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百四十一話  心に咲く満開の花弁

 チノレ教団本部に戻ってきた俺達。

 分かっていたことではあるが……

 教会に一歩足を踏み入れたところで待ち構えるは信者一同。

 信者達は綺麗に並んで中央の道が空けられていた。

 神託の間までこれが続いているのは間違いない。

 こちとらハミルを送って来ただけなのだがな……

 仰々しいにも程があるぞ。



「うへぇ……。あ、カルマ。法王達ってまだ帰ってないのか?」


「は! おそらく布教活動も行っているのでしょう。法王様が妥協するとは考えにくいので……。下手をすると数ヶ月戻らぬ可能性もあるかと……」



 俺が辟易しながら見渡すと列の先頭にカルマが居た。

 ちょうど良いので法王達の帰還を確認したがやはりまだのようだ。



「ところでコパルン峡谷はいかがでしたか? カイラ共が見えないようですが……」


「あ、うん。楽しかったよ? じゃザガン。チノレとリノレを連れて奥で休んでてくれ。マトイも一緒にな」



 おっとヤバい。カルマが状況を聞いて来たではないか。

 俺は慌ててザガンにお願いし、チノレとリノレ、ついでにマトイを連れて神託の間に向かってもらう事にした。

 彼等の意識を全て信仰対象に向けさせるためだ。


 エルフの里と魔界門。

 どちらも今更表沙汰に出来るものではない。

 特に人間が介入してはならないと、ザガンやディレスにもきつく言われている。

 何千年も保って来た均衡を崩すのは恐ろしいリスクを伴う。

 俺だってそこまでバカじゃない。あの魔界門から感じた気配……

 あれを世間に知られたらパニックになる事くらい分かるさ。

 なので、今回の件をごちゃごちゃ聞かれても答えようがないからな。

 適当に拝ませてうやむやにしたい。

 早急に事を進めようとする俺にカルマから熱い視線が注がれている。

 やっぱり怪しまれているのだろうか?



「フレム様。その生き物は?」


「うえ? あ……」



 カルマの奴が俺の頭を見つめ訝しげに聞いてくる。

 思わず気の抜けた声を上げた俺だったがすぐに理解した。

 俺の頭に乗っているキャロルのことを言っているのだと……


 隠すの忘れてたぞ。どうしよう……

 見たことなくてもいずれ察しは付くだろう。

 何せ俺達が出掛けたのはコパルン峡谷。

 そこから帰って来て増えた獣と言ったらもう……


 しかもアホのように魔力を垂れ流しているこの不思議生物。

 コパルンの姿だが実際はコパルンではない。

 説明し辛い上に説明してはならない。

 どうやって誤魔化したら良いのだろうか?

 俺が言葉も出せずにまごついていたところ、笑顔のリノレが歩み出て来た。



「リノレが紹介する! おいでキャロルちゃん!」


「ぎゅっ!」



 両手を広げるリノレが呼び掛け、キャロルは俺の頭から飛び降りる。

 リノレはそのままカルマの前で抱えたキャロルを持ち上げた。



「あのね。キャロルちゃんって言うの! リノレの妹なんだよ!」


「ぎゅ~」


「なるほど……。リノレ様の妹君ですか……」



 満面の笑顔でリノレはキャロルを掲げて見せ付ける。

 キャロルも片手を上げて挨拶をしているようだ。

 カルマは微笑みながら、リノレの言葉を心の中で復唱するかのように答えた。

 その顔に微かに滲んでいた疑念や興味が綺麗に消える。

 考察しようとした思考さえも跡形なく消え去っていくのが見て取れた。



「拝聴したか者共ぉ! 新たな女神の誕生だ!!」



 カルマの一声に伴い、信者一同その場で片膝を付き頭を垂れる。

 豪快な粉砕音と共に教会の床が盛大に割れた。

 俺の記憶では戦闘員である退魔神官は信者の中の一部だったはず。

 いつから皆揃って床を割れる程の武闘派になったんだ?



「さあ、チノレ様。リノレ様。キャロル様。どうぞこちらへ」



 立ち上がったカルマは新たな使命に目覚めたかのように凛々しい顔付きだった。

 カルマの先導でキャロルを抱えたリノレ、そしてチノレが怪しい集団の間を進んでいく。

 怪しい集団からはこそこそと、『キャロル様モフ可愛い』とか『神々しい毛並み』などの単語が聞こえる。

 あっさりと受け入れられ、詳細も訪ねられなかったのは良かったが……

 俺は軽率にキャロルをリノレの妹にした事を後悔していた。


 キャロルを連れて行かれて寂しそうなハミル。

 無言でリノレ達を指差して俺を見るザガン。

 爆笑して床を転がるマトイ。

 微笑ましく見守るシトリーとラグナート。そして寝てるアガレス。

 それぞれに目を配った俺は溜め息をついた。



「はあ……。そんな訳だから……。ザガンとマトイ。後を頼む……」



 順番は入れ替わったが、俺はザガンとマトイに後を託す。

 俺はアガレスを持ったラグナートとシトリーを連れ、ハミルと共に特別謹慎部屋に向かった。

 ハミルの謹慎自体はまだ解除されてはいない。

 これからまた一人寂しく謹慎部屋に籠らなくてはならないのだ。


 ハミルの件を法王を問い詰めたかったのだがまだ帰っていない。

 カルマの話では帰ってくるのが何ヵ月も先になるかもとの事だったな。

 あのジジイ……。まさか本当に世界中をチノレ狂いに染める気なのか?

 ハミルパパも帰って来てないし、俺は少々苛立ちを感じていた。


 地下に降り、謹慎部屋の前に到着して後は別れの挨拶を残すのみ。

 しかしハミルは俺の顔を見上げ、小首を傾げて不思議そうにしている。



「おにーさんどうかしたの? 少し機嫌悪い? ぼ、僕何かしちゃった?」


「いや、違うよ。法王かハミルパパにな、もう少しハミルに構って欲しくてさ……。居ないんじゃ文句も言えないなって……」



 ハミルは俺の苛立ちに気付いていたようだ。

 自分でもちょっとむくれてたかな? と思ったので反省せねばならないな。

 だが、ハミルの不安をほじくり返すような事はしたくない。

 俺は最低限、法王達に要求したい事だけを伝えた。



「あはははは! ……大丈夫だよ。僕、大事にされてると思う。多分……凄くね」



 ハミルは弾けたように笑い、今の状況は特に気にしてないようだ

 自らの境遇において、ハミルは最大限配慮されていると感じているらしい。

 だが俺はこれこそが問題だと感じた。

 疑問に感じないのなら、これが常であったという確たる証拠でもある。



「そんな事言ったって! また一人でこんなとこに……」



 なおを押さえきれない苛立ちを表に出そうとする俺の口を……

 俺の身体を沿うように上がって来たハミルの顔が、その唇が塞いだ。



「すぐ出れるから……。そしたら遊びに行くよ。待っててねおにーさん……。今日は……ありがとう」


「ん!? な……。あ……うん……」



 それだけ言ったハミルの頬は真っ赤に染まり、慌てたように部屋に入って扉を閉めた。

 数秒固まってしまった俺の声は遅れ、扉に向けて放たれてしまう。


 俺がゆっくりと振り返ると、背後に立っているシトリーとラグナートがニタニタしながらこちらを見ていた。

 不気味さを全く隠そうとしてくれない。



「青春ですわね~。恥ずかしくなってしまいますわぁ~」


「こりゃ帰ったらどう伝えたら良いもんか……。悩むなぁ~」



 全く恥ずかしそうではないシトリーと、全く悩んでないラグナートが俺を全力で茶化しにきた。

 背後に居たのにすっかり忘れてたぞ。

 さてはこいつら、気配を完全に消してたな!



「誰に伝える気かしら!? 誰に言われたところでどうにもならんよ! ハミルだって今のはきっと……、なんかそんな挨拶で!」


「そりゃ~冷てぇな~。こっちゃこんな暑いもん見せられたってのに……。しかしなぁ、どっち付かずはさすがに良くねぇぞ~。それと慌て過ぎだ」



 俺は語尾がおかしくなるくらいには慌てているらしい。

 きっと茶化すラグナートのせいだ。少しは手心を加えてほしい。

 すでに顔を中心に暑くなってきた俺の身体からは変な汗まで出てきたではないか。

 ああもう! そういえば最近イリスも見てないな!



「そ、そりゃ慌てもするさね! あんな可愛い子に……。その……ね? それにイリスは幼馴染みなんだよ! そんな関係ではない!」


「イリスちゃんの事だなんて言っておりませんわよ~?」



 言い返した俺のうっかり発言で更ににやけるシトリーさん。

 ラグナートも意地の悪そうな顔でニヤニヤと鬱陶しい。

 罠に嵌められたぞ! くそっ! 俺はどうしたら良いんだ!



「……うわぁ~ん! チノレ~!」



 俺はどうすることも出来なくなり、神託の間で拝まれているチノレ達の元へと駆け出した。

 もう嫌だこいつら。いつかギャフンと言わせてやるからな!

 こいつらを弄るネタをどうにかして仕入れなくては……

 ある訳ないなと思いつつ、俺は火照る顔を冷まそうと風を受けながら走り続けた。



 ーーーーーーーーーー



 謹慎部屋の扉に背を付けたまま、しばらく固まっていたハミュウェル。

 フレム達が去る気配を感じると胸を押さえながら歩き始め……

 ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。



「なんだろう……。なんか恥ずかしい……」



 ハミュウェルはいつもかなり強引に接していた事にさえ、今更ながら恥ずかしさを覚え始めていた。

 心臓の脈動。今までにない動悸に困惑の色を隠せずにいる。



「好き……だったんだよね……。でも……、なんか今までと違う……」



 自問自答を繰り返すハミュウェル。

 自身の気持ちに変化はないはずだった。

 なのにその顔を思い浮かべた瞬間、言い表す事の出来ない感情の波が押し寄せる。

 ハミュウェルは先程触れた唇に指を添え、そこから全身に熱が広がるのを感じた。



「僕何やったの!? 何したのさっき!?」



 ハミュウェルは咄嗟に毛布を頭から被り身体を丸める。

 暑くて暑くて仕方がないにも関わらず、その身を隠すように縮こまった。



(えへへぇ……。上書き……)



 これが初めてではない事を思い出したハミュウェル。

 かつて自身が言った事、行った事が次々と脳裏を過る。



「く……ふぅ……。……ふあぁぁぁぁ!? 僕は! なんて事を!」



 突如芽生えた羞恥心がハミュウェルの身体を蹂躙する。

 爆発するんじゃないか、そう思うくらいの気恥ずかしさでベッドの上を絶え間無く回転した。



「恥ずかしいよぉぉ! 死んじゃうぅぅ!!」



 バクバクと鳴り響く心臓に逆らう事も出来ず震えるハミュウェル。

 半泣きになりながらも、今更過ぎると感じて心を落ち着けようと試みる。

 されど何故こうも不安と喜びが去来するのか、それが理解出来ずにいた。


 初めはただ嬉しかった。

 不思議と懐かしい雰囲気を纏う青年に会えた事が……


 共感し、安心した。

 混乱と厄災、不安と恐怖の渦中にありながら……

 笑って過ごせる者が居る事を……


 愛しいと思い始めた。

 曖昧で不可思議、脅威と謗られる存在と共に居られる彼を……

 平然と畏怖される者達を守り、当たり前のように尊重出来る彼……

 彼は誰もが忌避する力を正面から受け止めて見せてくれた。

 忌み嫌われる異端にも、初めから分け隔てなく笑顔を向ける人。

 思えば、これは強い憧れだったのかもしれない。

 そう、今までは……



「僕と同じようで……違う人……」



 ハミュウェルは確かめるように小さく呟いた。

 いつ自分の見る夢が現実になり、命を落とすのか。

 常にその恐怖に怯えていたハミュウェル。

 それを現実のものと真剣に捉え、守ると言ってくれた青年……

 どうする事も出来ない運命かもしれない。それでも心からそう思ってくれた。

 その言葉と存在を思い浮かべ、ハミュウェルの心に安らぎが舞い降りる。

 大きな不安は、ほんの微かな希望で塗り潰されていく……


 毛布にくるまりながら仰向けになるハミュウェル。

 その胸に小さなひよこ、ヴャルブューケが飛び乗って来た。



「ピ!」


「ヴャルブューケ……。精霊神器は心を合わせる事でその力を発揮する……だっけ? そういえばおばーちゃんに聞き忘れて……。ううん、言いそびれちゃったね……」



 ヴャルブューケはハミュウェルの顔を眺め小さく鳴く。

 ハミュウェルは毛布から出した両手で小さなひよこをを掴み上げた。



「ふふふ、ごめんね。僕にはキミの言ってる事が分からないんだ……。どうしてキミは僕を守ってくれるんだい?」


「ピピィ?」



 ハミュウェルの問い掛けに、手の内のヴャルブューケは頭を捻って鳴いた。 

 ヴャルブューケの思考が分からない以上、ハミュウェルにその力を行使出来る理由はない。

 この小さなひよこはまるでハミュウェルを守るように存在している。

 不思議な気持ちより安心感が勝り、やがてまぶたは閉じ……

 ハミュウェルは夢の中へと落ちて行った。



「ピイ……」



 ヴャルブューケはハミュウェルの胸に乗り直す。

 その身はほんのりと黄金色に輝き、扉を見つめて小さく鳴いた。

 願うように……。託すように……。そして、守るように……



 ーーーーーーーーーー



 その夜も夢を見た。

 僕はまた、モコモコ毛皮のコパルンになっている。

 でもその夢はいつもと雰囲気が違っていた。

 怖い鎧の気配はしない。お腹も痛くない……


 僕が目を開けると、泣きながら僕に抱き付いて来た女の子が居た。

 不思議とすぐに理解した。僕の大好きな御主人様だ。

 僕はぐっと覆い被さる女の子の胸が苦しくて、抜け出すように顔を出す。

 すると今度は優しそうな男の人が僕の頭を撫でてくれた。


 その男の人も泣いている。でも二人とも凄く嬉しそうだった。

 そうだ……。僕は助かったんだ。

 傷は塞がっていて、もうどこも痛くない。

 二人が並んで居るのが嬉しくて、僕は飛び起きて二人の間に入って腕を伸ばした。

 短い手はどこにも届かない。

 そんな僕を見た二人は笑いながら僕の手を取ってくれた。

 僕も嬉しくて笑った。


 いつもの夢じゃない。誰かが続きを教えてくれているような……

 どこか他人事のような喪失感。

 それでも……。それでも僕は……。凄く、凄く安心したんだ……

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