木曜日=サボり4日目3
ようやく翔がボールを奪うことに成功すると、今度は、合図もなしに鳥かごはくずれ、一対十のボールの奪い合いになった。
忍者……もとい、タロウの長い足を避けつつドリブルを開始した翔は、そのまま四人ほどフェイントを駆使して躱したたものの、足を止めたところに芸術的なスライディングタックルを食らってボールを奪われてしまう。
一見、ヨーロッパ人のような容姿をしているが、翔はきっと南米のひとだ、とおもった。
翔の勝手なイメージだが、隙あらばタックルをするのも、やたら上手いのも、南米出身のディフェンダーに決まっている。
彼は、ボールを持ったまま寄ってきた相手をひとり躱すと、なぜかすぐにボールを返してきた。
翔も、寄ってきた相手をひとり躱す。
そうしてパスをくれた相手に目をやった刹那、翔は彼が敵から味方になったことを察した。
しばらくふたりでパスをやりとりしていたが、日本人と言われても違和感のない韓国人だか中国人だかに、コースに入られボールをカットされる。
と、南米の彼がヘイ、と手を挙げてパスを要求した。
すぐに、ボールは翔へも回ってくる。
またひとり仲間が増えたことを知り、翔はがぜん楽しくなってきた。
ヘイとか、ヘイヘイとか、カタコト以前の声を掛け合うだけで、コミュニケーションにもこれといって支障はない。
たまにボールを奪われるが、そうするとまた、彼らは笑顔で翔の仲間に加わった。
「ヘイ、ユー!」
すっかり日も落ちて、グラウンドはいつの間にか投光器に照らされている。
結局、五人が仲間になったところで、また唐突にゲームは終わってしまった。
よく分からないながら、求められるままに、翔はその五人の留学生たちとハイタッチを交わした。
中には、ぎゅむ、とハグをしてくる相手もいて、小学生かなにかとまちがわれてるんじゃ、と翔はおもった。
声に振り返った翔に向かって、五〇〇ミリリットルのペットボトルが飛んでくる。
中身はスポーツドリンクで、投げたのはあろうことかタロウだった。
「さ、さんきゅー……べりー、まっち?」
「なぜ、疑問形だ」
青っぽいグレーの瞳が近づいてくる。
見とれていた翔は、油断しているすきに肩に腕をまわされ、おもわず縮み上がった。
「よくも、俺から仲間を奪ってくれたな?」
「えっ、ええ、あれってそういう──」
「イッツ、ジョーク。で、おまえ、どこのチームだ」
目を白黒させながら、とりあえず、翔はこれといって所属チームはないことを伝えた。
と、パチン、とタロウが長い指を鳴らす。
「よし、じゃあ、うちに混ざれるな?」
翔の目は点になった。
おもったほどこわくはないが、話の展開について行けない。
「え……うち? 黄色って、留学生たちのチームなんじゃないの? ですか?」
「はん? そんなのいつ誰が決めたんだ。俺は留学生じゃなく、日本人だ」
「そ、そっか」
「ああ、ただし、ボールを要求するときは、ロシア語でな」
「えっ、えええぇ……あ、あの、あああ、アイム、ジャパニーズ」
必死のおもいで主張した翔に、タロウはまたしても、イッツ、ジョーク、と言い放つ。
自分がどのくらい冗談の似合わない顔をしているか、彼には自覚がないのだろうか。
コノ、と翔はおもったが、とても顔には出せない。