ライバル4
帰るぞー、とガチャガチャ鍵の束をもてあそびながら声を投げた健太のそばに寄ると、ほい、やる、と翔は紙コップを渡された。
飲み物を期待してのぞき込んだ翔の目から、一拍おいて、ぽろぽろと涙がこぼれ出す。
三十才をとおに越えている男性ふたりが、その光景にいっせいに血相を変えた。
「ちょっ。なんだ。泣くほどうれしいのか、嫌なのか、どっちだおまえ?」
「うれしい方。ただ、俺、卵を見ると涙が出る……えっと、そういう体質なんだって」
そう言えば、よけいな心配をかけずにすんで、卵をもらうこともできる、と司におしえられたとおり、健太は紙コップを取り上げることもなく納得してくれた。
両腕がふさがっている翔の頬を、怜司が手のひらでぬぐってくれる。
「……あれ。そばかすが消えちゃったんだけど。描いてたの、わざと?」
翔はまずい、と顔に出した。
しぶしぶうなずくと、健太に顔をのぞき込まれる。
「変なやつだなー。──あ、そうか。おまえだな。望が、本気でやってみたいやつが学校にいる、とか言ってたやつ」
「えっ、な、なんで……」
翔はとっさに自分の格好をかえりみた。
今は制服ではなく練習着すがたで、猿渡と同じ学校だとばれるわけがないのに。
「おまえさっき、望を名字で呼んでたじゃねーか。どう考えても望の知り合いだろ」
「ぐ。…………あいつ、俺のこと何て?」
「べつに。俺のドリブルじゃ練習台にならないとかケチつけてたから、ドリブラーなんだな、とはおもったけどな」
「球技大会のあと、ここに誘ったのか訊いたら、誘う気なんてはなからないし来るわけない、って……言ってたんだけどね」
ちらりと猿渡がいる方を振り返っただけで、怜司はなにも訊かなかった。
それどころか、間に立って翔の姿を隠してくれる。
「ここって、誰かに誘われないと来ちゃだめなの?」
「そんなことねーよ。ただ、自分から好き好んでくるやつはめずらしいな。こいつぐらいのもんじゃないか」
「そう。だから、俺の場合、所属チームにも、誰にも内緒だよ」
人差し指を立ててみせた怜司を、翔はおもわず見つめた。
「どうして?」
「どうしてって……どうしても彼とやりたいから行かせて欲しい、って言うのもね?」
健太は、無言で怜司に蹴りを入れる。
「こいつ、地域リーグと県1部を行ったり来たりしてるチームで、選手兼監督やってんだぞ。なのに、ここに来るために週二回も練習を休みにしたとか、ありえねーだろ」
「俺がやめると、監督のなり手がいないらしい。平日ならデート優先でいいからやめないでくれーって言われたから」
「デート……?」
翔が車に向かって歩き出したふたりを交互に指さすと、怜司がやんわりとほほえんだ。
その手には、梨でふたをした紙コップを持っている。
翔が泣かずにすむよう、あずかってくれたのだ。