ライバル6
「まさか、あいつがチームを移った理由、それだって言うのか?」
「いや。それも含めた、総合的な判断なんじゃないか?」
「総合的に判断して、どう、おまえといっしょのチームの方がいいっていうんだ、ああ?」
「前見て、ちゃんと、前!」
翔は、運転をしている状況で頻繁に怜司へと視線をやるあたり、健太は口ほどには怜司を嫌っていないのでは、といぶかしむ。
怜司を降ろしたあと、コンビニの駐車場でコーヒーを飲む健太にそう疑惑をぶつけてみたところ、みごとな苦笑いが返ってきた。
「おまえさ、あいつのこと、けっこういいやつだとかおもってるだろ?」
「え、うん。けっきょく、梨もあげるって」
翔は車のダッシュボードに置いてきた紙コップを振り返った。
頭をこつ、と小突かれる。
「俺だって卵やったじゃねーか。まあ、ふつうに考えりゃ、そうだろ。あの物腰だしな。けど、わけわかんねー執着で追っかけまわされて、ヘンタイ呼ばわりに否定のひとつも返らない俺の身になれよ。こえーだろうが?」
「あんなに、ふわっふわ笑ってばっかりのひとがこわいの?」
ちっ、と健太が舌打ちした。
「ガキだな。なに考えてるか分からない人間くらいこわいもんはねーんだよ。あいつとは、高校出て、横浜のチームでいっしょになったのが最初だけどな」
「横浜のプロチーム……それってグラニ?」
「あ? なんで知ってんだ」
「ねえ、それちがうよ。国体の県代表でいっしょになったって言ってたもん」
「怜司のやろうに聞いたのか。──それは、俺はおぼえてねーことになってんの!」
「えっ、分かってるの? 分かってるくせに、おぼえてないふりしてんの? ひどっ」
「だーかーら、俺はグラニで、偶然、同郷のやつといっしょになった気だったんだよ。なのにあいつは、大学の推薦もプロリーグ参入をめざすチームの誘いも断わって、わざわざ練習生としてグラニに来てやがったんだ。俺を追いかけて!」
「…………どうして?」
「アホ。それが分かんねーから、こわいんじゃねーか! しかも、けっきょくグラニじゃプロになれなくて、地元に帰ったのかとおもいきや、俺が移籍する先々で、練見に来てたり、練習試合の相手に居やがったりするんだよ。九州にも四国にも東北にもだぞ?」
「え。それは、すごいね?」
「すごくない。大体がプロをめざしてるチームだったから、そのまま残ってりゃプロになれた可能性だってあったのに。切られたのか自分からやめたのかは知らねーけど、俺が行く先にばっかり現われたのは、ぜったい偶然じゃねーだろ。あいつは、いったい何がしたいんだ?」
空になったコーヒーの紙コップを、くしゃりと健太は握りつぶす。
「引退して何年かは、縁も切れてたんだけどな。どっからか、鬼ノ山リーグのことまで嗅ぎつけてきやがって。あそこは、あいつみたいなやつの来るところじゃねーのに」
車のドアに背中をあずけ、健太は星空を仰いだ。
ここでは、亀村ほど星は見えない。
「さっきさ。あのひとのこと、いい年こいて独身、とか言ってたよね?」
「もうすぐ三十五だからな。それが?」
「健太さんは結婚してるの?」
健太は、無言でごみを捨てると車内に戻った。
どうやら、触れてはいけない話題だったらしい、と翔も悟る。
ほんとは、結婚していないのなら、もういっそあのひととつき合ってあげれば、とつづけるつもりだったのだが、とても言える雰囲気ではない。