球技大会4
くそう。
こいつ、華麗に躱せっこないことを見越してやがるのか。
もう、何度目かも分からないが、パスをトラップした直後を狙いすましたスライディングでボールをかすめ取られるなり、味方へとつながれてしまい、翔はコノッと地面を蹴り上げた。
それまでとちがったのは、パスくれ、と声を上げたキーパーが翔の横を駆け抜けて行ってしまったことだ。
「えっ……」
ぽかん、とその背中を見送った翔は、キーパーグローブをつけた赤ビブスの男がパスを受けてドリブルを開始したすがたに、おもわず我が目を疑った。
キーパーだろ、あいつ──
そうおもったとたん、自分の馬鹿な思い込みに気づく。
ちがう、彼はキーパーなんかじゃないのだ。
そして、もはや疑いようもなく、彼はサッカー経験者……だとしたら、ボールを持って攻め上がるのこそ、本来のすがたではないのか。
つーか、見てないで止めろッ!
あぜんとしているチームメイトを罵るかわりに、翔は遠ざかる背中を猛然と追った。
スニーカーだからドリブルは、なんておもっていた翔を嘲笑うかのごとくスピードに乗ったそのドリブルを、止めろと言って止められるようなら、相手だってゴールを空っぽにするリスクを犯してまで敵陣深く侵入などしないだろう。
シュートまで持ち込んでゴールを奪えれば、ベスト。
ファールで止められても、マイボールのままゴールに戻れて、リスクはチャラ?
しかし、ノーファールでボールを奪えば、どうだ。前線の味方にボールをつなぎさえすれば、無人のゴールに蹴り込むだけ。
俺だって、タックルくらいできるんじゃ、おりゃー!
心で叫び、ドリブルの進路にまわりこむかたちですべり込み、右足を突き出す。
スザァ、と伸び出た足首にボールが引っかかり、ドリブルしていたキーパーの体だけが翔の上を越えていく……はずだった。
イメージでは。
が、翔の足首に引っかかったのはボールよりも堅い感触をした何かで、イメージほどすべることなく止まってしまった体の上に、キーパーが覆いかぶさるように倒れてくる。
ピイィィ、と工事現場みたく笛がひびいた。
そうだ、土の上だった。
芝みたいにすべらないんじゃん。
俺のバカバカ。
後悔する翔の体が軽くなり、視界がきれいに開けたとたん、黄色とピンク色が同時に視界に飛び込んでくる。
審判がイエローカードを突きつけているのだと理解するのに、それほど時間はかからなかった。
「ナイスファイトだ、エリートくん。ただ、イエローは、五分間のシンビンだからな」
翔は、聞き慣れないことばに首をかしげた。
「シンビンってなに、っスか」
「一時的退出だよ。次やったら退場なのは、通常どおり。今から五分……ああ、後半の頭から戻っていいぞ。それまで、白は七人」
ストップウォッチを見ながら言った審判にピッチの外を指さされ、のろのろと翔は立ち上がる。
じんじんと足首は痛むし、こういうのを踏んだり蹴ったりと言うにちがいない。
「PKじゃなくて、不幸中の幸いだったじゃねーか。けど──」
ファールのポイントにボールをセットする赤ビブスのキーパーを見て、翔は彼の言わんとすることを察した。
サッカー部員の目から見ても、フリーキックを自ら蹴ろうとしているキーパーは只者とはおもえないのだろう。
PKとは、ひとことで言えばキーパーとの一対一で、蹴る側が圧倒的に有利だ。
一方フリーキックは、キーパーが味方選手で壁を築いて直線コースを塞げるため、ゴールできる確率は格段に低くなる。
キッカーを務めるのは、壁を避けてゴールを狙うだけの技術をもったひとにぎりの選手に限られ、どちらかといえばドリブラーな翔も、チームでフリーキックを蹴らせてもらった試しはない。
蹴ったボールが壁に当たったり、キーパーにキャッチされたら、当然、そのままF組が攻撃に転じるわけで、ゴールを無人のままにしておくのはどう考えたってハイリスクだ。
にも関わらずキーパーが蹴ろうとしているのだから、よほどの自信と、チームメイトからの信頼があるのだろう。