?」
「きゃ~! なんですかこの子! 蛇拐いですよ~!」
俺が思い出して口に出すと、ゼファーさんは驚いたようにテーブルに乗り上げる。
慌てた口調のシリルはキャロルから剣を強奪され掛かっているようだ。
ヴァルヴェールも楽しそうに叫んでるのでこちらは放っておこう。
「口止めされてるんですが……。ま、いっか。コパルン峡谷にあるエルフの里にありますよ。カイラ達も今そこで修行してるはずです」
「コパルン峡谷……。エルフの……里……だと?」
現在滞在中であろうカイラ達にとってもめっちゃ関係者だし、緊急を要する事態でもある。
なので俺は簡単ではあるが神器の場所を教えて上げた。
するとゼファーさんはその場所の名を口にしながら、大層引きつったお顔で震え始める。
いけね。俺の所業がバレたのか?
「という事は……。いやしかし、う~む……」
「わぁ~! 返してくれ! 返してくれよぉ!」
「あ~ん! シリル! シリルぅ!」
物凄く真剣に悩む様子を見せるゼファーさん。
シリルは泣きそうな声でキャロルと追い駆けっこをしている。
白蛇ヴァルヴェールも泣き声を響かせ、剣と一緒にキャロルに捕まっていた。
「そ、そんな心配しなくても大丈夫ですよ。里の長であるレーヴェさんは間抜けですけど良い子だし……。凄く優しいスクルドのばーちゃんや……、ディレスだって話を聞いてくれるはずです」
「なるほど。スクルド姉さんやディレス様も御健勝か。嫌だ行きたくない」
悩むゼファーさんを安心させようと、俺は里のエルフ達がいかに安全で優しいかをアピールする。
その言葉で笑顔を作ったゼファーさんは、爽やかな笑顔のまま全力で拒否の意思を示した。
知り合いのようであるが、ディレスと何か確執でもあるのだろうか?
「ぎゅ、ぎゅ~!」
「ななななんですか? 頬擦りなんかしてもダメですよ! 私にはシリルが居るのですから!」
部屋中を駆け回るキャロルは剣を両手で持ちながら、白蛇に甘えるように頬擦りしている。
ヴァルヴェールは少し照れながらも困っているようだ。
なおシリルはキャロルのお腹に掴まっているが力負けしており、引きずり回されてもはや声も出ない状態が続いている。
程なくシリルは振りほどかれ、キャロルは円卓の間から出ていってしまった。
修行の結果、シリルの不幸度も順調にパワーアップしているようだ。




