オジジ3
三十本ずつパスを蹴り合って、翔の成功と男性のミスの数が、一割ほどとほぼ同数。
──いや、世間では一歩動けばらくに取れるパスを、ミスとは呼ばない。
翔は、男性のキックのあまりの正確さに舌を巻いた。
百人が見れば百人とも、翔よりも男性の方がサッカーが上手い、と口をそろえるだろう。
なんという、屈辱……
「坊主。昔はな、今のようにいろいろなテクニックを身につけることはできなかった。鮮明な映像も、くり返し見る装置も、そんなものはなかったからの。そのかわり、ひとつひとつの基本は、それは正確に身につけたんだ」
肩を落とした翔に、男性がボールを蹴りながら寄ってきた。
リフティングも、上手い。
「キックが正確だとな、どこからでもシュートを狙える。そして、味方が受けやすいパスを出せる。ゴールにもつながりやすいが、何よりもいいのは、受け手が快いということだ」
翔はうなずく。
パスを受けるたびに胸に湧いた感情を、何と表現すればいいのか分からない。
強いて言うなら感動、だろうか。
試合中だったら意気に感じたかもしれない。
ぜったいゴールを決めてやる、といったふうに。
「サッカーは仲間とやるんだから、まずは信頼で心を結びつけておかねばな」
はっ、と見つめた翔に、微笑が返る。
「パスは、大事だぞ。坊主からのパスを信じて走る者、そして坊主が欲しいとおもうところにパスをくれる者、それが坊主にとっての仲間だ。チームメイトだから仲間なわけではない。プロならなおさら、そこをわきまえておかねば、パスが来ないと泣く羽目になるぞ」
ぺたんと芝の上に座り込んだ翔の頭を、男性はぽんぽんと撫でた。
「俺は、ここに来たひよっこたちには裏の畦道でパス練をやらせるんだ。あそこなら、左右に五十センチずれただけでボールは田んぼに落ちてしまうからな」
「あんな狭いところで、パス?」
言っているのは、勇がドリブルをしてみせた、あの車道よりも細い畦道のことだろう。
「そうだ。集中して蹴れば、またたく間に上達する。何でもそうだが、上達するほどボールを蹴るのも楽しくなるぞ。ここではときに、農家のおばちゃんがゲームに混ざることもある。できるのはインサイドキックだけで、ろくに走れもしないが、パスが正確ならそれでも立派に戦力になって、実に楽しそうにやっておる」
男性はおおらかに笑ってみせた。
「インサイドといっても健太直伝の、強くて速いキックでな。あれなら、並の高校生より使えるかも分からん……なんての」
冗談だとおもったので翔も笑ったが、実際、あとでゲームに参加してみると、笑いごとではなかった。