百二十三話 現れない緊迫感
魔野菜達はカイラが焼き払い、あらかた片付いたがカボチャだけが別格に強くて困っている。
アガレスは解魔の書が再起動しないよう、ヘイムダルの胸の上に置いて居るので使えない。
何でこんな事になっているのか、さっぱり分からないまま俺とカイラは交戦していた。
「うおわぁ!?」
人の身の丈程もある巨大で簡素な剣が、野菜魔神カボプキンを起点として弧を描くように振り下ろされる。
俺は剣をクリムゾンシアーで受け止めたが、剣の重みで跳ね飛ばされてしまった。
怖いなんてもんじゃない。
なにせ剣は浮いているのだ。手元から斬撃の軌道を読む事も出来ない。
口や目を思わせる黒い模様から、表情を読み取る事さえ当然不可能だ。
「チッ! 丸焼きにしてやるぜ!」
カイラが火球を作り出し、カボプキンに向けて飛ばす。
かなりの速度であったが、火球はカボプキンの眼前で二つに避け、後方で爆発した。
恐ろしい速さの剣捌きで火球が切られたのだ。
剣の重量はどうなっているのだろうか?
あまりの怖さに俺は、後方に居るカイラの側までカボプキンを見据えたまま退避した。
「こいくつおいぞ。とーふるカイカ?」
「落ちてるニンジン食ってんじゃねぇよ! 余裕か!? ともかく、カボチャなんぞ当たりさえすれば倒せるはずだ……。その剣でルーア達に結界張れるか?」
瑞々しいニンジンを咥える俺に、何か策があるように答えるカイラ。
このクリムゾンシアーで結界を張る……か。
ハミルやセリオスの技を何度か見ていたし、やって出来ない事はないだろう。
「んぐんぐ……よし、やってみよう。とどめは頼むぞ!」
固くて土臭いニンジンを葉ごと食い尽くした俺は、クリムゾンシアーを地面に突き刺した。
続けて魔力の発露により増幅した生命力を膜に変え、ルーアやヘイムダル達五名を覆う。
意外と簡単に出来て嬉しい。
そして結界の構築を確認したカイラの口元に笑みが浮かぶ。
カイラを中心に風が渦を巻き、辺り一帯の気温が不自然に上昇を始める。
「それじゃ行くぜ……。吹き荒れろ! 《レイジングテンペスト》!」
豪快な威勢と共にカイラから解き放たれる魔力。
生暖かい暴風が一帯を包み、加速度的に上昇を続ける熱気。
すぐにそれは真っ赤な灼熱の炎の嵐へと変化し、カボチャもろとも大地と空を蹂躙した。
カイラの放った術が離れた霧をも一掃し、透き通った空が映し出されたが……
すぐに霧が掛かり遠くの視界はまた悪くなった。
カボプキンは大地に転がり、こんがりと美味しそうな匂いを漂わせている。
「やり過ぎたかよ? ま、ざっとこんなもんだ……。ありゃ? 霧は別の力が掛かってるみたいだ……な? え、おまえ……なんで……」
「……けぷぅ……。くそ熱いんだけどぉ……」
決め顔で格好付けてたカイラが、煤だらけで口から煙を吐く俺の惨状に気付いたようだ。
冷静に考えたら分かった事だからね。俺が悪いんだけどね。
「おまえ何で自分に結界張ってないの!? バカなのか!」
「バカとはなんだ! せっかくの畑も焼き払いやがって……」
物凄い勢いで馬鹿にしてくるカイラに、俺は精一杯の反論を試みる。
ルーア達に結界をとは言われたが……
まさかこんな全方位攻撃とは思わなかったのだ。
せいぜい火の粉が危ないよ? くらいなものかと……
剣の魔力を発動させてたし、比較的カイラの近くに居たから直撃は避けられたが、下手したら黒焦げになっていたところだ。
ちなみに神棚も燃えてしまっているが、解魔の書は当たり前のように無傷である。
「ま、まあ、とりあえず片付いたし、後はラグナート達と合流して……」
「うんにゃ、カイラくんあそこあそこ」
締めに入ったカイラを現実に引き戻してあげる優しい俺。
香ばしい匂いが漂うカボチャと剣が再び宙に浮いたのだ。
フラフラだがまだ仕留めきれてはいなかった。
「マジかよ……。だが動きが鈍い。このカボチャヤロウ、とっとと仕留めてやる……」
「待てカイラ。カボチャカボチャと失礼だ。この激戦の相手が名無しでは締まらないだろう? 最後に俺が、正式にカッコ良い名前を進呈しようじゃないか……」
カイラがとどめを匂わせたが、俺はそれを遮った。
超戦力が傍らに居る限り、俺はいつでも強気なのだ。
お馬さんやニワトリに命名してから、俺のネーミングセンスは更に磨きが掛かっている。
愛と敬意を込め、このカボプキンにも俺の痕跡を印そうではないか!
「うーん。そうだな……紫カボチャ……。パルプーキン……。いや、パルピーなんてどうだろう? うん、良いな。パルピーだ!」
人差し指をかざし、笑顔で俺がそう口に出した途端……
カボチャから瘴気が溢れ、格段に魔力が高まった。
激怒かい? 神懸かった俺のネーミングのどこが不服なのだろうか?
「おい。瀕死だったはずなのに生き返ったみたいだぞ? それとピーはどっから来た?」
「あまりにハイセンスな命名に狂喜乱舞と言ったところだろうな。よし、ルーア達を起こすんだ。逃げよう!」
睨み付けるカイラから視線を反らし、俺はパルピーから撤退しようと考えたのだが……
俺達の退路を塞ぐように、後方に赤い小さな光が現れる。
続いて薄い緑色で人の頭程の大きさの光も出現した。
「なんだと!? ふざ……けるな……。これはまさか……」
俺は奥歯を噛み締め、心からの言葉を絞り出す。
宝石のように光っているが間違いない。あれはイチゴと……メロン様だ……
もう嫌だ……。本当にやってられない。
あの果物はどれ程の美味しさになっているというのか……
確かめなくては帰れないぞ!
こいつらはリノレのお土産にしよう。そうしよう。
いや、むしろこの峡谷を制圧したくなってきたぞ。
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薄い霧の中を歩くラグナート達。
霧自体は晴れていないが、一寸先も見えない程の濃霧ではなくなっていた。
諸々の混乱で人数が半減した事に、皆不安を募らせていた。
「まいったな……。妙な気配が通り抜けて行ったかと思えば……、いつの間にかガードランス達もはぐれてんじゃねぇか……」
「仕方ありませんわ……。ラグナートとマトイちゃんがいきなり暴れるんですもの……」
ラグナートは頭を抑え、困ったように発言するが……
シトリーは責めるようにジト目で原因をつついてくる。
「いや、だがあれは……。あの女が挑発してくるから……」
「人質が居るならなおの事、出方を伺うのが筋だろう」
なんとか弁解しようとするラグナートだが、ザガンの言葉は正論なので何も言い返せずに黙るしかなかった。
辺りは山肌に面した山道。
その山肌にマトイはいくつも穴を空けながら、呑気に空けた穴から高速で顔を出し入れしていた。
「マトイおねえちゃん……。ここ!」
「あたり~」
リノレは次にマトイが顔を出す穴を予想して当てる遊びを行っている。
マトイはフレム達が居なくなり、不安げな表情を浮かべていたリノレの気を紛らわせていたのだ。
「どうやら魔力の飛散は収まったようですわ。フレムやハミルちゃん。カイラにルーアちゃん、ガードランスも皆無事のようです。思ったより遠くには行ってないようですわ」
「そ、そうか……そいつぁ良かった」
シトリーが魔力感知を行い、フレム達の無事を確認する。
何者かと交戦中なのも把握していたが、フレムの精神状態が非常に穏やかなので反省しているラグナートを顧みて報告を自粛した。
「シトリーおねえちゃ~ん! 見て見て~」
「汚れますわよ~」
リノレは笑顔でマトイと共に穴から顔を出しては引っ込んでいる。
シトリーは微笑みながら受け答え、飛び出して交ざりたそうなチノレを片手で制止していた。
「よ~し。もうちょっと奥まで行ってみよう! 探検だ!」
「わーい! たんけんだ~!」
「あまり遠くに行くなよ」
調子に乗り始めたマトイにリノレも賛同し、穴蔵の中に引っ込んで行く。
サガンが注意喚起を行うが時すでに遅く、ゴリゴリと石を削る音が次第に遠退いて行ってしまう。
「凄い勢いで遠ざかってますわぁ……」
「おいおいマジかよ……」
「にゃ~……」
シトリーとラグナートはそっと嘆息し、チノレは悲しそうに鳴き声を上げた。
予想通りだったとはいえ、サガンも溜め息をついて呆れ返っている。
「まったく……。仕方のない奴らだ……。いや、捉えようによっては……。避難させられたと思うべきか……」
「強力な魔力の揺らぎを感じますわね……」
サガンとシトリーが突如発生した異様な魔力に気付く。
それはサガン達の居るその場限りに終始していた。
明らかに狙いを絞られているのだ。
そして突如山道の地面が陥没し、地下へと続く階段が目の前に現れた。
「誘ってんのかね……」
「間違いなくな……」
「行ってみますか? なんだかんだと言っても、この峡谷に邪気のある者は居ないようです。信じられないくらいの聖域ですわ……」
ラグナートとザガンは明らかに招かれている事に多少の警戒をする。
だがシトリーが敵の存在を検知しなかった事で、怪しげな地下洞窟へと足を進める事にした。
ラグナート、シトリー、ザガンは順に、暗く不気味な階段を降りて行く。
「にぅ~~……」
「ああ~! すまねぇな! もうちょい穴、広げてくれっかなぁ? ちょ~っと狭くてなぁ?」
最後尾に着いて来たチノレが穴に突っ掛かり、身動きが出来ずに鳴き始めた。
ラグナートは招いた者が聞いてくれたら良いなと期待を込め、洞窟の奥に向けて間の抜けた声を張り上げる。
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エルフの里のレーヴェ邸。
突如部屋の床が盛り上って炸裂し、そこから小さな竜を頭に乗せた少女が顔を出す。
「んーと。お邪魔します」
「お邪魔……します……」
申し訳なさそうに挨拶するマトイ、そして怯えたようなリノレ。
半眼状態のレーヴェの視線が二人に突き刺さっている。
「せめて玄関から入って来て頂きたいものですね……」
口元をひくつかせ、精一杯の虚勢を張るレーヴェ。
驚いてはいるし混乱もしているが、せめて族長として弱みだけは見せまいとしていた。
「あ、リノレちゃんにマトイちゃんだ!」
「あ~、ハミルおねえちゃん!」
「あんたねぇ。大丈夫だとは思ってたけど心配させないでよね!」
部屋の奥から気配を察したハミルが顔を出し、リノレとマトイを見て破顔する。
リノレとマトイも知り合いが居て安心したように表情を和らげた。
「えへへぇ。ごめんね……」
「あらあら、可愛らしいコパルンがいらっしゃったわね。うっかりお茶を淹れ過ぎてしまったの。ちょうど良かったわね」
頭を掻いて謝るハミルの背後から、穏やかに笑うスクルドも姿を見せる。
スクルドの手に持つお盆には人数分の湯呑みが置かれていた。
和気あいあいとコバルンの群れの中で談笑するスクルドとマトイ達。
マトイ達は里の外の世界の事を楽しそうに話していたが、その内リノレはスクルドの膝に頭を乗せ、スヤスヤと眠ってしまった。
「もう、リノレってば……」
「う~ん……。なんだか僕も少し眠い……」
「良いのですよ……。知らない土地で疲れたのでしょう……。貴女達も少しお休みなさい」
マトイとハミルも気を張っていたのか、リノレが寝てしまった事で不思議と眠気が移ってしまっていた。
目をしぱしぱさせるマトイに、目元を擦るハミル。
スクルドは気にせず横になるようにと促した。
ハミルは長椅子の上で、マトイはテーブルの上でさほど時間を置かずに寝息を立て始める。
「スクルド様! いい加減になさってください! 侵入者をこれ以上……」
「この少女、メリュジーヌの力を宿しているわ。先代覚醒者の同意なく、玉室神器が力を与えるなんて有り得ません。メリュジーヌが認めた子よ? 少しは警戒を解いてもいいのではなくて?」
侵入者を厚遇する事に堪えかね、一言文句を言おうとしたレーヴェを遮るスクルド。
表情は穏やかなまま、リノレの髪を撫でながら、先程とは違い真剣な口調でレーヴェを諭した。
「メリュジーヌの……。いえ、しかし!」
「貴女はディレス様の元にお行きなさい。どうやら侵入者とやらを御前に招き入れたようですよ?」
メリュジーヌの名に反応して口ごもるレーヴェ。
なお反論を試みたが、スクルドの言葉に驚愕の声を上げた。
「な!? あのイカれドラゴン……。分かりました。ここはお任せします。くれぐれも注意して下さいね!」
念を押し、レーヴェは急いで家を出る。
スクルドはその姿を微笑みながら、手を振って見送った。
「ふふ……。そろそろ邪心の有無くらい見抜けても良いのにね……。それにしても……ファシルの予言はことごとく外れているようですね……。さて……これからどうなるのか……。ねぇ? アナタはどうすれば救われるの? レイルハーティア……」
スクルドの憂いを秘めた優しげな瞳が、ハミルとマトイから外れ宙を泳ぐ。
口振りはどこまでも優しく、まるで何もかもを見透すが如く……




