球技大会6
どうしてキーパーをやめたのか、それも疑問にはちがいないが、どうしてキーパーをやっていたのかからして分からないのだから、考えたって無駄だ。
時間とともに、キーパーのサワタリも非常にやっかいな存在だったけれど、マンマークされるよりははるかにマシだった、ということだけは分かってきた。
F組のメンバーは、ボールを持つと翔にパスをあつめてくる。
そばにいて、そのボールを奪ったりクリアをするだけで、F組の攻撃のスイッチは入らなくなってしまう。
ならばと、翔を避けてパスをまわしたところで、チャンスらしいチャンスにはつながらない。
もちろん、翔だってマークを外してパスを受ける術ぐらい心得ていたし、ファールも辞さない気合いで止めにくるふだんの相手に比べれば、ボールをキープすることもたやすかった。
しかし、彼をドリブルで抜くことが、どうしてもできないのだ。
理由なら分かっている。
十一人制コートの半分ほどの広さに八人ずつではそもそも空いたスペースがせまく、スニーカーでは繊細なボールコントロールもできないため、得意のフェイントがほとんど使いものになってくれない。
翔の良さは完全に封じられている、と言っても良かった。
しかし、まわりの期待は翔が負けることなど許さない。
勝たなければ、とあせるほど相手からのプレッシャーを強く感じ、消極的なプレーを選択してしまい、苦しまぎれに出したパスを相手に奪われては自己嫌悪に陥る……そのくり返しだった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
打開策を授けてくれる指導者は、いない。
パスを受けに来てくれる味方も、いない。
どうしたらいい?
どうしたら、抜ける?
答えの出ない問いをくり返すあいだも、翔の視線の先にいるサワタリは、あいからわずやる気があるのかないのか判然としない無表情で、翔のフェイントに惑わされないことだけを考えているようだった。
サッカーが好きなのか、楽しんでプレーしているのかどうかも、分からない。
何なんだ、こいつ──
こんな球技大会の試合でも、五分も眺めていればサッカー経験者とそうでないものの区別はつく。
経験者が、どのていどのレベルなのか、現役かそうでないかも、翔には見極められる……つもりだ。
小学校まででやめたという数人はまさにそういう動きをしていて、翔をおどろかせるプレーは何ひとつない。
なのに、出足の早いクリア、ロングフィード、ドリブル、フリーキック、そしてポジションの変更と、マンマーク。
サワタリだけが、ことごとく、翔をおどろかせずにはいなかった。
しかも悔しいのは、翔の方は彼をすこしもおどろかせてはいないという、事実。
翔よりも、選手として格が上だというのか。
いいや、そんなはずはない。
ぜったいに、有り得ない!
あとどのくらい時間はあるのだろう。
このまま、一矢むくいることもできず、プロを目指す自分が、校内の球技大会ごときで敗北を喫してしまうのか。それでいいのか。
いいわけねーじゃん、こんちくしょーっ!
翔はおもいっきりボールを蹴り上げた。
残り少ない時間で、前線にロングボールを放り込んでパワープレーというのはサッカーでは常套手段といっていい。
が、もちろん翔のそれは、味方のヘディングを期待したものではなかった。
ドリブルでもグラウンダーのパスでも抜けないことにしびれを切らした、ただのヤケクソ──それだけだ。
けれどその選択は、初めて、サワタリをおどろかせたらしかった。
とっさに振り返り、ボールの行方を見届けた彼は、右のポストを逸れてゴールラインを割ったと分かったとたん、チッ、と舌打ちをしてみせる。
シュート一本撃たれただけで、それかよ。
むっ、とした翔の耳に、へたくそ、というつぶやきがとどいた。
つづけて、試合終了の笛が無情にひびく。
負けた──
あんなに応援してもらったのに。
チャンスらしいチャンスも作れず、無得点のまま。
うつむいたのも一瞬で、翔はすぐさま離れて行こうとする赤いビブスの背を引っ掴んだ。
整った容貌が振り返り、翔を見下ろす。
「おまえ、いったいどこのどいつなんだ!」
「……一のB、サワタリノゾミ」
そっけない返答から新たに分かったことといえば、彼の下の名前だけ。
それが、姫田翔と猿渡望──ふたりの出会い、そして初対決だった。