トップチーム2
──が、翌週の火曜日からトップチームの練習に参加した翔は、それはあくまで、練習を無断で休んだことに対する罰だったのだと、痛いほどおもい知った。
練習が始まってから、走って、走って、ひたすら走って、また走って……しかも、どこまでやったら終わりなのか、皆目分からない。
翔は、これまでもつまらない練習ならたくさん経験してきたが、こんなにつらくて、きつくて、希望の見出せない練習は初めてだ、とおもった。
ボールを蹴りながらなら、きっとおなじ距離を駆けずり回ったとしても、これほど苦しいことはないだろう。
が、ボールなんて影も形もないまま、ひたすら走りつづけなければならないのだ。
それはもう、トレーニングというより、どう考えても罰走だった。
百歩譲って、翔自身が罰走を命じられるのは致し方ないにしても、あこがれの舞台にいるはずのプロ選手たちまでが、黙々と走りつづけているのだ。
その現実は、翔の胸に訳の分からない波を起こさずにはいなかった。
監督によって練習メニューがちがうことは分かる。
日によってもちがうのだろう。
けれど、翔には、プロになるとは、つらくてもきつくてもただ監督が指示するままに走りつづけることなのか、とおもえてならない。
そんな未来を、本当に自分は望んでいたのだったか?
ちがう。
サッカーが好きで、ずっとやっていたいから、だからプロをめざしたのだ。
歯を食いしばっても、目頭はじんと熱くなる。
それでも涙がこぼれないのは、単に、汗として水分がすべて出てしまったからにちがいない。
きっと、こうしてダッシュやランニングをくりかえしているうちに自分は死んでいくのだ、と翔はおもった。
思考を殺して、自我もプライドも押し潰して、ピッチの外からの命令に忠実に従うロボットを作り出すことこそが、監督の手腕なのだろうか。
翔は経験していないが、きっと強豪校のサッカー部などがたくさん走らされるというのも、勝つためには自分の指示どおりに動く選手でなければ監督にとって都合が悪いからだ。
ぜったいそうだ──
指導者なんていない方がいいと言い切った司は、なんて聡明だったのだろう。
……でも、司。
プロになったら、結局は、自由を奪われちゃうんだよ?
それでもやはりプロをめざすのかどうか、翔は司にぜひとも訊いてみたかった。
それなら、鬼ノ山リーグでみんなとボールを蹴ってる方が百倍たのしくていいやって、そうおもうよ。
ね?
翔はまわりの、何も映さない瞳をした大人たちに目を向ける。
サッカーが、好きですか。
楽しいですか。
今でも?
──そう、翔は問いたかった。
とつぜん練習へとやって来た高校生に、プロの選手たちはまるで興味を示そうとはしない。
仲間だなんて、これっぽっちもおもわれていないと、痛いほど分かる。
鬼ノ山リーグはちがった。
その場に居さえすれば、それだけで、誰かが声をかけてくれて仲間に引き入れてくれた──
猿渡が翔を仲間から爪弾きにした、あのときまでは。
帰りたい──
もう、ここはいやだ。
帰りたいよ、みんな。
脳裏に浮かぶのは、U-18のチームメイトやコーチではなく、鬼ノ山リーグで出会った司や健太、牧野や桃や留学生たちの顔だった。
帰りたいとおもう場所……それこそが、自分にとっての居場所ではないのだろうか。
俺の居場所は、ここじゃない!
今にも骨がバラバラになりそうな脇腹の痛みに耐えながら、それでも翔は笛が鳴るたび、ダッシュした。
行きたいと言ったのも、がんばると誓ったのも、翔自身だ。
だから、そればかりは誰にも文句は言えないし、仕方ない。
トップチームへの練習参加は、どだい、はなから金曜までの四日間だけと決まっていることでもある。
今日を耐えきれば、あと三回。
そうおもって、翔は頽れそうになる膝を支えながら、かるく一時間半はつづいた罰走……もしくは調教にも、とちゅうで音を上げることだけはしなかった。
ただし。
正午前に練習が終わると、翔は午後の授業を受けるべく学校へと向かった──はずなのだが。
気がつくと、すでに翌朝になっていて、自分の部屋のベッドの上に寝ていたという。
その間の記憶は、翔の中からきれいさっぱり抜け落ちていたのだった。