家族2
「パパもママも、サッカーをする翔くんを応援してきたけど、それはプロをめざす翔くんが誇らしいからとか、そんなことじゃなくてね。翔くんがいつも、明るく元気にボールを追いかけているのがうれしかったからよ。サッカーが大好き、って翔くんが笑っていたからだった」
はっ、と翔は母親の顔を見た。
そのことばが過去形なことに気づいたからだ。
「だけどママ、最近の翔くんがどんな顔をしてサッカーしているのか知らなかった。見に来て欲しくないはず、とか。たのしいはず、プロになりたいはずって、勝手に信じ込んでいたの。見ていたのは、高校生だったときのお兄ちゃんや、中学生のころの翔くんだけだった」
ごめんね、ともういちど囁かれる。
何を謝っていたのか、ようやく分かった。
こうして、練習について来た理由も。
きっと両親は、翔がサッカーをやめて鬼ノ山リーグに行くと言っても、叱ったり、押し止めたりはしないにちがいない。
だとしたら、やめると口にしてしまえば、それはもう決定だ。
本当に後悔しないでいられるか、仙人でもない翔にかんたんに出せる答えではなかった。
ただ、それでも今、ひとつだけ確かなことがある。
「ママ──俺、ボールを蹴るのが好きだよ」
そう、と母親の横顔にほほえみが浮かんだ。
「うん。何より好き。ずっとやっていたい」
たとえば、七十七才だというオジジのように。
あの年になってもボールを蹴っていて、しかも、若い選手からすごいと尊敬されるような存在でいられたら、最高にかっこいいじゃん、とおもう。
「それなら、お兄ちゃんのがんばりも無駄にならなくて済むかな……」
「兄ちゃんの、なに?」
「ふふ。ナイショ。たのしみね?」
何のことだか、翔にはさっぱり分からない。
追及の視線を向けても、母親がそれ以上おしえてくれることはなかった。
その日の練習メニューは、行ってみると、近隣の大学チームとの練習試合に変更になっていた。
プロを輩出するような有名大学ではないが、前日の試合のスタメンを除いたメンバーでのぞむため、ヴェミリオンU-18が有利とも言い切れない、そんな相手だ。
学校名を聞いても気づかなかったが、翔はいよいよ試合開始という段になって、相手のベンチに兄の真一がいることに気がついた。
それも、ママが見に来た理由かな、とおもう。
「兄ちゃん、ママは?」
試合後、練習自体が解散になったあとで、翔は白鳩教育大学蹴球部、と背中に名前が入ったジャージすがたの兄に歩み寄った。
チームメイトは帰ってしまったようで、兄だけがぽつんとひとりで練習場の外に立っている。
おそらくは、翔を待っているのだ。