オジジ2
とがめられないかと気後れをしていたのは最初の数分ほどで、翔は制服から練習着に着替え、スパイクに履き替えると、昨日サボった分も取り返すべく独り占めのグラウンドを駆け回った。
空は広いし、空気もいい。
シュートがゴールポストの枠を外れるたびにボールを追いかける羽目になるが、そんな手間だってすこしも苦にならないのだ。
もしかしたら、これが監督もコーチもいない環境の良さなのだろうか、と翔は司のことばを思い出す。
「翔くんのショウは、勝者のショウさぁぁ」
歌いながら、仮想の敵をルーレットでくるりとかわし、ドリブルから、そのままシュート。
狙いよりはだいぶ右に行ったものの、ボールがゴールネットを揺らして、翔はひとり両こぶしを突き上げた。
イエーイ、たのしー!
ボールを拾いに行って意気揚々と振り返ると、唐突に視界に見たことのある白髪の男性がいて、翔はひっくり返るほどに仰天する。
「ぎゃあ! ごめんなさいごめんなさいっ」
「なにを謝っとる。ここは自由にフットボールをしていい場所だ。だから、俺も勝手に見ていた。……楽しそうだったの、坊主。いいことだ。なかなか動きも見事。世間のコーチライセンス持ちなら、まず、ちやほやしそうなテクニックにおもえるがな」
「プロになって、やっていけそう?」
「──ほう。プロになりたいのか。だったらひとつ、俺がつき合ってやるかな」
てっきりディフェンダー役でもやってくれるのかとおもったら、あっちに行けと手を払われる。
三十メートルほど離れたところで、そこでいいとストップがかかった。
「見てのとおり、俺は七十すぎのじじいだ。だから、動かずにすむパスを寄越してくれ」
えっ、パス?と、翔は目を点にする。
三十メートル級のパスなど、受けることはあってもほとんど出したことはない。
もちろん練習メニューにはあるが、翔にとっては労多くして実用性の低い、かなりおっくうな練習だった。
インフロントで蹴ってみれば、おもいの他近くには飛んだ。
足をぐんと伸ばした男性は、トラップしたボールを一歩踏み出し、蹴り返してくる。
と、ゆるくカーブのかかったボールが翔の膝元に来た。
右足を出せば、スムーズにトラップでき、かつ次の動きにそのまま移れるという、過不足のないパスだった。
また無言で、翔はパスを出す。
一歩でも動かなければ取れないパスには、男性は反応してくれない。
翔は男性の向こうまで走ってボールを取りに行かなければならなかったが、文句など言えるはずもなかった。
動かずにすむパスを寄越せ、と言われたのだから、出せないのは自分の落ち度でしかないのだ。
しかも、男性の方は、翔がどこにいてもかならず胸でも膝でも足首ででも、受けようとおもった場所に吸いつくパスを蹴ってくる。
ボールをトラップするために駆け寄ったり、ジャンプしたり、足を伸ばしたりする必要はまったくなかった。
こ、このじいさん、いったい何者?