仲間1
月曜日、翔はスポーツバッグの他にサッカーボールが入った袋を持って学校にやって来た。
時間は、七時すこし過ぎ。
校舎へは向かわず、そのままグラウンドに直行する。
いつもなら、この時間にはすでにサッカー部の朝練が行われているが、今日はひとっこひとり見当たらない。
もちろん、予測の上で翔はボールを家から持参してきたのだった。
今日から中間テストが始まるので、朝練はやっていないだろうとおもったら、案の定だ。
と、グラウンドへ下りていく階段の途中に、学ランの背中を見つける。
「あ、いた……!」
おもわず口をついて出た翔のつぶやきに、おもったとおりの顔が振り返った。
「いた、って何だ。呼びつけたのはおまえだろ?」
「だって、もう俺に絡んでくるな、とか言ってたじゃん。だから無視するかとおもって」
「無視したら、あいつに何て文句つけられるか分かったもんじゃねーからな」
「司に?」
翔は、猿渡のすねた表情に吹き出す。
昨夜、司に電話をかけて、猿渡に連絡をとってくれるよう頼んだのはたしかに翔だった。
携帯電話に発信履歴が残っているはずだ、と誕生日ケーキを食べているとき、唐突にひらめいたのだ。
「でも俺、時間、七時半って言ったけど」
「列車が一時間に一本しかねーんだよ!」
「アッ、そうか。ごめん」
猿渡が意外な顔で翔を見る。
「ちゃんと来てくれて、ありがと」
猿渡がますますおかしな顔をしているのに気づいて、何、と翔は問うた。
「俺に謝ったり、礼を言ったりしていいのか」
「え、悪いの? 何で?」
と訊いてから、翔も、こないだ彼を殴り飛ばしたことを思い出す。
あー、と声が洩れた。
「あれも、謝った方がいい?」
猿渡は翔に向けていた顔をグラウンドに戻して、べつに、とだけ返す。
翔は、カバンを階段に下ろすと、ボールだけ持って猿渡の脇を駆け降りた。
グラウンドから、階段に座ったままの猿渡に向き直る。
「来て!」
と言って手招くと、存外、あっけなく猿渡は立ち上がった。
学ランを脱いで、降りてくる。
おそらくはまた勝負をふっかけられるつもりで近づいてくる猿渡に、翔はそこでいいとあわてて静止をかけた。
近づきすぎたぶん、翔はドリブルしながら距離をとる。
いきなりロングボールを蹴って膝を痛めてはいけないので、翔は二十メートルほど離れて、ごくごくゆるいボールを蹴った。
てんてんとミスキックのように地面を転がるボールを、二歩動いた猿渡がトラップする。
瞬間、あの整った容貌に微笑が浮かんだ。
「へたくそ」
むう、と膨れた翔の元に、すばらしい球筋のパスが返ってくる。
一発で、目が覚めた。
「こんにゃろっ」
今度はそれなりに気合いを入れてインステップで蹴ってはみても、猿渡のように低い弾道でまっすぐにボールを飛ばすことなどとてもできない。
軽く蹴っているようだったのに、何が自分とちがうのだろう。
バウンドしては、左右に流れていく翔からのパスを、猿渡は二度目からは文句も言わず追ってくれた。
翔には、一歩も動かずに受けられるパスしか来ないのに。
十本を越えるとさすがに申し訳なくなってくるが、それでもボールを受けた猿渡は、かならず間を置かずに翔へと蹴り返してくれる。
相手のパスが下手だからといって、一本たりとも自分の力は抜かない、誠実なパスを。