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百三十二話  閉ざされた厄災の扉

 おお、素晴らしき人生……。愛しき仲間達よ……

 と心の中で讃歌でも歌おうとしたところ、間を置かず俺の身体に飛び付いて来た者が居た。

 カイラとルーアの手をするりと抜け、屈んだ状態から大地を蹴って飛び出したハミル様だ。

 ハミル様は俺の身体にきつくしがみ付き、右手を己の腰に回して声を上げた。



「ヴャルブューケ! 重力反転! 推進付与!」


「ぐぶふぅ!」



 間一髪。ハミルの振るった地天の杖の効果により、ハミルと俺は本来の地面に降り立つ。

 立ち上がるハミルの目には力が戻っており、地面に強制頬擦りを決めた俺は大地の愛おしさを噛み締めている。



「ごめんね皆……。今度は……僕が頑張るよ。おにーさんも見ててね……」



 背後の皆に謝罪をし、俺に決意を示して語り掛けるハミル。

 いつもの可愛らしい笑顔がやっと見れた。

 その勇姿も是非とも見ていたい。

 でも……、ハミルさん? ちょっと重力強過ぎない?

 俺起き上がれないんだけど? 地面に縫い付けられてるんだけども?


 復活したハミルと悶える俺を見据え、まだ少し困惑しているようなディレス。

 しばし沈黙して頭を掻いたディレスは、溜め息をついてから諦めたように魔界の門に向き直った。



「考えても仕方あるまい……。ギュローフ! ブューケ! 我が陣に精神を繋げよ!」


天使大戦エンゼルウォーズの再現か……。気が重いが……、仕方ない!」


「ピィ!」



 レーヴェさんの姿をしたディレスが魔界の門に両手を差し向け、黒い穴を沿うように魔法陣を形成する。

 ウサギロースとひよこは要請に応え、神器の所有者であるガードランスとハミルも穴の前に立ち神器を構えた。


 ハミルの持つ杖の先にひよこが飛び付き、肥大したひよこが大きなハンマーを形作る。

 ウサギロースはガードランスの持つ槍の先端と同化し、耳が二股の槍のように鋭く伸びていた。


 ……ちょっと待つんだ! その刃先って耳だったの!?

 里での戦闘それで戦ってたのか!? 酷いなおい!

 皆涼しい顔で見守っているのは何でだ!? 絵面おかしくない?

 緊迫感台無しじゃないか! なにこれ? 俺が異端なの?


 俺も空気を読んで平静を装いながら、そんな意識で一人葛藤する中……

 レーヴェさんの胸元にある緑色の鍵から光が放たれ、眼前にある穴と形容するのも憚られる暗い裂け目の周囲に風が巻く。


 呼応するようにハミルの持つ杖の先、ひよこからも光が洩れて土砂が舞う。

 続いてガードランスの槍の先端、ふざけたウサギが黄金色に輝き、現れたキラキラ光る塵も土砂と共に風に流されていった。



「木を石に転じ、火は鉄に変じ、土が霧と混ざり、金よ雷を起こせ。五行の理を束ね、ここに新たな封印を築く!」



 ディレスが呪文を唱えると魔界の門を囲む渦巻く風は縮小し、宝石で作られたかのような緑色の輪が宙に浮く。

 その下には不安定な泥の輪。電流の輪が続けて現れた。

 この輪で門を締め上げようというのだろうか?

 しかし俺はディレスの言葉に違和感を感じた。

 ここに精霊神器は三つだけ、リノレもヘイムダルの神器も反応はしていない。



「水は? ヴァルヴェール居ないけど大丈夫なのか?」


「貴様……どこまでの情報を持っているのだ……。ああ、問題ないとも。今回は封印の上貼りだ。起点がこの門の奥にあるからな。『三つ』もあれば事足りる」



 確かめるような俺の問い掛けにはっきり三つと答えたディレス。

 ひよこは土、ウサギは金、ディレスは多分木だろう。

 なら何故火が出てきたんだ? 言い間違いか?


 動けない俺が珍しく理知的な思考を巡らせていたところ、黒い穴の奥から赤い炎が触手のように伸びて来る。

 まるで生き物のようにうごめくそれは三輪を束ねるように絡み、やがて赤い金属のように硬質化した。



「『三つ』だ。起点である炎魔の指輪は穴の中枢にて、封印の要になっているからな……」



 ディレスは俺の意図を汲み取っていたようで、再度その数字を強調した。

 炎魔の指輪、それは確か精霊神器の名称だ。

 起動者は居るのかとか、そもそもこん中で生きてられるのかとか……

 色々気になってる間にも事態は進む。

 魔界の門周囲に荒ぶる魔力が吹き荒れ、辺りに暴風となって影響を与えている。

 ガードランスの方はどっしりと槍を構えて居るが、両手で杖を握り締めるハミルの方はやや重心がぐらついて不安定なようだ。



「くっ! 結構むつかしいねこれ……。でも……今日の僕活躍してないし……」



 ハミルは必死に神器から魔力を解放して制御を試みている。

 あの輪を維持するのは中々に難しいようだ。

 俺の保護に力を割いている事も原因の一つであろう。

 こっちは少し弱めても良いんだぞ?

 側でヒラヒラとなびくスカートの気配が感じられるのに……

 重力が強過ぎてうっかり顔を上がる事も出来ない。

 なんとも口惜しい。後もうちょっとなのに。後もうちょっとなのに……



「どちらも大した適合率だな。予想より進みが早い……。そろそろ仕上げだ。このまま封印の……完遂を……。くそ……、こちらが限界か……」



 怖いくらいの魔力の高まり。鮮やかな光を放つ封印の陣。

 三輪を束ね虹色と化した網目模様の封印の陣が縮小し、徐々に魔界の門を押し込めているところでディレスの声色に異変が生じる。



「申し訳……ありません……。ディレス様……。私の事は気になさらず……。完全支配を……」


「……貴様にはこの里の長として、妖精を束ねる使命があるだろう。なに、安心しろ。……無欲なエルフと違い、我の起動条件を満たせる『愉楽』の素養、それを先天的に持つ人間という種がちょうどここにいる。……仮の契約に役立ってもらおうぞ……」



 声の雰囲気がレーヴェさんのそれに戻り、ディレスの声は風に響くように聞こえて来た。

 完全支配。響きが怖いが多分、一度行ったら神器保有者は死ぬとかそういう事なんだろうな。

 おそらくレーヴェさんの魔力が尽きたとかそんな感じだろう。

 胸元を抑え苦しそうなレーヴェさんにこれ以上無理をさせないためにと、代替案を掲げるディレスの声色には意地の悪さが乗っかっている。



「そんな簡単に宿主変えられるのか?」


「可能だ。我に掛かれば精神波長を合わせるなど造作もない。一時的にレーヴェから権利を剥奪し、瞬間的にもっとも適正のある者に無理矢理契約を結ばせればいい」



 俺は最近、神器の起動者は簡単に移せないと知ったばかりだが……

 どうやらディレス自体が相手に合わせて調整する事で簡易契約を作れるらしい。

 確かウサギが言ってたな。『アレを人の世に出すのは危険過ぎる』と……

 なるほどな。魔界の門の監視でもしてたのだろうが……

 その役目がなくなったら大変な事態になるな。

 ディレスは好き勝手に人間に乗り移り、世界中で暴れ回れるという事だ。

 コイツ一体で世界征服も夢じゃない。ある意味で人の世が終わる。



「ほほう……。とんでもない詐欺機能じゃないか……」


「さて、もっとも快楽に忠実なのは誰だろうな? 心を閉ざしても無駄だ。我が領域からは逃れられん!」



 俺の苦情もなんのその。ディレスは脅しとも取れる言葉を紡ぎ、レーヴェさんの胸元で光る鍵は弾けた。

 警戒するのは俺とカイラ、一際怯えたルーアの三人だ。

 体を乗っ取られるのも恐怖だが、ディレスは聞き捨てならない台詞を吐いた。

 それは『快楽に忠実な者』。つまり、ディレスが取り付いた者がこの中で一番いやらしいと言う事なのだ。

 なんたる不名誉! アダルティックなシトリーとラグナートは候補から外れている。

 ハミルはすでに神器を持っているので論外。

 カイラとルーア。こいつらが実は凄いむっつりだったり耳年増だったりするのを期待したいのだが……

 普段の初々しい反応を見るに絶望的である。

 順当に言って健康成人男子たる俺に来る可能性が極めて高い!

 どうしよう! 若者の前でエロい人認定は心に来るぞ!

 俺が必死に様々な言い訳を考えていた次の瞬間。


 地面にベチャリと転がるアザラシ。

 予想外なのか、アザラシディレスはポカンとしていて動かない。



「何故? この姿で放り出された? 確かに強力な愉楽の感情に飛び込んだはずだが……。我が意思の力で競り負けたとでも……」



 ディレスは直接適合者の体を操作しようと画策したのだろう。

 その者の体に溶け込まず、地面にアザラシ形態で放り出された事が不思議なようだ。



「にゃ~?」


「……やり直しを! やり直しを要求する!!」



 真後ろから発せられたチノレの声を聞き、ディレスは振り返る事もせずに事態を把握した。

 そうなのだ。精霊神器たる緑の鍵は今現在、チノレの首元でキラキラと輝いている。

 俺は心の底から安堵したと共に、快楽の方向性を歪んで解釈した事で恥ずしくなった。

 ようは楽しむ力が強いかどうかなのだろう。

 ディレスの奴も人間に憑依すると思って特に選別もしなかったのだろうな。

 残念ながらチノレは猫だ。おっきな猫なのだ。



「なんだこの状況は!? おいやめろ! こんなもの認められるはずがない!」



 現状を認めないディレスはチノレに抱え込まれ、かじり付かれて猫キックを受けている。

 チノレにとっては急に目の前にオモチャが転がったようなものだからな。

 為す術もないとはこのことだ。

 遊んでいる場合ではないというのに……

 だが鉋屑かんなくずのようにみるみる削られていくディレスを見るのも忍びない。

 俺は重力に逆らい軋む身体に鞭打ち、頑張って懐にしまっていた数本の短い木の枝を取り出してディレスに投げ付けた。



「補強に使えディレス! 特製の原木だ!」


「何か特殊な一品か? すまんな! 使わせてもらおう!」



 俺の投げた枝をアザラシボディに溶け込ませるディレス。

 削られた体は少しだけ修復した。

 だがそれによりチノレは狂ったようにディレスを舐め回し、食い付いて引っ張り始める。



「おおお!? 凄まじい感情の波が!! おのれフレムゥ! 貴様何を投げたぁ!?」


「や、冗談のつもりだったんだけど……。マタタビの原木をね……」



 相当焦ってたのか、ディレスの奴は状況も理解出来ず俺を責め立てた。

 まったく、勝手に枯れ木でも集めて修復すれば良いものを……

 猫が飛び付いて喜ぶ一種の興奮材と融合するとはな。

 なんて愉快な奴なんだ。



「うおぉぉぉ!! 覚えてろ貴様ぁぁ!! 門よぉぉ! 閉じろぉぉぉぉ!!」



 頭をかじられ、引き伸ばされたまま絶叫するディレス。

 興奮したチノレの首元にある鍵からは凄まじい魔力が沸き出していた。

 その力もあってか色鮮やかな封印球で囲われた穴は順調に縮小していく。

 だが封印が締結される寸前……


 俺は……いや、この場に居る誰もが終わりを直感しただろう。

 視線を感じ、針のようなものが全身を駆け抜ける感覚。

 五感が……、世界が灰色に染まる錯覚。

 すでに自分は殺されたという予感さえ過った。


 この世界が押し潰されるのかと思うほどの魔力。

 圧倒的な存在感。身はすくみ、息をする事さえ忘れていた。



「無理……だな。こりゃ勝てねぇ……」



 洩らすようなラグナートの言葉により、俺は現実にいる事をようやく自覚出来た。

 ラグナートが冷や汗を足らし、戦わずに諦める相手。

 初めてゼラムルを見た時のような……

 いいや、比較にならない。勝てないじゃない。

 本当に全てが終わったと感じたんだ。


 進化を続ける災厄の天使メタトロン。

 それは解き放ってはいけない。この門は……

 開けてはならない……。伝えてはならない……

 記憶から消さねばならないと感じた。


 魔界の門はもはや目に見えない程小さく閉じられている。

 その封印のある虚空を眺め、二度とこの穴が開かない事を……

 俺は強く、ただひたすらに強く願った。


 無言の緊迫感は徐々に和らぎ、安心感が沸き上がってくる。

 まるで何事もなかったのように穏やかな空間。この峡谷に安らぎが戻ってきたのだ。



「お~、よしよし。落ち着いて下さいディレス様」


「猫怖い猫怖い猫怖い猫怖い……」



 レーヴェさんは死んだような目でアザラシを胸元に抱え、棒読みのセリフを放ってディレスを慰めている。

 すでに鍵の神器はレーヴェさんの胸元に戻り、チノレから解放されたディレスはプルプル震えながら呪文を唱えるかのように、恐怖を振り払おうとしていた。


 しかし顔面を柔らかな山脈の間に埋めるなど、なんて羨ましい体勢だ。

 疲れきった俺に少し代わって欲しいものである。

 などと……、考えたのがいかなかったのだろう。

 後ろを振り返った俺を見据え、シトリーとハミル、ついでに宙に浮かぶマトイが無言で両手を広げて待っている。

 これは……どれが正解なのだろうか?

 むしろ正解があるとは思えない。



「とーにーかーくぅ! これで全部片付いたんだろ? ばーちゃんの容態を確認しに行くぞ!」


「どちらにせよ、このセクハラドラゴン……。いえ、ディレス様はもうクソの役にも立ちませんので、私もそちらに乗せてもらえると助かります」



 答えのない三択から逃げ出し、無理矢理帰路に就こうとした俺。

 レーヴェさんはそれに便乗する形で毒を吐く。

 当たり前のようにディレスに乗っけてもらおうとしたが無理らしい。

 余りみっちみちに乗ってもマトイが可哀想だしな……

 仕方あるまい。



「パルピー! 飛行形態だ!」


「ぱるぅ~!」



 俺が適当に言い放った一声で、大きな姿で顕現したパルピー。

 人一人が上であぐらをかける程の大きさのカボチャだ。

 くり貫いたような穴で笑った表情を作るパルピーが可愛い。

 まあ、これも冗談……だったんだけどなぁ……



「お……おにーさん! それは……」



 どうしようか迷ってる俺にハミルがキラキラした視線を投げ掛けてくる。

 あろうことかマトイまで羨ましそうな目で見てくるではないか。

 さすがにこれに肩車で乗るのは厳しいよな……



「すまない……。パルピーは一人乗りで……」



 俺が言うが早いか、人型メロンゴーレムのマメローがパルピー並みの大きさのメロンと化し、カボチャに引っ付いた。

 その後ろには完全なイチゴとして巨大化したベリコが張り付き、その葉がクルクルと回転する。

 まるで三色団子のような、かなり無理矢理な飛行形態だ。

 気を効かせてくれたのだろうな……。活用しないわけにもいかなくなった。

 とりあえずこれで二人は悠々乗れる。

 俺は大喜びのハミルと共に寄り添うように団子に乗り、悲しげに先行するマトイを追う形で空に飛んだ。



「いや~、それにしても……。魔界だの封印だのと……。始めに言って置くべきなんじゃないかな……。ディレスはともかく、ザガン達も知ってたんだろうに……」


「あはは……。それは……伝えたらおにーさん逃げようとするからじゃないかな?」



 愚痴を溢す俺に目を泳がせながらも、笑顔で的確な指摘をするハミル。

 言われて見ればそうだな。

 嫌な予感はしていたのだ。ここに魔界の門がある事。封印しに行く事。

 出発の段階でそれらを知っていたら俺は逃げ出し、更なる混乱を招いていただろう。



「それは確かに……。俺は基本的にダメダメだしぃ……」


「ち、違うよ! おにーさんカッコ良かったよ! 本当だよ?」



 少しふてくされて見せる俺にハミルは慌てたように取り繕う。

 涙目でわたわたする姿は見ていて微笑ましく、そして可愛かった。

 知らぬ間にまた変な件に巻き込まれはしたが、こんな報酬も悪くない。



「ははは、冗談だよ。ハミルが元気になって良かった。ハミルは元気に笑ってるのが一番可愛いからな」


「おにーさん……。そういうところだよ……」



 俺の素直な感想に頬を染めてむくれるハミル。

 俺だってバカじゃない。元気になった理由はきっと……

 ハミルが強い意思で悪夢に抗うと決めたからだ。

 根本的な解決はしていない。

 その心に影を落とした肝心の悪夢に関して引っ掛かる事もある。

 せめて、悪夢を見ない方法を見つけてやりたいものだが…… 

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