山賊リーグ3
「泣いてる。……かわいそうだよ。ねえ?」
学ランのそでを引かれても、猿渡は無言のまま、視線さえ向けることはない。
司はむっと眉間にしわを寄せた。
「僕、行くよ。行って、今週はここじゃなくてみんな河原に居るってこと、おしえて──」
「よけいなことするな、司」
猿渡が腕を掴む。
そのあまりの力に、よけいに司は眉をしかめた。
「望くんは、彼の友だちでも何でもないんでしょう? どうして、あなたの言うことを僕が聞かなくちゃいけないの?」
「おまえだって友だちじゃねーだろ」
「友だち……だよ」
司を、見開いた瞳が見下ろす。
「おまえ、バカとは話すだけ時間の無駄、が口癖だったんじゃねーのか」
「バカも極めるとカワイイって気づいたんだよ。女の子だったら、僕がお嫁にもらって養ってあげたいくらい。ねえ、あと十年もしたら、同性婚は日本でも解禁されてるよね?」
「……バカが伝染ったの、まちがいだろう」
猿渡がやれやれと首を振ると、そのすきに司が手をふり払った。
「僕、翔くんといっしょにプレーするのが好きだよ。彼を仲間に誘う理由は、それだけで十分だよね? 僕が彼を誘えば、もう誰も、彼を拒絶することはできない──でしょう?」
鬼ノ山リーグには、亀村中学の他にも河原沿いなど三つの活動場所があって、週ごとにそれらを渡り歩く。
本来、そういうことは、リーグに誘った人間からおそわるのだ。
仮に、翔が先週の時点でどこかのチームに正式に入っていたなら、何も知らされず、ここでひとりぼっちで泣くことなど決してなかっただろう。
「よせ、司。あいつはダメだ」
「ヴェミリオンの下部組織の選手だから? ……知ってたよ、そんなのはじめっから」
くす、と司は思い出し笑いをした。
「翔くん、所属チームの名前は言わなかったけど。隣の県だとか、チームメイトはみんな火花を散らしてるとか、学校では別世界あつかいされてるとか、ぺらぺら話してるんだもん。プロをめざしていて、あの実力──分からない方がバカだよね?」
「知ってたなら、どうして追い返さない!」
司は肩をすくめてみせる。
「だって。鬼ノ山の山は、山賊の山じゃない。──協会から、選手を奪ってくる……だから、山賊リーグっていうんでしょう?」
「おまえにはここでやる理由があるんだろうが、あいつにはない。いいから、他人に構ってないで、おまえはさっさと河原に行って自分のやるべきことをやってろ」
「今のままじゃプロになっても先がないって、あなたが彼に言ったんでしょう? 理由ならあるし──第一、失敗したあとじゃなく、プロになる前にここに来た彼はすばらしく賢明だよね。なのに、あなたは彼を追放した。なんの権利があって、そんなことをするの?」
無言のまま翔のすがたを眺めていた猿渡は、やがて、見ろと司にあごをしゃくった。
「ほら、あいつは帰って行く。今まで、ここに来ては去って行ったやつらとおなじだ。挫折を知らない者同士、一見、おまえたちは近いようだけど、おまえの根っこにあるものは俺たちと変わらない。……ただ、それが気に入らねーなら、おまえがあっち側に行ったっていいんだぞ」
「…………行けないよ。僕はまだ」
猿渡は、うつむいた司の肩をぐっと抱いた。
「おまえのことなら、俺も、健さんも、桃さんも、ちゃんと鍛えてやるって。な?」
「望くんなんか、きらい──」
「あのな。言っとくけど、あいつを追放したのは俺じゃなく、オジジだぞ」
ふん、と司は子どもっぽくそっぽを向く。
「望くんにはどんな理由があるのか知らないけど。僕は、いつまでもこっち側じゃないよ。十年後には、翔くんとおなじところに行って、いっしょにサッカーをしてみせるからね!」
司の髪を掻き回した猿渡の顔には、さみしげな苦笑が浮かんでいた。