木曜日=サボり4日目4
留学生たちに紛れて、校舎の横を抜けて裏門へ向かおうとしていたとき。
不意に、誰かがぐいっ、と翔の服の背を掴んで引っぱった。
軽いきもちで振り返った翔は、目に入った顔を見て、あ、とまぬけにつぶやく。
すっかり、忘れ去っていた。
頬に手をやっても、今日はペンでそばかすを描いたおぼえがない。
今さら、あごをしゃくれさせたところで、時すでに遅し、だ。
「猿渡……」
「──おまえ。こんなところで何してる?」
低い問いに、翔はやけくそで胸を張る。
「決まってるじゃん。サッカー……ちがった。フットボールだよ!」
「ふざけるな。なんで、おまえがこんなところにいやがるんだ?」
「ぐーぜんだ、……と言いたいとこだけど、なわけないじゃん。おまえの跡をつけたんだよ。決まってるだろ?」
猿渡が、翔の胸ぐらを掴み上げた。
怒っているのは百も承知だが、ふしぎと恐れは感じない。
さっきまで、タロウといっしょだったおかげだろうか。
「クラブの練習はどうした?」
フイ、と翔は顔を背ける。
コーチや両親に叱られるなら分かるが、猿渡から文句を言われる覚えはない。
「サボった。だって、こっちの方がたのしいし。それに──」
つづきを言おうとしたとき。
ぶちん、となぜか猿渡の堪忍袋の緒が切れた音が、翔にもはっきりと聞き取れた。
やばい、と直感する。
「てめーの居場所はここじゃねーだろッ!」
わん、と声の余韻に鼓膜が震えた。
生まれてこの方、これほどの剣幕で怒鳴られたのは、初めてだ。
こわいよりも何よりも、翔はただ、あっけにとられる。
これが本当にあの、やる気があるのかないのか分からない顔しか向けようとしなかった猿渡なのか?
翔を突き放し、猿渡はあたりを見まわした。
そこには、タロウばかりでなく、健太もいた。
美少女こと、桃もいた。
白髪の男性もいたし。
それに、勇らしき子どもの足も見えている。
「こいつの名前は、姫田翔──」
翔を指さし、強い口調で、周囲に向かってまるで告発するように猿渡は言った。
「ヴェミリオンU-18に所属するサッカーエリートで、近い将来プロになる……そういう人間だ!」
しん、と辺りが静まり返る中、誰かが近づいてきて、ぐしゃりと翔の頭を撫でる。
「なるほど。ヴェミリオンのユースっ子か」
白髪の男性が言った。
感心されているのではないと、翔にも分かる。
「でも、俺……」
「悪いがな、坊主。自分の居場所に帰れ。そしてもう、ここには二度と来るな」
翔のことばを遮った声は、かたく、低く、有無を言わせないほどに厳しかった。
翔は無言で首を振った。
いやだ。
ぜったい、やだ……!
視線を向けた先にいたタロウが、二歩、翔に近づいてくる。
青みを帯びたグレーの瞳は、さっきよりもどこかひんやりとしていた。
「前言は撤回する。オジジが帰れと言うなら、おまえを仲間に入れるわけにはいかない」
そんな……どうして──
翔は、おもわず手を伸ばす。
が、タロウの体に触れることはできなかった。
数ミリというわずかな距離が、永遠の隔たりにおもえる。
「どうして? 知らないのか。ここは、オジジが作った、オジジのリーグだからだ」
ぐ、と翔は涙を呑んだ。
それ以上、言えることはもう、何も無かった。