山賊リーグ4
朝、八時前。
翔は兎ヶ丘学園の校門横に立っていた。
制服を着ていない翔のことを、時折、生徒がふしぎそうな顔で眺めて行く。
本来であれば、今日も、午前中の授業は休んで、クラブの練習場に行かなければならない。
トップチームの練習開始は、午前十時。
今からでも向かえば、間に合うことは間に合う。
が、翔の中には、その意思が朝起きたときから空っぽだった。
いや、昨日の練習後にはすでになく、今朝になっても回復しなかった、という方がきっと正しいだろう。
八時をすこし過ぎたころ、うつろに駅の方角を眺めていた翔の視界に、さっそうと歩く長身が割り込んできた。
翔は、肩のスポーツバッグを捨て、駆け寄る。
気づいた相手が、ふと足を止めた。
一言もなく、翔は近づきざまに、にぎり締めたこぶしを猿渡の頬へとぶち込んだ。
ふっ飛びこそしなかったが、反動で猿渡がたたらを踏む。
側を歩いていた女生徒が悲鳴を上げたが、翔の耳には届かない。
翔は、猿渡の学ランの胸ぐらを掴んだ。
本当は、もう一発なぐってやりたかったが、右手の骨がズキズキと痛んでいて、断念する。
「どうして!」
猿渡は、じっと翔を見返しているだけだ。
「どうして、俺はあそこに行ってプレーしちゃいけないんだ!」
「…………」
答えない猿渡に、どうして、と翔はもういちどくり返す。
のろのろと、猿渡のあごが開いた。
左手を添えるしぐさで、痛いのだと分かる。
「来てもいい」
「えっ」
「ただし、今いるチームを抜けて来い」
今度、ことばを失ったのは翔だった。
猿渡が、凍りついた翔の手を上から掴む。
「プロになる夢よりも、ただ楽しいだけの場所を選べるものなら、そうすればいい」
「司だってプロをめざしてるって言った!」
「だったらあいつに訊いてみろ。あいつがあそこを選んだ理由は、楽しいからなんかじゃない。俺たちは誰も……誰ひとり、そんな理由であそこを選んじゃいねーんだよ!」
ばっ、と掴んでいた手を乱暴に引き剥がされる。
翔は殴り返されることも覚悟したが、猿渡はもういちど自分の頬を撫でただけだ。
「サッカーで上に行けるやつは、サッカーをやっていればいい。あそこは、それができないやつらの居場所なんだ。おまえのようなサッカーエリートの来る場所じゃない」
猿渡が、眉をしかめる。
「おまえが知ってしまったのは、俺の不注意だ。だから殴られといてやる。そのかわり、忘れてくれ──」
翔は、しばらく反応するのも忘れていた。
が、ふと頭に浮かんできた単語を声に出す。
「アソシエーション、フットボール……」
はっ、と猿渡の目が翔を見た。
「なんでそんなこと知ってやがるんだバカのくせに、みたいな目で見るなよな!」
ぷんぷんと、翔はおもわず素で怒る。