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百四十話  霞行くコパルン峡谷

 小娘のせいで少し頭が痛むがまあいいだろう。

 そんなことより俺にはやらなければならない事があった。

 まずは見送りに集まってきたコパルンの内、戦友であるアイスとエアを手招きで呼び寄せる。



「アイス、エア。おまえ達にこの剣を進呈しよう。この峡谷とオヤサイガーデンを守ってくれ」


「「キュキュ!」」



 俺は英雄の剣、無駄に輝く大根(ラディシュブラン)をアイスに、黒光りするゴボウ(バルダシーヌ)をエアに譲渡した。

 彼女達はちっちゃい両手で快く受け取ってくれる。

 きっと立派に使いこなし、俺の息の掛かった四魔精霊と共にこの峡谷を制圧しておいてくれる事だろう。



「収穫の妨害をする妖精達を一大勢力にしないでくださいませんか? 最終的に全てディレス様の負担になるのですよ! ようやくディレス様を自由にして差し上げられると思ったのに……」



 レーヴェさんが俺の勝手な意向に文句を言ってきた。

 当然の言い分だな。この野菜剣俺のじゃないし。

 散々クソドラだの言いたい放題だったが、一応ディレスの事も気遣っていたようだ。

 先程までは幼児のように泣いていたのにふてぶてしく復活してやがる。


 とは言ってもまたこってり叱られたのだろう。

 側に真剣な表情のヘイムダルが控え、レーヴェさんをガン見しているのだ。

 ボロを出さぬよう見張られていると言って良い。確か族長と門番だったよな?

 敬称は用いるようだが上下関係とかは曖昧なようだ。


 確かにレーヴェさんの言った通り、魔界門の監視が要らなければディレスがここに留まる理由もない。

 しかしあくまで封印でこれもいつ不具合が生じるか分からない。

 結局監視は続投せざるを得ないのだ。



「気にするな。しばらくは小僧共の躾で退屈はしないだろう……。それに、頭の痛い事案は一つ片付きそうだしな……」



 そう言ったディレスの目配せを受けてたじろぐカイラとルーア。

 修行だからな。厳しそうなディレスの事だ、過酷なのは目に見えている。

 聖剣を勝手に譲渡したのに怒らない懐の広さには甘える事にするが……

 続けて俺をチラリと見て放った含みのある頭痛案件は何だろう?

 どうも魔界門の事ではなさそうだ。だがきっと俺には関係ないだろうな。

 この面子の中で一番全うな俺が頭痛の原因なんてあるはずがないのだ。

 それよりも、今は怯えるカイラ達におずおずと話し掛けようとするハミルの方が気掛かりである。



「カイラくん。ルーアちゃん……。ガードランスも……」


「……俺達の目的はまだ達成されてないからな。必ずまた全員揃って冒険しようぜ。次に会う時は、俺がパーティ最強になっててやる」


「今度おまえが謹慎処分を受けた時、教会から連れ去れるくらい……成長して見せるさ。私はハシルカの知恵袋だからな」


「ダイジョウブ。ミンナ。イツモイッショ」



 寂しげなハミルにカイラ、ルーア、ガードランスは口々に再開を約束した。

 ハミルは彼らの明るいその言葉に、一片の疑い無く笑顔を向ける。



「うん! 僕楽しみにしてるね! お迎え……、ずっと待ってるから……」



 ハミルの強がったような笑顔、そしてその言葉に俺の心臓がドクリと、一際強く脈を打った。

 俺に向けられた言葉ではないはずなのに……

 何故か『待ってる』の言葉が脳裏から離れない。

 この感覚に覚えがある気さえした。



「なんだ? この既視感は……。ついでになんか頭が重い……」



 いきなり襲い掛かってきた妙な重圧により俺はよろめいてしまった。

 小娘にやられた痛みじゃない。そもそも最近頭痛が多いのだ。

 そういやここに来て身体が重い時もあったな。

 俺は別れを惜しむハシルカ達を尻目に、心配を掛けないよう少し下がりながらディレスの側まで移動した。

 そこにシトリーも追従し、ススッとディレスの横に移動して来る。

 口の端に指を起き、シトリーはディレスに問い掛け始めた。



「それでは、ルーアちゃん達は無事に送り届けて頂けるんですのね?」


「無論だ。最古の竜である我は盟約を違えん。面倒だがちゃんと送ってやるわ……。我の背には乗せんがな。多少の補助で自力飛行出来るくらいには鍛えてやるつもりだ」



 シトリーはまだディレスを信用してないのか、念を押すように確認を入れる。

 ディレスは送ると良いながら自分の背中には乗せてあげないらしい。

 そんなに嫌なのか……。勝手に乗っちゃって悪いことしたかな?



「良かったですわ。それは『本当』のようで……」


「……貴様らの扱いなら詫びを入れよう……。我も役割上過敏に……」


「それではありませんわ。それに、それはお互い様ですし……」



 急にシトリーの気配が変わり、まるで殺気を放つような冷たい空気を纏っている。

 ディレスもそれを察して自身の振る舞いに対して謝罪をするが、内容は知らないけどシトリーが問い詰めているのは『その事』ではなかったらしい。



「く……。貴様どこまで……」


「終始邪心は見受けられなかったので、今回は目を瞑りましょう。先方にもそのようにお伝えくださいな」


「わかっ……た。こちらも貴様達と敵対する気はないのでな……」



 目尻を上げるディレスに微笑みを返すシトリー。

 纏った殺気は気のせいかと思うほど一瞬で鳴りを潜めた。

 ディレスはシトリーの言わんとしている事が分かったのか、堪えるような口調で地面にへたれ込む。

 その姿に溜飲を下げたようで、シトリーはハシルカ組の元に戻って行った。



「ディレス何したの? シトリー怒らせると怖いんだからやめてよね……」


「むしろ貴様の仲間に全うな奴が居るのか?」



 横耳で聞いていた俺は何の事か知らないけどディレスを叱責しておいた。

 大変失礼な事を言ってくるが、ウチで一番怖いのシトリーで間違いない。

 御機嫌を損ねないでもらいたいのだ。

 とにかくこのままダラダラしてても仕方ない。

 里の皆に軽く別れを告げ、俺達は準備万端巨竜形態マトイの元に集まった。



「ほいじゃディレス。俺達は帰るぞ。また遊びに来るからな。良いか? 良いよな。良いに決まった」


「拒否権を与えろ。……ところで良いのか? 貴様はあれから一度も精霊神器に関して訪ねて来なかったが。気にはならんのか?」



 俺が再訪問の許可を強制的に取り付けると、気に食わない素振りを見せながら暗黙の了解を示してくれたであろうツンデレディレス。通称ツンデレス。

 更に別れの挨拶をしてるのに妙な事を言い出した。

 今更過ぎてツッコミを入れる気も起きない。



「ならないな。マトイやラグナートでさえ知らなかった機能だろ? 好きで付けた機能じゃないって事くらいは……、おまえら見てたら俺でも分かるよ。あ、もしかして所有者限定されてるのってそのせいじゃないのか?」


「ああ、その通りだ。現状、『制約を増やすだけの無駄機能』なのだろう。……やはり、考え方も『ヤツ』に似ているな」



 やれやれといった感じを醸し出しながら伝えてやると、ディレスは笑ったような穏やかな表情を多分作り出している。

 ディレスなりに嫌な機能だとは感じていたのだろう。

 おそらくこちらは魔界門関係の話。

 使わざるを得ない事態が想定される。それ以上の理由なんかないだろう。

 度々似てるというのは神々の王の事だろうか?

 どんだけイケメン精神なのか知らないが、一つだけ言える事があるな。

 そいつ、絶対神様向いてないぞ。



「話はそれだけか? それじゃ……」


「そう急くな……。今回色々借りを作ってしまったからな。手ぶらで帰すのは我が沽券に関わる。特別に我が力の一端を見せてやろうではないか」



 話を切り上げようとする俺に手土産を下さると言う偉大なるアザラシ様。

 こちとら旨そうなお野菜だけで大満足なのにまだ何か頂けるというのだろうか?



「スクルド。頼んだぞ」


「ええ、かしこまりました。では創世魔法が一つ。とくと御覧くださいませ」



 ディレスが助力を乞い、スクルドのばーちゃんはその要請に応じて胸元にある風神の鍵に両手をかざす。

 鍵を中心に魔力が高まっていき、呼応するように里を包む暴風が巻き起こる。

 ばーちゃんの頭上には凄い勢いで土砂が集まり始めていた。

 カイラが生き埋めになった前例があるからちょっと怖い。



「地殻より来たれ大地の恵み……。《魔石創造アカークリエイト》!」



 スクルドのばーちゃんは両手を天にかざして力強く言葉を紡いだ。

 その瞬間上空の土砂は圧縮され、蒸気を吹き上げながら頭一つ分程の大きさに縮小した。

 そしてそれはその大きさのまま、俺の元まで緩やかに落ちて来る。

 ボロボロと皮の剥げたそれはもはや土塊ではなく、形は多面体で薄い緑色。

 とても透き通った輝きを放つ宝石であった。

 俺は輝く石を両手で受け取り、その美しさに溜め息をつく。

 ザガンも俺の側に来て興味深げに石を観察していた。



「これは……。随分と大きいが……金剛石か?」


「そうだ。本来ここまでの自然鉱物はそうそう産出されん。養育費……いや、我と邂逅した奇跡の報酬とでも思っておけ」



 ザガンが石の名前らしき物を口にする。ただ綺麗なだけじゃない。

 なんて強そうな名前なんだ。しかもこんなにも巨大な宝石は初めて見た。

 ディレスが言うにはやはりこんなに大きな物は珍しいとのこと。

 その辺の土砂を集めただけで見た感じ手間も掛かっていない。

 どうせタダならありがたく受け取っておこうじゃないか。



「よういくひ? とにかく凄いな。こんな簡単に宝石を作れるのか。綺麗な石だよな……。ありがとうディレス。貰っておくよ」



 訳の分からない単語を聞き流し、俺はすっごい綺麗な宝石に夢中だった。

 いくらなんでもデカ過ぎる気もするが、くれると言うなら断るのも失礼だよね。

 俺は宝石をザガンの担ぐ籠に押し込み、皆でマトイの背に乗り込んだ。



「コパルンの勇者フレム。またの来訪を心待ちにしています!」


「ああ、俺もだヘイムダル! それまでコパルンやパルピー達を頼むぞ!」


「はっ! 僭越ながら勇者代行を勤めさせて頂きます!」



 ヘイムダルは未だに俺をコパルンと思っているのか定かではないが、華麗に流してコパルンの勇者代理を任せた。

 応じるヘイムダルの硬い意思を見て驚いた表情を作っているのはレーヴェさんとディレス。

 それはそうだろう。魔妖精はヘイムダルの神器から生まれているのだ。

 彼が飽きるまで、地下施設とは別の意味で里は賑やかになるだろう。

 娯楽がないなら勝手に作ればいいのよ!


 かくしてマトイの背に乗った俺達はオヤサイガーデンを後にする。

 俺達が飛び出した直後から辺りには霧が掛かっていき、みるみる遠ざかる峡谷はあっという間に濃霧に包まれ見えなくなってしまった。

 まるで一時の夢のであったかのように……



 ーーーーーーーーーー



 峡谷から離れ、青空の下を行く俺の気分は爽快とは言えなかった。

 やはり妙な気だるさが残っているのだ。端的に言うと身体が重い。



「うーん。それにしてもやっぱ頭が重いな。マトイ太ったんじゃない?」


「え? 何言ってんの? フレムが私に乗ってるんじゃん」



 自分でも間抜けな事を言ったと思うが、マトイがツッコミを入れた事で少し冷静になった。

 ちょうどマトイが乗って居るような感じがするのだが……

 しかしマトイが言うように今は俺がマトイの背中に乗って居る。

 頭の上にマトイが居るはずないではないか。

 ではこの頭の重みと暖かさはなんなのだろう?



「そういやそうだな。じゃこの感じはいったい……」



 俺はその違和感を確認するように、恐る恐る両手を頭部に持っていく。

 するとフワフワの暖かい『何か』がそこに居た。

 本当に何かあるとは思わなかったからかなりの恐怖を感じている。

 恐怖を振り払いそれを掴み上げ、視線の高さまで持ってくると……

 モフモフの小動物が鳴き声を上げた。



「ぎゅ~!」



 頭頂部周りだけ緑で残る全身が朱色の毛並み。

 どう見ても妖精の里の獣、コパルンが俺の前で鳴いて居るのだ。

 両手を広げちっちゃな口を開けて笑う姿が愛らしい。

 しかも通常のコパルンサイズになってはいるが……こいつは……



「キャ……、キャロル!? 着いて来ちゃったのか!」



 この不思議な色合いと不自然なまでに高い魔力はキャロルで間違いない。

 俺はなんでこんな恐ろしい魔力を垂れ流す生物に気付かなかったのだ?



「どうしよう! キャロルが……」


「え? おにーさん気付いてなかったの?」


「朝からずっと……。いえ、ここ数日度々フレムの背中や頭に張り付いてましたわよ?」


「話し付いてんのかと思ってたんだが……」



 動揺する俺にハミルもシトリーも、ラグナートでさえ今更何言ってんのと言わんばかりの対応をしてくる。

 知らなかったのは俺だけかい? そういうことはちゃんと言おう?



「なん……だと……。まさかディレスの奴……。養育費ってこのことか!?」



 籠に押し込んだ宝石を思い描き、俺はキャロルの扱いを思い出した。

 そういえばキャロルは制御不能で封印されていたのだ。

 封印が解けてしまった以上、再封印するより押し付けてしまった方が楽だと考えたのだろう。



「あんのアザラシ……」


「ぎゅっぎゅ!」



 やり口に一瞬怒りが込み上げそうになったが……

 俺の手元で手を振り、高い声で鳴くキャロルを見てすぐどうでも良くなった。

 なにこの可愛い生物?



「ま、いっか……。ザガンもチノレも良いかな? 新しい家族が増えたってことで……」


「うむ、こうなっては仕方ないな」


「にゃ~」


「ほんとに!? やったぁ!」



 俺の意思で連れ帰る訳ではないが、一応反対意見を出していたザガンとチノレに了解を貰う事にした。

 大喜びであるリノレの反応からするに、ザガンだけでなくチノレも快く承諾してくれたようだ。



「どうやらコパルンの女の子を象っているようですわ。それと封印の影響でしょうか……、実働時間は数日のようです」


「メスなのか。して、実働時間とは?」


「この子の感覚として、生まれてからまだ数日しか経っていない、という事ですわ」



 シトリーがキャロルの頬をくすぐり、どさくさで色々と調べたようだ。

 俺は実働時間の意味が分からなかったが……

 簡単に補足してくれたシトリーによると、生まれてすぐ精神ごと封印されたキャロルは生後間もないという事らしい。



「そっか……。ならリノレの妹だな」


「妹? リノレ、おねえちゃん?」



 俺が順当に立ち位置をあてがうとリノレが嬉しそうに笑顔を見せる。

 上空飛行中にも構わずにもたれ掛かっていたチノレから離れ、俺の元に四つん這いで近付いて来た。



「そうそう。リノレはお姉ちゃんになったんだ。優しくしてやってくれな」


「うん! リノレ、キャロルちゃんのおねえちゃんだから! しっかりしなきゃだね!」


「ぎゅ!」



 俺はリノレの方にキャロルの身体を向けてやり、リノレはキャロルの頭を嬉しそうに撫でた。

 キャロルも手足をパタパタさせて嬉しそうだ。



「あたしが長女だかんね~!」


「とんでもねぇ三姉妹だなおい……」



 ここは譲れないとばかりに、マトイは飛行しながらちょこっと首をこちらに向けて主張してくる。

 その発言に溜め息交じりのラグナート。

 実際そうだな。竜の長女に人の次女、そしてコパルンの三女か。

 今後どのような物語が綴られようとも、もう未来永劫実現しない姉妹だろう。

 セリオスやイリスに紹介した時の反応が楽しみだ。



「う~ん……。フレムおにいちゃんがキャロルちゃんのおとうさんなの?」


「ん? ん~。まあそうなる……のか?」



 何が気になったのか、小首を傾げたリノレがややこしい事を言い出した。

 とりあえず俺は相槌を打ったが、ウチすでにお父さん枠二人も居るぞ。



「という事はママは僕だね? そうだね? おいでキャロルちゃん! ママだよ!」



 ハミルが目を見開いて圧の強いアピールを始める。

 鎖でがんじがらめになっていたニンジンを模した宝石。

 その宝石に俺とハミルが偶然同時に手を触れた瞬間出て来た子だからな。

 うん、そういう事なら間違っちゃいない。



「はっはっは。そんな無理矢理展開じゃキャロルも応じないだろうさ」


「ぎゅう~!」



 俺の手の内で御満悦のキャロルがそうそう俺から離れる訳はないと高を括っていたが……

 キャロルはあっさりと俺の手から離脱してハミルの元に歩き出してしまった。



「来たっ! おにーさん! 僕達の娘だよ! 可愛いよ!」



 その姿に大喜びのハミル。キャロルはハミルの膝に飛び乗り、甘えたように胸元に擦り寄っている。

 なんてことだ……。俺だけに懐いてる訳じゃないのか?

 気付けば俺は、空の両手を宙に投げ出したままで……

 大興奮のハミルに嫉妬の嵐で震えていた。

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