ライバル1
ゲームが終わったあと、翔は司の陰に身を隠しつつ亀村中学の校舎までやってきた。
「そんなにしてる方が目立つよ。望くんはだいたい女のひとに捕まってるから大丈夫」
たしかに、猿渡は校舎の外でさつまいもを持ったおばさんに迫られている。
かとおもえば、大根を手にしたおばちゃんにも。
「あれって、野菜もらってんの?」
「そうだね。望くんは人気者だから。いつもいろいろもらって、袋をいくつもぶら下げて帰って行くよ」
「大根といえば、イサム、来てた?」
「あの子はたまにしか来ないから。水曜日には見かけないかな」
「なーんだ。……司は、塾の帰り?」
「ううん。水曜日は、塾は休み。週に一回だけゲームに出て、他の日は見つけた課題やテーマを練習するって決めてるから」
「へー、司のコーチは自分なのかー」
司について、もらったばかりのさつまいも入りのおにぎりをかじりながら、翔は黒い集団におっかなびっくり寄っていく。
みんな三十才を越えていそうな大人ばかりで、手には缶ビールらしきものを持っていた。
「犬さん」
司の声に振り返った顔を見て、あ、と翔はおもう。
おもわず人差し指を向けた翔に、彼はじろりと視線を注いだ。
「なんだおまえ、新顔だな?」
「犬……健太さん?」
「何でだよ! ボケてるのか、ケンカ売ってんのか、どっちなんだおまえ?」
「ただの天然です、ごめんなさい」
と応じたのは翔ではなく司だった。
「司のダチか?」
うん、と答えたのは今度は翔の方だ。
司は髪を掻いただけで、はなしを進める。
「彼は、犬飼健太さん。このひと、ナントカ翔くん。翔くんのこと、市内まで車に乗せて行ってくれます? 昨日、駅で最終逃して、線路走ろうとしてたひとなんです」
「あー、そりゃ、天然ってよりアホだな。で、アホの翔くんの名字は何で、ナントカ?」
にっ、と笑った色黒の顔を見て、翔はくちびるをとがらせた。
「俺、たしかにアホだけど、ビールが酒なのは知ってる。酒飲んで、車運転したら捕まるらしいよ、犬……ナントカさん?」
「俺までナントカにすんな。健太でいい。心配するな、これ、ノンアルコールだからよ」
ぐりぐりと頭を撫でられながら、翔は健太を上から下までたっぷり見つめる。
そして、翔よりやや背の高い彼の耳元に顔を近づけた。
「健太さんて、猿渡の元カレなの?」
「────はあ? 何でまた」
「健太は望を横取りされて恨んでる、とかオジジってひとが言ってた。そんで、きっと怜司ってひとがあいつとエンコーして……」
言い終わる前に、オイ、と健太が横にいた男性の足を蹴りつける。
振り返ったやわらかなまなざしの男性は、よく見ると黒ではなく紺色のTシャツを着ていた。
「あれ。サングラスのひとと、ちがう?」
サングラスの下、たしか左頬にあったはずのほくろが、彼にはない。
翔は、あれから考えたのだ。
猿渡のことを黒チームから引き抜いた怜司というひとが実はサングラスの男で、お金で猿渡を釣って、自分のチームに寝返らせたのではないか、と。
育ててくれた健太の元を去ったのも、お金で買収されてのことだとすれば納得がいく。
高校生はお金が欲しいものだと相場が決まっているのだから。
もちろん翔だって欲しい、新しいスパイクとか、新しいスパイクとか、新しいスパイクとか──