元、美少女3
「女の中にいると、どこに行っても孤独だった。でもね、男たちはわたしをプレイヤーとして見てくれないの。だれよりもやさしくて、サッカーが上手くて、かっこよくて……最高に好みだけど、無意識に残酷でいちばんムカつく男を、だから、男として扱ってやった」
それが、クビになったという監督なのだろうか。
桃のややうるんだ瞳に、翔はただならない感情を垣間見た気がした。
「一度はあいつ、ぺたんこに潰れたのよ。でもね、今は協会で技術委員とかやってるんだ。大学とか所属してたクラブが名門だと、先輩が権力を持ってんのね。結局、サッカー界から閉め出されたのはわたしの方」
ほっそりとした指先が目元をぬぐう。
涙は、翔の目からは確認できなかった。
「サッカーやってるときは、男だったらとか、こんな顔じゃなければとか、そんなことばかり考えてた。でも、鬼ノ山リーグとオジジに出会って、まるごと受け入れてもらえたの、初めて。あのひとはね、必要だったらみんなを受け入れてくれるのよ」
「俺はあそこには必要ないってこと?」
切り返した翔のひたいを、桃の指が突く。
「バカ。逆でしょ? あんたに、あそこが必要ないのよ。わたしたちは、こっち側から切り捨てられたの。泣きながらあそこにたどり着いて、オジジに拾われたのよ、みんな」
「こっち、がわ……?」
「協会よ。──オジジはね、協会のお偉方みたいなのと、その昔、チームメイトだったの。鬼頭勇蔵、七十七才……六十年代の日本代表で、オリンピックにも二大会出場してる、銅メダリストよ。地元じゃ知らないひとはいない、英雄だったんだから」
翔は、ゆるゆると目を見開いた。
自分とは比べものにならないほど正確なキックを持っていたわけが、ようやく腑に落ちる。
「でも、地方でプレーしていたオジジは、中央では発言権を持つことができなかった。協会を運営するのはいくつかのチームのOBと中央の大学の出身者で、その方針は、強化一色──野球界のもつ人気と金と権力がうらやましかったんでしょ、きっと」
桃は、バカバカしそうに鼻で笑った。
「オジジはそれに反対だった。強化主義って、要するに協会の金儲けよ。協会に教育されたコーチたちは、夢を安売りして子どもたちの登録料を巻きあげるために居るんだわ。しかも、強化が目的ならやるかぎりは指導者につかざるをえない。結果コーチが増えて、その登録料も協会は手にできる」
熱を帯びた桃の瞳がかがやきを放つ。
「でも、フットボールはそんなもんじゃない。いちばん自由で、いちばんお金なんていらないスポーツ、だから世界中でいちばん愛されてんのよ。でしょ?」
翔はうなずいた。
アフリカかどこかの子どもたちが、ボロボロのボールひとつをはだしで奪い合っている様子を、テレビで見たことがある。




