百四十二話 神秘の里からお土産を
フィルセリア共和国を立ち、現在アソルテ館上空。
俺達は今、大変おかしな状況を目撃している。
屋敷の玄関前に豪華なテーブルが設置されており、セリオスとエトワールが優雅にお茶をしてやがるのだ。
なんでこいつら人ん家の玄関前でお茶会開いてんだろう?
そのテーブルどっから持ってきたんだ?
「何やってんのキミ達……」
「おお、帰ったか。先程顔を見に寄ったのだが留守のようだったのでな。ここで待たせてもらったぞ」
地上に降り立った俺は当然の疑問を投げ掛けた。
セリオスは気にも止めず、お留守番をしてくれて居たと言ってくる。
だからそれがおかしいのだ。
外出時は誰もこの館に近付けないようにしていたはずなのに……
「結界張らなかったっけ?」
「いつも通りチノレバリアーを展開させておりましたが……」
「だよねぇ?」
俺はシトリーに目配せし確認する。
やはり間違いなく以前製作した杖による結界は張っていた。
確かに俺もその様子を見ていたので頭を捻るしかない。
「ちょうど……けぷっ。私達が伺った時に結界は……けぷっ。消えましたよ」
「どしたのエトワール? なんか食べ過ぎた?」
「いえ。そういう訳では……けぷん」
エトワールはけぷけぷと口から空気を洩らしながら、先程まで結界は機能していたと言う。
小さく息を洩らすエトワールが気になったようでマトイが声を掛けていた。
自分では止められない様子だが、特に苦しい訳ではなさそうだ。
「シトリー殿。やはりエトワールは……」
「以前仰っていた魔力吸収の件ですわね。ん~、無意識に発動するとなると困りものですわね……。もう一度調べて見ますわ」
セリオスは心配そうな顔でシトリーに問い掛けている。
そういえばエトワールの定期検診を行ってるのだったな。
何を調べてるのかは知らないし、何を言ってるのかも分からないが。
「なに? エトワール調子悪いの? とりあえず上がってくれよ。土産話もあるんだ」
立ち話もなんだろうと俺は一先ず家に入るよう促した。
セリオス達を家に上げるとさっそくエトワールはシトリーに連れていかれる。
ザガンとマトイは厨房に向かうようだ。
俺はザガンの背負う籠から宝石を取り出し、残りの面子と円卓の間に入った。
「俺は少し寝るかなぁ。チノレ、おまえさんも付き合えよ」
「にゃ~ん」
ラグナートはチノレと共にお昼寝を楽しむようだ。
さっそく部屋の隅でチノレを枕にして寝始めるラグナート。
アガレスは鉢植えに刺してある。
「ん~! ただいまぁ! 帰って来たぁ!」
円卓の間に入ると帰って来た感がひとしおだな。
やはり我が家は落ち着くものだ。
俺はわざとらしく伸びをし、両手で異彩を放つ宝石を掲げた。
セリオスに見せびらかす為だ。
「フレム。その石はなんだ? それと聞いて良いのか分からんが……。頭に乗ってるのは何者だ?」
「あ、この宝石ね。エルフ達の集落に行った時に貰ったんだよ。それとこの子は人工コパルンのキャロルだ」
「ぎゅっ!」
「リノレの妹なんだよ!」
セリオスはやはり宝石が気になったらしく、俺はついでに頭に乗るキャロルも紹介した。
キャロルが片手を上げて挨拶すると、すかさずリノレも情報を追加してくる。
「エルフの集落に人工コパルン? リノレ殿の妹……。待て……。情報量が多過ぎる……。整理させろ」
顔をしかめたセリオスは額を押さえ、こちらの勢いを止めようと手を伸ばす。
俺はコパルン峡谷に行って来たこと。長命を誇るエルフの集落で遊んだこと。
ヘイムダルがルーアに一目惚れした事件。
宝石を作れる精霊神器なんかをセリオスに聞かせて上げた。
椅子に座り話を聞いていたセリオスは何故か困ったような顔をした後……
テーブルに置いた宝石をしげしげと眺め始める。
「妖精の御業か……。フレム、これは本物か?」
「金剛石って言うらしいぞ? 精霊神器で作った物だけど天然物と変わらないんだってさ」
「緑色に煌めく巨大なカラーダイヤ……。これは大事だぞ……」
セリオスが宝石の真偽を問い質してきた。
俺はセリオスの横で屈み、目の高さにある宝石をウットリ見つめながらザガンから聞いた情報を明かす。
再び顔をしかめたセリオスはやはり困ったような表情を崩さない。
羨ましい……って感じじゃなさそうだな。
「やっぱ高価なのか? お家とか買えちゃうくらいか?」
「そうだな。城が買える程の価値が付くだろうな……」
俺はワクワクしながら宝石の値段を聞いてみたのだが……
嘆息しながらセリオスが吐いた言葉に震え上がった。
なんとこんな物一つで城が買えると言うのだ。
「あげる……」
「いらんわ!」
価値の高さに怯えた俺は一瞬で笑顔を消し、テーブルに置いた宝石をセリオスの方へと押し込んだ。
セリオスも要らないと言うが、こんな物が家にあったら俺は怖くて眠れない。
「これがあれば国の財政とか潤うんじゃない?」
「長い目で見ればマイナスだ。危険しかない。まず、これをどうやって手に入れたか思い出せ。いずれこれの出所を調べようとする輩が現れる。隠せばたちまちアーセルムは不振を買うだろう」
俺の考えは安易だとセリオスにどやされた。
言われて見れば、どこで手に入れたのか知られる訳にはいかないのだ。
万一知られた場合、際限なく価値ある宝石を作れるディレスは様々な国や組織に狙われる事になるだろう。
「二千年の時を生き、若さを保つエルフと言うのも問題だ。エルフとは千年程度の寿命であると判明している。その現存するエルフも少なく、少数のコミュニティがリヴィアータなどの大国で厳重に保護されているはずだ」
セリオスが現状のエルフ情勢について教えてくれた。
エルフ達の寿命はレーヴェさん達より遥かに少なく、また魔力の総量は高いが常識の範囲を出ない。
一人が高位魔道士数百人分なんてどう考えても異常だったのだ。
ただでさえ希少なエルフ。
あの里のエルフ達はそれを遥かに上回る貴重な存在であるとすれば……
「じゃ……、もしコパルン峡谷のエルフ達の事が知られたら……」
「始めは無法者に狙われ、いずれ国が動く。そうすればまた争乱が起きるな。あらゆる理由をでっち上げ、人体実験の口実にされるだろう」
聞くまでもなく分かった。だが俺の口から霞むような声が洩れる。
セリオスはコンコンと説教をするように、確実に起こるだろう予測を打ち立てていく。
「アホの子フレムよ。その話、他でしていないだろうな?」
「してないよ……。ごめん……。俺だって考えてはいたけど……。浅かった……。セリオスは身内みたいなもんだし……。平気かなって……」
静かな怒りを湛えるセリオスに俺は謝罪をした。
調子に乗り過ぎたのは間違いない。少し考えれば分かる事だったのだ。
レーヴェさんが人間に怯えるのは当たり前だった。
長命を誇り、信じがたい魔力を持つ一族。
されどその心と身体は美しくも人間以上に脆い。
策を練られ、数で押されればあっという間に制圧されてしまうだろう。
本当にセリオスには頭が下がる。
セリオスにとっても利用価値はあるはずだ。
こいつならどうとでも出来そうだしな。
大局を見て小事も切り捨てない。尊敬に値する男だ。
「身内? おまえと……言うヤツは……。くっ!」
目を見開いたセリオスは突然目元を押さえ、俺から視線を外した。
しょんぼりする俺を見かねたのだろうか?
ごめんな。俺は情けない奴なんだ……
「私も今の話は忘れよう。私のように信用に足る者以外には話すなよ。それとこの石は何かに加工してしまえ。残して置いても誰も得などせんからな」
視線を戻したセリオスの顔から怒気が消えている。
優しげでいて暖かい眼差しだ。
なんでほんのり泣いてんのこの人?
「これも一応言っておくが、コパルンの名称もあまり使うなよ。一般的に神聖生物とされては居るが、裏では禁忌種とも呼ばれ恐れられていると聞く。そんな存在を連れ回していると知れたら厄介だ」
セリオスは俺の頭の上のキャロルにチラリと視線を向けて釘を刺してくる。
分かってるよセリオス。ここまで言われたら警戒は怠らないさ。
でも、禁忌種扱いはキャロルのせいだ。それは間違いない。
こんな恐ろしい魔力垂れ流してるのこいつだけだからな。
ここで俺は魔界門とメタトロンの事を思い出したが、これは伝えない方が良いだろう。
さすがにこれ以上セリオスの神経に負担を掛ける訳にはいくまいて。
話も区切りが良いところで、シトリーとエトワールが戻って来た。
特に張り詰めた感じはないので問題はなかったのだろう。
「ただの食べ過ぎですわ。杖の魔力を過剰接種しただけなのですぐ治まるはずです」
「おお、そうか。手間を掛けてすまないシトリー殿」
笑顔で話すシトリーに安堵したようなセリオス。
エトワールはただの食べ過ぎとのことで大事はないらしい。
それは良かった……って、いったい何の話だ?
いつからエトワールは魔力食うようになったの?
「ご心配お掛けして申し訳ありません皆様」
「もう大丈夫なのか?」
「はい。むしろ何やら元気いっぱいです」
頭を下げて謝罪するエトワールに俺は体調を確認した。
エトワールはいつもの無表情に加え、両手を掲げてガッツポーズを見せて応えてくれる。
加速度的にひょうきんになっていくなこの子も。
「それで? 俺にも教えてくれよ。エトワールが魔力食べるってどういう事なんだ? 偏食かい?」
「ベルフコール跡地での騒動を覚えているか? あの一件で私とエトワールが助かった本当の原因が判明したようだ」
さすがに俺も気になって来たので聞いてみた。
セリオスが言う騒動とは、セリオスとエトワールが巻き込まれた爆発事件の事。
巻き込まれたといっても犯人はエトワールだけどな。
大樹の魔神、つまり魔王ガデスの残骸がセリオス達を癒したという仮説である。
「何かの原因であの場に留まっていた大樹、魔王ガデスの魔力とエトワールちゃんの能力が入れ替わった。とすれば辻褄が合いますの」
「魔王ガデスの魔力!? それ大丈夫なのか? 確か魔力どころか……」
シトリーの説明を聞いた俺は驚きと不安の声を上げた。
魔王ガデスの力は他者の生命力まで無意識に奪い取る代物だったはずだからだ。
「心配ありませんわ。エトワールちゃんの心と身体で魔王ガデスの力は使えません。受け取れた能力は些細なもののようです」
終始笑顔で喋るシトリーに俺もようやく安心した。
帰宅そうそうエトワールに危険の及ぶ大事件に発展しなくて良かったよ。
「お茶しよ~。お茶~。今ザガンが色々用意してるからね~」
「おお、マトイ殿。長旅で疲れたであろう。準備は私が代わるぞ」
マトイが湯飲みの乗ったお盆を掲げ持ってやって来た。
それを見たセリオスは何故かお盆を受け取りに行き、更にはせっせとお茶の準備を進め始めた。
エトワールが代わろうとするも微笑みながら振り切る始末。
勝手知ったる他人の家か? もうセリオスの部屋作っちゃうか?
「客にそんな事はさせられないって。俺がやるよセリオス」
「いや、おまえも疲れただろう? 今は座ってゆっくり休むといい」
立ち上がって手伝おうとした俺を制止するセリオス。
セリオスは湯飲みをテーブルに置き、俺の頭に居るキャロルをリノレに預けた。
なんと椅子まで引いてくれたので俺は言われるがまま着席。
「そ、そっか? まあそうだな。確かに今日は疲れ……た?」
少々不気味だと感じたが椅子に座った直後にその違和感は現実になる。
俺の座った椅子ごと、セリオスは俺をその辺に落ちてたロープでぐるぐる巻きにしているのだ。
頑丈に縛りきったセリオスは俺の向かいの席に座り、両肘をテーブルに付け手を組んだ。
「何やってんのセリオスくん?」
「さて、今度はこちらの話だな。さっそく本題に移ろうか。実は悩み相談があるのだフレムくんよ」
疑問を投げる俺に素敵な笑顔のセリオスくん。
そういや前回は何もせずに帰ったから完全に油断していた。
やられた……。こいつが来て問題が起きなかった事はないのだ……
帰ってきたばかりで何をさせる気だこのヤロウは?
そもそも何かこいつに言ってやらなきゃいけない事があったかも知れない。
全く覚えてないからどうしようもないのだが……
俺の穏やかな心境は一転し、この場から逃げる算段を必死に考え始めていた。
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フレム達が騒ぐ円卓の間へ、お茶受けのお菓子を持ってやって来たザガン。
その側に近付き考え込むようにうつむくシトリー。
「問題は入れ替わりそのものか……」
「はい。理由はどうあれ、亡骸はベルフコールでわたくし達が塵も残さず葬ったはず。少なくとも、魔力性質が丸々残ったものをわたくしが見落とすはずがありませんので……」
ザガンの指摘に頷くシトリー。
以前の予想もずれたものではあったが、無理矢理納得出来る形ではあった。
しかし今回の考察は魔王ガデス本体が、あの場から生き長らえていなければ成立しない仮説だったのだ。
「異変が明確になったのはリヴィアータから帰国した後ですわ。まるで蓋が外れたかのように、その能力が検知出来ました」
「となればあの戦いの影響か……。はたまた我等の魔力を合わせた際に発生する『現象』の副産物か……」
シトリーはベルフコール跡地での事件直後、エトワールの異常を見付ける事が出来なかった。
それが今回、まるで封じられていたかのように突如として現れたと語る。
ザガンは人魔戦争による変調、もしくは自分達から放たれる不可思議な力が要因の一つと考えた。
魔王ガデスの亡骸を弔った白い炎。
その現象は時に形を変え幾度となく発生し、その都度不可解な効果をもたらしている。
無関係とは到底思えなかったのだ。
「天の亀裂と魔界門の関連性で仮説は立つが、これは我らの知るところ。わざわざセリオスらに知らせる事もあるまい。一応の解決は見えたのだろう?」
「……ええ、本当にエトワールちゃんの害になる能力ではありませんので……。もっとも、わたくし達にとって驚異ではありますが……」
ザガンはある程度の考察は出来るとし、事態を緩やかに観察する姿勢を見せる。
シトリーはあえてそれを聞き流し、冗談混じりに空笑いを浮かべた。
「そ、それは気を付けぬとな……。それと……。ルーア達をあの場に置いて来て本当に良かったのか?」
「それは大丈夫ですわ。ヴィルディレスはルーアちゃん達を無事に送り届けると言いました。それが嘘でない以上危険はありません。ひょっとして、まだ答えは出ていませんの?」
何も対処をせずに妖精の里を出た事を気に掛けるザガン。
シトリーはそれこそ何の心配もないと語った上で、ザガンが引っ掛かりを覚えていた問題に目を向ける。
「いや、やはり外的要因だ。あの憑依者は憑いてから日が浅い……。おそらくユガケが変異したという召喚事故辺りだろう。転生者でないのは確実だが、何故今になって痕跡を残し始めたのかまでは……」
ザガンは以前ルーアが起こしたという召喚事故を引き合いに出した。
術式が上手く作動せず、ただの狐であったものが飛び込み進化した事例。
生物が変異する程の魔力が働いている以上、前段階で『上手くいかなかった』で済むはずがなかったのだ。
今まで巧妙に隠れていた憑依者が、わざわざ自分の存在を教えるように立ち回った理由にまでは検討が付かないと言うザガン。
「……どのみちあの子はもうすぐ消滅を迎えます。最後の時が分かって居たのかもしれませんよ……」
「魔界門封印と共に希薄になった存在……か。何かしら関係があるのは間違いないが……。汝、やはり何か知っておるな?」
シトリーは悲しげな面持ちで答え、ザガンはその様子から自らが知り得ぬ情報を握っていると勘ぐった。
首をもたげ、知らんぷりを決め込もうとするシトリー。
「なんのことでしょうか~? ヴィルディレスと内緒話をしていたザガンに言われたくないのですが~。それではお互い様という事で、お話しはここまでに致しましょう」
「いや、あれは昔話を聞かされていただけでだな! 要領を得ないというかだな……。ま、待て! まだ話は……」
「ザガン~! お腹すいたよ~!」
両手を合わせ、にっこりと笑ったシトリーは誤魔化すように会話を終わらせる。
ザガンはそそくさとその場を離れたシトリーを引き止めようと試みるが……
飛び付いて来たマトイにより断念する事になった。
その様子に軽く微笑んだシトリーは窓際に立ち、静かに口を開く。
「ルーアの書……。わたくしが見るのは想定外だったのでしょうね。申し訳ない事をしましたが……。せめて最後は……心安らかに……」
空に向かい、目を閉じて祈るように両手を組むシトリー。
シトリーの読んだルーアの書には、真新しい一文が刻まれていた。
それは一人の少女に向けた願い。
文の最後には悲痛な思いと共に、書いた者の名が記されていた。
有り得た可能性の末路、『別世界のルーア』と……




