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百二十二話  魔野菜の恐怖

 エルフの里から少し離れた崖の上。

 そこに存在する畑に到着した俺とヘイムダル。ついでにコパルン二匹。

 霧が掛かって遠くは見えないが、少なくとも視野範囲内は見渡す限り畑である。



「何故神器が畑に置いてあるんだ?」


「なんでもこの魔道書には前所有者の祝福が掛かっているようです。ここならその祝福を遺憾なく発揮出来るのだそうで……」



 俺の問い掛けにヘイムダルは答えてくれたが、そういう事ではないのだ。

 神器の名は解魔の書アザゼル。

 戦力としてもそうだが、俺はどこかで聞いた事があるような神器に興味を引かれ、ヘイムダルに頼んで見に来た訳なのだが……

 それは畑のど真ん中、ポツンと設けられた小さな神棚のような場に飾ってあった。

 禍々しい魔力を放つ魔道書が畑にポツリ……

 はっきり言って場違いも良いところだと言いたいのだ。

 ついでに今、その祝福とやらが俺達を悩ませている。



「囲まれてるんですけどぉ?」


「どうやら峡谷に侵入した敵と混同しているようですね」


「「キュ~」」



 俺とヘイムダル、コパルンの回りには、俺の体格と同程度の敵意迸る者がウジャウジャ現れ始めていた。

 実は元から居たのだが増えて来ている。

 それはとても大きなニンジン、ピーマン、ジャガイモ、レンコン……

 足や手のような根が伸び、器用に直立していた。

 根野菜でもない物からも伸びているが、考えると恐ろしいので根だと思う事にする。

 おまけに黒い筋のような物が斜めに入り、目や口に見えて恐ろしい。

 畑にあるピーマンやニンジンの葉は普通の大きさなんだがな……

 レンコンが居るという事は……。他の場所に田んぼでもあるのだろう。


 かなりシリアスな危機なのだが、どうにも俺は囲まれている実感が湧かない。

 ヘイムダルの話では、何故かこの魔道書にはコパルンを守る意志が働いているらしいが……



「絶対弱いだろコイツら。いくらなんでもお野菜なんかに負ける訳が……ふぐぅ!」



 ヘラヘラと余裕こいてた俺の顔面に、ノタノタ近付いて来たニンジンさんの拳? が叩き込まれた。

 地味に痛い。続いてジャガイモさんがその場で高速回転を始め、土煙を巻き上げて飛び出し、俺の腹部に綺麗に直撃。

 大きさが大きさだけに、俺は意識が飛びそうなほどの衝撃を受けて地面を転げ回った。



「フレム!? 無事ですか!」


「ぶ、無事なはずがあるか……。この野菜共意外と強いぞ……」



 ヘイムダルの心配を流して強がりたかったが……

 かなり痛い。いつもいつも、俺の腹筋は何か悪さをしたというのか?



「引き返そう……。俺達だけじゃ無理だ。数が多過ぎる……」


「そうですね……。口惜しい……、レーヴェ様の期待に応えたいが仕方ありません……」



 十、二十と増えていくお野菜共に絶望した俺は撤退を申し出た。

 ヘイムダルは悔しそうだが、無理なものは無理だ。

 魔力も無理に使っちゃいけない雰囲気だったし、せめて食いしん坊マトイでも居れば話は違うのだがな。

 俺の勇者伝説はここに幕を下ろしたのである。



「ちなみにこのデモンサラダ達ですが、甘味とコクが従来の物とは比較にならず、これを素材にした料理も味わって貰いたかったのですが……」


「な……に……。ここまで来て引けるものか! ヘイムダル、おまえの覚悟はその程度か? 族長の期待に応えて見せろ!」



 ヘイムダルが余りにも弱気な姿勢を見せた為、俺は彼を焚き付けた。

 スクルドのばーちゃんも言っていた。ヘイムダルは里一番の戦士であり、エルフ族の未来を担う存在なのだと……

 そんなヘイムダルにこの程度で逃げを打たせるなど……、俺には出来ない!

 俺は右手にクリムゾンシアー、左手に絶賛就寝中のアガレスを持ち、断固奮戦する事にした。

 ザガン達に手土産を持って帰るのだ!

 それにしても未調理でサラダと名付けるとは……。食う気満々だな!



「フレム……。ありがとう……。貴殿のような戦士と共に戦える事、誇りに思います!」


「ああ、待ってろポテトサラダ。美味しい野菜炒めの為、俺のシーザーサラダが野菜スティックモリモリだ!」



 ヘイムダルが決意を秘めた表情で何か言っているが、俺の耳には不思議な程入って来なかった。

 おそらくかなり集中しているせいだろう。

 その内キャベツやレタスなんかも出てくると嬉しい。



「ふむ、コパルン語による鼓舞ですね。心強い!」


「ベークドポテトォ! レンコンの素揚げぇ!」



 感心したようなヘイムダルは右手をかざし、魔方陣から風の刃を飛ばす。

 俺は血気盛んに二刀流にてお野菜共を切り払っていった。

 両断された野菜達からは魔力が抜け、通常のサイズに戻り地面に落ちていく。

 ほぼ無傷で艶々し、生で食えそうな程魅力的な姿だ。


 それでも敵の数は増える一方だった。地面から抜け出たニンジンやぶら下がってるピーマンが次々と巨大化しているのだ。

 特にニンジン、どんだけ埋まってんだコイツら。

 このままでは愛しのコパルン、アイスとエアまで酷い目に……



「キュッキュ~」


「キュッキュッキュ!」



 俺の心配を余所に、アイスとエアは楽しそうに踊っていた。

 俺達の真似をしているつもりなのだろう。

 手をかざしたり枯れ木の枝を振り回している。

 そしてお野菜共はそんなコパルン達を明らかに避けるように、むしろ俺達から守るように立ち回っていた。


 なるほど……。どうやら俺は勇者どころかコパルンですらなかったようだ。

 この魔道書神器は正しくコパルンのみを守っていた。

 とんだ変態神器である。



「フレム! あれを見てください!」



 険しい表情で声を上げるヘイムダル。

 俺はその視線の先を追った。するとそこには……

 大量のニンジン共に担ぎ上げられ、運ばれる三名の姿があった。

 それはカイラ、ルーア、ガードランス……

 根のようなもので拘束され、槍と杖は取り上げられているようだ。



「うわぁ……何してんのおまえら?」



 俺は目の前を横切るニンジン行列を情けない気持ちで眺めている。

 されるがまま仰向けに運ばれる彼らは、解魔の書が奉られている神棚の側に支柱と共に括られていった。



「俺だってなぁ……。魔力使えりゃこんな情けない事には……」


「まさかニンジンに敗北する日が来ようとは……。好き嫌いしてた罰が当たったのか……」


「ヴルギュローフ。トラレタ。キョウカン。タスケテ」



 悔しそうな表情ではあるが、カイラもルーアも怪我などはなさそうである。

 しかし、いくらなんでもガードランスは油断し過ぎだろう。

 負ける要素は微塵もないはずだ。



「事態が悪化してるじゃないか……。すまないなヘイムダル。あれは俺の仲間達だ」


「美しい……」



 俺は溜め息を洩らしつつ、奴らの身元を証明しようとしたのだが……

 ヘイムダルはルーアを目で追ったまま固まり、蚊の鳴くような小さな呟きで返してきた。



「ウツクシイ? ああそうか、エルフ語だな? 多分ちんちくりんとかそういう意味だろう」


「誰がちんちくりんか! それはともかくこの魔物はなんだ!」



 冷静な俺の考察にルーアが文句を言い放つ。

 どうやら声に出ていたようだが、なんて地獄耳だ。

 誰もルーアの事だなんて言ってないのに。



「解魔の書とかいう神器の効果で野菜を変化させてるみたいだぞ? 自動で増えてっからどうしたもんかと……」


「この現象を自動で? いくら神器でもそんなふざけた効果……。少なくとも魔力の供給源がどこかにあるはずだが……」



 直接神器を攻撃する訳にもいかず、まごついていた俺にルーアが問題解決の光明を示してくれた。

 つまりそれを絶てば、この魔野菜パーティーは終わるのだ。



「で、その供給源はどこにあるんだ?」


「知らん。探そうにも魔力も使えない。動けない。私は無力だ……」


「本当に拐われて来ただけじゃないか! そもそも他の連中はどうしたんだよ!」



 期待を込めた俺の言葉を、自暴自棄気味のルーアが打ち砕く。

 どうやら一切魔力を使えない小娘は本当に何も出来ないようだ。

 コイツらだけが捕まった事が疑問だったが、それはカイラが教えてくれた。



「おまえらが迷子になったせいだろ! そのせいでラグナートとマトイが暴れ出してな……。少し距離を離したら……、俺らまでいつの間にか……。そしたらこいつらに囲まれてだな……」


「それあたしのせいじゃないで~す! 自分達が迷子になった責任押し付けないでくださ~い!」



 少し言いづらそうに迷子になった経緯を語るカイラ。

 俺はカイラ達が動けないのを良いことに、目一杯挑発してやった。

 そうだ、誰しもが迷子になるのだ。俺ばかり責められる謂われはない。



「せめてハミルでも居てくれればな……」


「どういう事だ? ハミルのひよこだって使えるか分からないだろう?」



 死んだ魚のような目をしたルーアがポツリと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 そういやグループ的にハミルが居ないのはおかしいな。

 カイラも複数系で迷子を指摘したし、多分俺と同時にはぐれたのだろう。



「神聖魔術による魔力遮断や魔力の可視化だ。この結界内でもあいつならそれくらいやってのけそうだと思ってな……」


「キョウカン。タノシクナッテキタ」



 ふむふむ。ルーアが言うには神聖魔術は魔力の効能阻害が出来るという事だな。

 ガードランスは危機感なく、縛られている事に楽しささえ覚え始めているようだ。

 急がねばなるまい。ガードランスが変な趣味を持ってしまう。

 ニンジン共が木製の水差しでルーアの足元に水をやっているのも気になる。

 育たないからやめてやれ。もうその子泣きそうだぞ。



「なるほど。なら俺が試してみよう」



 俺はクリムゾンシアーによる生命力操作を試してみる事にした。

 理屈的には神聖魔術相当の芸当が出来るはずである。

 というかいつもやってた気がする。

 早速アガレスを地面に刺し、クリムゾンシアーだけを構えて意識を集中する。


 ネックレスからの魔力供給はやはり霧散して出来ない。

 怖いけどクリムゾンシアーから直接魔力を発動させた。

 すると紅い剣を伝って俺の目の前に存在する解魔の書から、沸き上がる魔力を感じ取る事に成功する。


 本の回りから伸びる魔力の糸を辿っていくと……

 それは里の方角に伸びて……おらず、俺のすぐ横に居るヘイムダルに繋がっていた。



「神器の保有者おまえじゃねぇか!?」


「凛々しくも清楚な……。ああ、なんという……美しさだ……」



 俺の華麗なツッコミもヘイムダルの耳には届いておらず、相変わらずポケーっとしてエルフ語を呟いている。

 仕方ないので俺はクリムゾンシアーを鞘に納め、アガレスを拾い上げた。



「ねむねむ添い寝。ねむねむお供。どいつもこいつも一緒に眠れぃ!」



 俺の唱えた呪文と共に、アガレスから瘴気が立ち昇る。

 アガレスの眠りの魔力だ。すぐに瘴気は消えてしまうが、アガレス本体をヘイムダルに押し付け、無理矢理効果を発揮させた。



「おお……かれん……な……」



 一瞬弾けるように瘴気が辺りを包んだかと思うと、ヘイムダルは畑で横になって幸せそうに寝言を言いながら、とても安らかな表情で眠りについた。

 神棚にある解魔の書からも魔力が消え去っていく。



「やれやれ、一段落だな。後は神器を回収して……」


「待てよ。コイツらまだ動いてるけど?」



 俺は一息つけたと思い、解魔の書に向き直ったのだが……

 カイラの言う通り、ニンジン共はぴんぴんしている。

 むしろ今度は俺を縛り上げるつもりらしく、根のようなツタのような物を手にして俺を取り囲んでいた。



「すでに動いてる奴はそのままらしいな……。この神器は対象を進化されるってところか?」


「え? 俺一人でお野菜片付けて、君達救助するの? ミッションの難易度上がってない?」



 カイラの予想が事実なら、捨てたくなるなこの神器。

 俺は自分が働かなくてはならない現状に辟易した。

 アイスとエアが俺の側まで寄って来て、手を上げて鳴きながら抗議しているようだが、君達は戦力に数えてないのだよ。

 と思ったら、アイスとエアはその場で崩れるように眠ってしまった。

 コパルン結構鈍いのか、瘴気が遅れて効いたようだ。



「心配すんな。どうやら結界が解けたらしくてな……」



 カイラを縛っていた根と支柱は煙を上げて燃え尽きた。

 霧は晴れていないが、どうやらヘイムダルが寝た瞬間に魔力阻害の効果が切れたらしく、カイラはアガレスの瘴気を防いでいたのだ。



「くぅ……」


「ピーー。ピーー」


「ルーアとガードランスは……。ま、寝かせといてやれよ」



 ルーアとガードランスは支柱に縛られたまま寝息を立てている。

 カイラは動じていないようだが、俺はガードランスが寝ている事に内心非常に驚いていた。

 なんで眠りの瘴気効くんだよコイツ。

 まあそれはともかく、今は戦力増加を素直に喜ぼう。



「頼もしいなカイラ。そういえばキミのカッコ良いとこまだ見た事ないね。それじゃ……。アレ、任せても良いかな?」



 俺はカイラを見据えたまま、震えながら上空を指差した。

 カイラは空を見上げ、しかめっ面で硬直している。

 そう、何か来ているのだ。


 空には大きめの紫のカボチャ。

 その下に体はなくマントだけがなびき、大きな剣が宙に浮いていた。

 体感魔力も並みじゃない。少なくとも上位魔神クラスである。

 仮に野菜魔神カボプキンとでも名付けて置く事にしよう。

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