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九十九話  紅き閃光のラビリンス

 玉座の間で熾烈な争いを続けるセリオスとアドラメレク。

 姿を変え、性質を変え、動きすら変えてくるアドラメレクにセリオスは翻弄されつつあった。

 漆黒のローブを纏い、ルーアよりも大人びた女性の姿を型どったアドラメレクは指先を宙にかざす。



「《カースモーメント》」



 言霊と共にアドラメレクの指差した場所、セリオスは足元に展開された魔法陣から放たれた瘴気の渦にその身を巻かれる。

 瞬時に剣の柄を握り締めたセリオスは、聖剣グランフォウルを床に突き立て瘴気を難なく打ち払った。



「精神魔術か……。この程度で私の意識を奪えるとでも?」


「思いの外強力な剣だな。ならばこれでどうだ?」



 セリオスに容易く術を破られても、アドラメレクは全く動じる様子がない。

 薄ら笑いさえ浮かべ、アドラメレクはその姿を退魔神官の僧衣を纏う青年に変化させた。


 瞬時に間合いを詰めたアドラメレクの拳を腹部に受け、大きく後退するセリオス。

 打たれた箇所を押さえてはいるが、自ら飛び退いた事で衝撃は緩和されていた。



「大した適応力だ。これほどパターンを変えても対応してくるとはな……」


「手の内を明かし過ぎだな……。その能力、ある程度の察しはついたぞ……。対象の体細胞を摂取する事で姿形だけでなく、精神波長も模しているようだな……」



 感心した様子を見せるアドラメレクの変化、その能力に憶測を立てたセリオス。

 血や肉、コピー元の細胞を取り込む事で、その姿と性質を模す能力であると推測したのだ。



「流石だな、だが察しがついたところで為す術があるのか? 更なる絶望を知る事になるだけだろう」



 アドラメレクの言う通り、言ってしまえば基礎能力の模写なのだ。

 人の姿を模してはいるが、魔術の媒介となる魔道具、武具や衣服を完全にコピー出来ているわけがない。

 それはつまり、魔術や技術はアドラメレクが培ってきたものであるという事。

 警戒すべきはアドラメレク本体の多様性であり、その観察眼なのである。



「それにしても、城外の戦線が拡大しておらんな……。その余裕の出所、どうやらグロータスの街に戦力を忍ばせていたようだな。協定を破るとはしたたかな男よ」


「誤解を招く言い方だな。会談前に入国した者の帰国は条件に含まれていない。規約など一切破ってはおらぬぞ?」



 からかうようなアドラメレクに、セリオスは含み笑いを浮かべ答えた。

 アドラメレクの感知能力は城の外、城下の街にまで及ぶようである。

 セリオスはあくまで冷静に、些細な情報も残らず拾い集めようと思考を巡らせていた。

 そんな時、外部に意識を割いていたアドラメレクは感知領域に不可解な点を見つける。



「なんだ……この魔力は!? これ程の魔力、何故今まで気付かなかったのだ!」



 突然表情を曇らせたアドラメレクは声を荒げ、玉座の間の入り口に目を向けた。

 入り口から超高速で飛んでくる火球を掴み、握り潰すアドラメレク。



「何故、生きている……。ハジュンのやつめ、当てにならん情報を……」


「ご無事ですか! セリオス様!」



 アドラメレクが視線を向ける先から光の翼を広げたエトワールが入って来た。

 肩にはロザリー、背後にはピッタリと付き添うミルスも一緒だ。



「なぜここに!?」


「簡単な話だ。進めば進むほど、この場所に辿り着くよう城内に術式を張っておいた。まあ好都合ではあるな。不死の天使も手に入る。エトワールが生きているのなら、やはりガデスも生き永らえていると考えても良いだろう」



 セリオスの疑問にやや嬉しそうなアドラメレクが笑みを作る。

 セリオスを誘き寄せる為の術式がまだ作用していたという事だろう。

 だが、セリオスにとっては想定外の問題があった。アドラメレク相手に戦力外であろうロザリーとミルスを守りながら戦う程の余裕はなかったのだ。

 エトワールもそれを理解しており、ロザリーとミルスを安全圏まで離脱させてから合流するつもりであったが、こうなれば戦う以外に手はない。



「やはり妙だな……。天使指令が反応すらしない。ハジュンの話ではラグナートとガデス以外なら、多少の効果はあるはずだと……」



 アドラメレクはいつの間にか手にしていた黒い杖を見つめながら、怪訝な表情を浮かべていた。

 エトワールは開かれた魔導書エクレールアルクスを左手に持ち、右手をアドラメレクに向ける。

 輝く魔導書から現れた赤、緑、水色の球体がアドラメレクの頭上で接触し、炎と雷がドーム状にアドラメレクを包み込む。

 アドラメレクは杖を身体に溶け込ませたが、棒立ちのまま動かない。その身は爛れ、崩壊していくにもかかわらず、苦しむ様子を見せてはいなかった。



「良いだろう。お前ごときいくらでも御せるというもの。しかし中々面白い魔導書を持っているな……。セリオスの剣といい、製造されてから日が浅い。これほどの品を作り出せる者がいるとは興味深いな……。どれ? 見せてみろ」



 崩れ掛けたアドラメレクの姿が執事姿の青年に変わり、水平に振りかざした右手から極細の糸が宙を舞い、エトワールの手から魔導書を弾き飛ばした。

 アドラメレクを包んでいた術も消え、糸はセリオスとエトワール達を分断するように張り巡らされている。



「エトワール!? これは……、チッ! 迂闊!」


「いくらお前とて考え無しに飛び込めばただでは済まんぞ。さて、ラファエルの能力は知覚範囲内の無制限回復であったな。面倒だが我が瘴気で囲んで置けば手は出せまい……」 



 セリオスの行動を狭めるように張り巡らされた糸の檻。

 それは切断箇所を見誤れば、より乱雑な作りに置き変わる。もしくは糸が弾けて手痛いしっぺ返しを生み出す作りであった。

 アドラメレクは一時的にセリオスを拘束出来た事で、悠々とエトワールに狙いを定め、その身を拘束しようとしたがある事に気付く。

 魔導書を奪った際、傷付けたエトワールの指先が治っていないのだ。



「どういう事だ? 何故治癒が始まらん? その力はガデス同様、無意識に発動するはず……」



 アドラメレクはここで別の疑念を思い出した。

 そもそもこれだけ膨大な魔力を何故見落としていたのかと……

 まるで結界に穴でも空いていたかのように、この場に来るまで気付かなかったのだ。



「これは調べる必要があるな……。どのみち捕らえる事に変わりはない」



 アドラメレクの左腕が変容し、禍々しく肥大した左手がエトワールに向けて高速で伸びていく。

 それは魔導書もなく、防ぐ手立てのないエトワールを容易に捕らえるはずであった。

 だが握り込もうとエトワールに接触する寸前、その左手は腕の途中から千切れ、エトワールの身体に吸い込まれるようにかき消えた。

 その光景にアドラメレクは目に見えて狼狽する。



「なぜ……、お前がその能力を持っているのだ……。まさか……、お前が! 吸収したと言うのか! しかも制御状態で……。そんな……、バカな話がぁ!」



 アドラメレクの計画。ベルフコールに封印されていたガデスにエトワールを取り込ませ、その能力の制御を行う事。

 それはエトワールの魔力暴走により水泡に帰したと考えられていた。

 しかし『その時』ガデスの反応が消失した事を、アドラメレクは認める事が出来なかった。


 だが、目の前に立つ少女がガデスの欠片を思わせる力を行使した事を受け……

 傍らにいるサキュバスには影響を及ぼさず、攻性魔力だけを吸い取るという、夢にまで見た理想の状態を保っている姿を見て……

 アドラメレクはついに、ガデスの死を連想してしまった。



「事態は飲み込めませんが……」



 エトワールは自身の行使した能力にも、敵が困惑している事情も把握出来ていない。

 それでも好機は逃すまいと落ちた魔導書に向かって走り出すが、それをアドラメレクの操る糸が遮った。



「能力の統合、対消滅……。そんなはずはない……。そこに居るのか? 居るのだな……。食われたはずがない……。ああ、大丈夫だ。すぐに解放してやる……。そうだ、攻性魔力しか吸い取れないのだ……。あの女の力がこんな物のはずがない……」



 うわ言のように呟くアドラメレクは巨大な黒蛇の姿に変容する。

 その身体は瞬く間に壁を削り取りながら玉座の間を一周し、エトワール達を部屋の中に閉じ込めた。



「エトワール様……。セリオス様……。私もう駄目です……。見ているだけで……。押し潰されそう……」


「う……う……、怖い……」



 精神体であるロザリーは最上位魔神の瘴気に当てられ、身体が透けて存在がぶれ始めていた。

 ミルスもその身を震わせ、恐怖で目を開けることさえ出来ないでいる。

 黒蛇の身体から黒い瘴気が吹き上がり、部屋の中央に巨大な魔方陣が敷かれた。

 その中心で発動した魔力の奔流は、瞬く間に部屋を突き抜けて広がった。



「《フィアーラビリンス》の術式を書き換えた……。もはや誰一人、この場所に辿り着くことはない。この場所がある事自体知覚出来んようにしたのだからな。この身も石材で補強してある。攻性魔力吸収だけでは突破は不可能だろう? 大人しく見ていろセリオス。今からこの女の腹を裂き、ガデスを甦らせてやる……」



 目を血走らせたアドラメレクはエトワールを見据え牙を剥く。

 ただでさえ他者の精神波長を取り込むという、自らの自我を稀薄にするような能力を持つアドラメレクは、動揺により完全に錯乱状態に陥っていた。

 セリオスは依然糸で囲まれ、文字通り解体の糸口を探っている最中であり、身動きが取れないでいる。



「ほう、ようやくその心中に焦りが出てきたな。本当に援軍を期待していたのか? 仮に援軍が見込めても無駄だ。一人精霊神器の使い手が残っているようだが、私は神器を無力化出来る。ラグナートが戻ってでも来ない限りはお前達に勝機はない」



 それでもアドラメレクはセリオスを放置してはいずれ対策を講じられると確信していた。

 そうなる前に、アドラメレクはエトワールの腹を食い破ろうと動き始める。

 ちょうどその瞬間……

 突破不可能と思われた入り口付近の大蛇の身体が、赤い一閃により切り裂かれ、瓦礫を撒き散らしながら破裂した。



「何者だ!? どうやって……、どうやって入って来たぁぁぁぁぁ!」



 入り口から堂々と歩いてくる男に向けて叫ぶアドラメレク。

 その男は、輝かしく透き通る紅い剣を携え、入れるはずのないこの戦場に突如現れた。



「ふ、ようやく来たか……。待ちわびたぞ……」


「お、お兄様……」



 セリオスは入って来た者の顔を見て笑みを溢す。

 エトワールも驚いてはいるものの、その表情は心からの安堵を思わせた。



「待たせたな!」



 その場の誰よりも安堵した表情を浮かべる男、フレム・アソルテが玉座の間に到着したのだ。

 ようやく辿り着く事が出来て、一番安心していたのはこの男だった。



 ーーーーーーーーーー



 俺はなんだか広い豪華な部屋に辿り着き、辺りを見回しながら何もしてないのに達成感を感じていた。

 これはあれだな。物凄く良いタイミングで現れる事が出来たのだろう。

 そう、俺はこの凄く怖い大きな黒蛇さんの事より、遅刻も帳消しに出来たであろう抜群な登場の仕方に喜びを感じている。


 少し離れた場所に立つセリオスは手にした剣を一閃し、何やら糸のような物を断ち切った。

 追従して部屋中に広がっていた糸は床に落ち、薄い瘴気と共に立ち消える。



「良い所に来た。説教は後だ……。まずはこいつを片付けるぞ! 言いたい事は山程あるがな」



 無駄に良い笑顔でこちらに近付いてきたセリオス王子だが、やはり少しお怒りであった。

 どのみち俺は怒られるらしい。俺は落ち込んでテンションが下がった。



「エトワール! フレムが突破口を開いてくれた。そこから退避しろ。ミルス殿もそうだが、ロザリーはもう限界だろう。後は任せておけ、もはやこの戦、敗北はない!」



 威勢良く指示を出すセリオスは、この超強そうな魔神相手に自信満々余裕綽々の態度を見せる。

 俺は要らなかったんだな。大したヤツだよ本当。



「気を付けろよセリオス。油断してはいけない」



 俺はセリオスの横に立ち、一言激励すると踵を返して立ち去ろうとする。

 が、俺の腕にセリオスの腕が絡み付き、ガッチリ腕を組まれて離してくれなかった。

 どうやら俺は逃げちゃ駄目らしい。



「セリオス様……」


「エトワール、ミルス殿とロザリーを頼む。守ってやってくれ……」



 魔導書を拾い上げたエトワールはこちらに駆け寄り、来た側からセリオスと手を取り合い見つめ合っている。

 エトワールにくっついているミニロザリーと震えるミルスちゃんはまだ良い。

 可愛いからな。しかし傍らに立ち、王子の手提げカバンと化している俺の存在が可哀想な事になっている。



「セリオス様、お兄様、御武運を!」


「ごめんなさいセリオス様、フレム……」



 エトワールとロザリーの言葉に続き、涙目のミルスは言葉の代わりに大きく御辞儀をし、三名揃って部屋から離脱した。

 それを見送り、改めておっきな黒蛇に向き直る俺とセリオス。



「クリムゾンシアー……。再び我が前に現れるか……。何度……、何度私の邪魔をすれば気が済むのだぁ!」



 こちらも強烈にお怒りの黒蛇さん。この蛇め、俺をオマケ扱いだと?

 良いぞ、そのまま俺を視界に入れないでくれ。めっちゃ怖いわ。

 よく分からないが悪いのはクリムゾンシアー、俺じゃない。



「ふん! おかげで少し溜飲が下がったわ。ガデスが消えた事に、またその忌々しい剣が関わっていそうだな……。ロザリーと言う名にも聞き覚えがある。私が実験に使った天使兵器を与えたものだな? あれが生きてるのもお前の仕業か……」



 黒蛇さんは俺を見ながら長々語り、一人で納得している。

 うんうん、分かるよ。無理矢理納得することで冷静を保つ事は精神衛生上、実に理にかなっている。

 だが言わせて欲しい。俺は無関係だ!

 突然現れたからってなんでもかんでも人のせいにしないでもらいたい。

 むしろこの剣そんな事出来るの?



「言わせておいてやれフレムよ。それよりもやはり、天使兵器に施された呪いもヤツの仕業か……。その理由はともかく、技術と知識は底がしれんな……」



 セリオスは不満げな俺の心中を察してくれる。

 黒蛇のおかしな言動も理解しているようだった。



「だが妙だ……。やはり私の『恐怖迷宮フィアーラビリンス』は解かれていない……。この場所は認識すら出来ないはず……。いったいどうやって……」


「我が盟友フレム・アソルテの力、『常に迷子(オールラビリンス)』の前には無意味だったようだな」



 何やら不思議がっている感じの黒蛇さんだが、セリオスには思い当たる節があったようだ。

 そんな凄い力が俺にあったなんて初耳だな。



「なんの事はない。フレムは全く検討違いな場所を目指し、視認出来る幻覚の壁であろうが、余所見しながらすり抜けて来たのだろう。全て不正解の道を選んで来るのだから、当然ここに辿り着く。奴はわざわざフレムを呼び寄せてくれたのだ」


「俺にそんな能力が……って、ねえそれ誉めてる? 絶対誉めてないよね?」



 セリオスの語り口調が真面目だったので、少し惑わされたが酷い言い掛かりを付けられ俺は静かに憤慨する。

 俺が知らぬ間に持っていたろくでもない力に、カッコ良い名をくれたのだけは評価しよう。



「セリオス、どうでも良いけど勝てるのか?」


「ああ、未だヤツの能力の全容は掴めぬが……。勝てる、間違いない」



 仕切り直し気合いを入れた俺は、セリオスに勝機を確認する。

 セリオスはニヒルな笑顔を浮かべ、能力分かんないのに凄まじい自信。

 さすがは我が国の時期国王陛下。頼れる男よセリオス様!



「年貢の納め時だアドラメレク。私と、破壊竜さえ滅ぼしたフレムが組めば、勝てぬ者など存在せぬ!」



 高らかに宣言する王子に戦慄する俺。

 セリオスさん嘘でしょ? こいつ……

 俺を戦力に数えてやがった……。何度説明すれば分かるのだ。

 破壊竜の時の俺はオマケ扱いだと言っただろうに……

 言うなれば主食の付け合わせ、むしろ微々たる調味料なのに……

 上げてから落とされた俺の心中は今、不安と恐怖で満たされようとしていた。

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