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非魔神の非魔ツブシ ~デモンズハーモニー~  作者: 霙真紅
フレム卿と愉快な刺客達編
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百六十一話  理不尽なお叱り

 我が家に帰るとすぐにザガンは厨房へ、ラグナートはアガレスのご機嫌取りの散歩に出掛けてしまった。

 俺は一人寂しく円卓の間に入り、そこにはシトリーとイリスがテーブルで談笑している姿。

 シトリーは笑顔で迎えてくれたが、イリスは俺と目が合うと視線を逸らしてしまう。



「ふふ、お帰りなさいませ。御無事で何よりでしたわ。首尾はどうでしたの?」


「最終的に上手くいったけど、本当散々だったよ……」



 何故か不気味な笑みを浮かべるシトリーにこれまでの報告をしようとするが……

 やはり俺から視線どころか、顔すら逸らしているイリスが気になってしまう。



「そういやイリスが来るって言ってたな。いつもの旅装だし、銃は返してもらえたのか?」


「え? あ、うん……。今朝シトリーさんがお父様を説得しに来てくれてね……。お父様もここで改造された銃は持ってたくなかったらしくて……」



 声を掛けると答えてはくれるものの、イリスは一切こちらを見ようとしない。

 話の歯切れも悪く言葉に詰まっている感じがあるが、いつもの冒険者スタイルなので謹慎は上手く解いてもらえたのだろう。

 詳しく聞かなかったが、やっぱあの銃はザガン達の手が施されていたのか。

 イリスパパも魔改造を受けた異国の武器など手に余るのだろう。

 しかしシトリーが関与していると聞けば、イリスパパの精神状態を心配してしまうな。



「ラウレルさんもイリスちゃんの精神的な面を心配をなさっていましたから。家を飛び出す勝手をされるくらいなら……と。ある程度の冒険者活動は目を瞑る事にしたようですわ」



 嬉しそうに説明をしてくれるシトリー。

 だが指先で瘴気を踊らせる様子から、暗黙の何かを感じさせる。

 つまり少なからず精神誘導は行われたのだ。

 これ以上問い詰めるのも怖いので、この辺りで話を変えよう。



「ところでシトリーがあげた魔道具が使えなくなった理由って分かったのか?」


「ええ、やはり単純な理由でしたわ」


「そそそそれは別にどうだって良いでしょ!」



 俺は訪問の理由であった現象の詳細を訪ね、シトリーが原因究明に至ったことを教えてくれた。

 イリスはそれを知られたくないのか、顔を赤く染めて話を逸らそうとしてくる。

 しかし魔道具が使用不可になるなんて戦闘では死活問題。

 それは先の戦闘で嫌と言うほど味わった。

 ここで理由を聞かない選択肢は存在しないのだ。



「急に使えなくなったなんて気になるじゃん。俺だってその辺りしっかり把握しとかないと、無関係でもないしな」


「それでは説明致しましょう! 魔力を溜めるにはその道具に心を通わせないといけません。魔道士であれば慣れている者も居りますが、基本は魔力を溜め置く魔道具は一つ。いくつもあると思いが分散され、魔力が溜まりづらくなってしまいますからね」



 俺は教えを乞おうと視線をシトリーに向ける。

 するとシトリーは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みで説明に入った。

 簡単にまとめると、いくつも魔力を作り置く魔道具を持っているのは愚策という話。



「イリスちゃんの場合。わたくしの差し上げた指輪より、そのネックレスへの思い入れが強くなり過ぎた、と言った感じなのです。なので指輪に割く魔力が失くなってしまったのですわ」


「へ~。なるほど。そういやそんな話をザガンから聞いたような気もするな。ルーアも杖だけに絞れば魔力上がるって事か? すると俺も今の方が都合が良いのかな?」



 シトリーが俺とイリスを交互に見ながら嬉しそうに語る。

 それを受けて俺は腰のクリムゾンシアーに目を向けた。

 確かにネックレスがないほうが魔力の溜まりが早い気がするな。

 この剣単体で魔力を放つ時が多々あるので、あまり気にしてなかったが。



「なんか凄い簡単に流してくれるけど……って。あ、あれ? そういえばフレムのネックレスは?」


「そう。それだよ……。実はエウなんちゃらの町でさぁ……」



 イリスが俺の胸元にネックレスがない事を視認したようで疑問を投げる。

 俺はその事を踏まえ、溜め息混じりで視察の経緯を報告する事にした。

 クライズ男爵がアーセルム、アズデウスの二ヶ国からの追及を逃れる為、俺を利用して死亡をでっち上げようとした事。

 男爵が起こした罪を、被害者の救済という形で取らせる為、俺の傘下に迎え入れた事。

 その他にもミモザを取り逃がした事や、金色ヤロウと一戦交えてネックレスを奪われた事などだ。



「フレム最低。見損なったわ」


「最低ですわねフレム。情けなさの極みですわ」


「どうして!? 何故俺が責められてるんですか!?」



 非常に冷めた視線で罵ってくるイリスとシトリー。

 今話した内容のどこに俺の非があるのだろうか?

 完全に俺ただの被害者なんだけども。



「ですがなるほどですわ。一連の流れは分かりました。フレムがそれを決断したのなら、わたくしは何も言いません。全力で応援致しますわ。ただ、一人で抱え込まず必ず頼ってくださいまし。その男爵への拷問やルーミアという女性の治療もお力添えいたしますわ」



 暗にそれで良いのなら、と匂わすシトリー。

 勢力拡大に反対だったシトリーが俺を焚き付けた理由は想像がついている。

 国内の俺への反発が少しでも和らげば、という狙いがあったのだろう。

 とどのつまり、シトリーは俺の心配をしてくれていたのだ。



「そういう事だから、これからは地道に信用を得ていくさ。俺だってセリオスやこの屋敷の連中に心配掛けたくはないからな」


「そこまで気負わなくても……。最悪は一人一人感性を弄っていけば問題ないですわ。前例もありますし……」



 皆の好意を半ば無下にし、俺が勝手をした代償は自分で拭う。

 そう明るく宣言すると、シトリーは大変素敵な笑顔で危険な提案をする。

 俺は笑顔で頷き、そうならないように努力を怠らないと誓いを立てた。

 ポツリと聞こえた最後の不穏な単語は聞かなかったことにしよう。



「それはそれとして、お酒はどこですの?」


「あ、それはマジなんだね。多分ザガンが厨房に持っていったぞ。しかも流通は元に戻ったそうだから普通に買えるんじゃない?」



 この話は終わりかと思いきや、唐突に酒を所望するシトリー。

 俺が呆れながら風呂敷担いだザガンの事を知らせてやると、あからさまに嬉しそうになりやがった。



「それでは試飲が必要ですわね! イリスちゃんもご一緒にいかがですか?」


「いえ、私はそろそろ帰ろうと思います。昨日届いた手紙の返事も書かないといけませんし。……それじゃあねフレム。私デートのお誘いの返事返さないといけないから、フォルテに」



 無邪気にはしゃぐシトリーへ申し訳なさそうに返答した後、イリスは冷酷なまでに冷たい口調と視線を俺に投げる。

 何を怒ってるのか知らないが、その冷たい態度にただ怯えている訳にはいかない。

 グレイビア王国の王子フォルテ。あのヤロウ、恋文なんて送ってやがったのか。



「なにぃ!? 待てイリス! デートなんてまだ早い! もっと健全に、清い文通を続けてから……」



 俺はツカツカと円卓の間を去るイリスの背中に声を掛けるが、振り向いてさえもらえない。

 そんな俺をジト目で見つめていたシトリーが一つ溜め息をつく。



「言える立場ではないと自覚なさいな。人間、向き合える時間は有限ですわよ」


「……分かってる!」



 厳しくも優しい口調のシトリーに促され、俺は円卓の間を飛び出した。

 しかし扉から出た直後に飛び付いて来たキャロルに足を止められる。



「ぎゅっぎゅ~!!」


「おお、キャロルただいまぁ! だが後にしてくれ! おい待てイリス!」



 嬉しそうに鳴くキャロルに帰宅の挨拶をし、擦り寄るキャロルを頭に乗せ急いで追い掛けるが、屋敷の外に出てももうイリスの姿は見えない。

 それどころか、屋敷の前に剣を手にした変な鎧が立っている。

 兜だけが青く、鎧や剣はアガレスがいつも作っては捨てている物だ。

 仁王立ちする変な鎧は、俺を待ちわびていたかのように声を発した。



「ようやく帰って来たか……。この森で見つけし最強の武具の力、貴様で試させてもらおう! 俺は強者にしか名乗らん……。『剥離旋風』、この二つ名だけを脳裏に刻み、あの世に旅立つが良い! 我が主、偉大なる魔王ゼ……」


「うるせぇ邪魔だ! 焼き尽くせキャロル!」



 驚いて少し聞いてしまったが、今はアガレスモドキの話など聞く気はない。

 話の途中で俺は頭のキャロルを片手で掴み、その口をうるさい鎧に向けて命じた。



「ぎゅ~!」


「のん!? の~~~ん!!」



 キャロルの一声と同時に口から放たれた業火が、うるさい鎧を包み込む。

 メラメラ燃え叫びながら何処かへ走り去るうるさい鎧。

 少々可哀想だが、今の俺の前に鎧姿で現れるのが間違っている。

 金色だったら粉々にしているところだ。

 何故か少し気が晴れたところで、俺はイリスを追って森を出ることにした。

 とりあえずキャロルが火を吐けるのは新事実だな。

 なんでも言ってみるものである。


 森から出て辿り着いた先は港町。

 考えてみれば、俺単独ではここまでが限界だ。

 お家に帰ったイリスを追えるはずがない。



「くそ! なんとか奴等の邪魔をしないと……」


「ぎゅ~? ぎゅ?」



 焦りを覚える俺の頭上から、キャロルが不思議そうな声を向けてくる。

 そういや、何をそんなにムキになっているのか……

 感情が乱される元を考えてみると、何も思い当たる節がない事に気付いた。

 友人のフォルテとイリスが仲良しなのは良いことではないか?



「ふむ? う~ん……。この気持ちは何なんだろうな?」


「あらフレム様? ちょうど良かったです。寄っていきませんか?」



 考えながら歩いていると、どうやら行き付けのニャバクラ店の前だったようで、店員のお姉さんに声を掛けられた。

 だが今はそんな気分でもない。

 今回は視察帰りという事もあり、チノレやリノレ、マトイにも帰宅の挨拶が出来ていないのだ。

 仕事の疲れは自宅で家族に癒してもらうべきだろう。



「今朝新人の女の子が入ったばかりなんですよ! メチャメチャ可愛い子なんですよ!」


「伺いましょう」



 お姉さんの営業スマイルにやられ、俺は二つ返事でお店に入る。

 この町は何故か俺の領地ではないが、如何わしいサービスなどしてないか調査をする必要があるからな。



「はい、こちら新人のミモザちゃんです! 慈善団体プリムローズからの紹介で預かりました!」



 お姉さんが抱えて差し出して来た猫は大人しい白猫。

 黄色と青のオッドアイで可憐な長毛種。もさもさの白い尻尾はチャーミング。

 そんな可憐な美猫を受け取ると、俺は部屋の隅で壁を前にして座り込む。

 見覚えのある新人ニャバ嬢は腹を上にして俺の膝の上だ。



「何やってんのキミ?」


「バ、バイトにゃ……」



 腹を撫でながら聞くと、バツが悪そうに小さな声で答えるミモザ。

 どうやらミモザは知り合いの伝を使い、ここでアルバイトを始めた模様。

 当然魔神だという事は伏せ、周囲の人間に気付かれてはマズイので大変大人しい。



「ほうほう。それはそれは、ではあの後の話を聞いてくれるか? くれるよな? 職を失いたくはないだろう?」


「なんて卑劣な男なのにゃ……。ああ、魔王様……。非力なウチをお許しくださいにゃ……」



 俺は新人アルバイトの腹を一心不乱に撫でながら、エウなんちゃらの町であった出来事を語って聞かせた。

 ミモザはブツブツ泣き言を言いながら、何だかんだでお話しを聞いてくれている。



「で、その指輪持って帰って来ちゃってさ。どうしたもんかと……」


「長いにゃ……。話くそ長いにゃ……。国宝にでもして国に管理させれば良いんじゃにゃいか……」



 それから何時間経っただろうか。

 俺の話を聞くミモザは俺の膝の上でだらけて伸びながら、疲れたような相槌を返していた。



「ぷぎゅっぷー……。ぷぎゅっぷー……」



 キャロルも俺の頭の上で気持ち良さそうに寝息を立てている。

 だがふと窓際に視線を移したミモザは次の瞬間、怯えたように目を見開き震え始めた。

 気になって視線の先を追うと、そこには窓に鼻を付けこちらを見つめる巨大猫チノレ。



「フレム様フレム様。お迎えが来てますよ?」


「く、仕方ない。言いくるめられるか試してみるか……」



 店員のお姉さんがにこやかに俺を呼びに来る。

 俺はもうしばらくここに籠城を決め込んでいるので、無論ミモザは抱いたまま立ち上がった。



「な、なんでこの町の連中はあの化け猫を見ても平然としてるにゃ?」


「慣れてるんだろ? いっつも来てるし」


「そんな訳ないにゃ! 魔物が町に入って慌てないなんてこの町だけにゃ! おみゃえの頭の上の毛玉にすら、誰も反応してにゃいだろ!」



 ミモザは小声ながら慌てて見せるが、俺は今更何を言ってんだくらいで聞き流す。

 しかしミモザは有り得ない現象だと譲らない。

 俺はその言葉を、出入口の扉に近付いた瞬間理解する。

 開いた扉から巨大な獣の前足が現れ、それに引っ掛かった俺の身体は壁に叩き付けられた。

 すんでのところで両手を上げたので、ミモザとキャロルは無事だ。

 確かにこんな馬鹿げた事をしでかす獣を受け入れるなど、普通の人々ではまず無理だろう。



「チノレさん。これ結構痛いぜ? それともう少し滞在したいのですが……」


「にゃ~ん」



 壁に打ち付けられて見えないが、俺は白いお手々の主に語り掛ける。

 するとチノレの鳴き声が返ってきた。なんて言ってるか分からない。

 交渉の余地など微塵もなかった。俺の強制帰宅が決定した瞬間である。



「待って待って痛い痛い! 引きずるなぁ!」


「ウチ関係ないにゃ! ウチ関係ないにゃ!」



 壁伝いに店から出され、俺は押し潰されたまま地面を引きずられた。

 俺が抱えるミモザも店から出た所で抗議の声を上げる。

 それから足をどけてもらい顔を上げると、チノレの横には目映い笑顔のリノレがいた。



「おにいちゃん。お迎えに来たよ!」


「ああ、ありがとう。よし帰ろう。すぐに帰ろう我が家に」



 嬉しそうにお迎えに来てくれたリノレに、もう少しここに居たいなど口が裂けても言えるはずがない。

 俺はお会計を済ませ渋々ミモザを解放し、リノレと共にチノレの背に乗り港町から帰路に就く。



「ところでチノレとリノレはなんで俺があそこに居ると分かったんだ?」


「お店のおねえさんがね。シトリーおねえちゃんに伝えに来たんだよ。フレムおにいちゃんが来てるから……。どうしますかって。だからリノレがお迎え行きたいって言ったの!」



 俺が居ると分かっていたかのように参上した理由を聞くと、お迎え大成功のリノレが輝く笑顔で教えてくれた。

 どうやら店のお姉さん、自分で呼び込んでおいてシトリーに密告しに行ったようである。

 一先ず俺は笑顔でリノレとチノレにお礼を言い、交互に頭を撫で回した。

 それにしても、何故連絡がシトリーにいくのか……

 という疑問が浮かんだ瞬間ゾッとした。


 以前俺がお尋ね者になっている間、買い出し当番はシトリーが行っていた事を思い出したのだ。

 それからいつの間にか荷物持ちにチノレが付き添うようになっていた。

 後にセリオスのお達しがあったとはいえ……

 そもそも迷いの森に住んでる俺達が怪しまれないはずはなく、店員のお姉さんが容易に我が家に辿り着ける訳もない。


 つまりあれか。あの港町の人達……

 魔物が居ても気にしないよう、必要事項を伝える場合迷わず来れるよう……

 シトリーによる精神誘導が施されてたのか……

 前例ってこれだな。なんて恐ろしい女だ。

 やはりシトリーにだけは逆らわないようにしたい。

 まずは土下座だ。イリスを追わず、遊んでいた事がバレたんだからな。

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