中学生:司8
「あなた……それは…………死ぬ気でプロになるしかないね。そして、大きなケガをしないように用心して拝めるものはぜんぶ拝んで、あとは年長者に好かれまくるしか、生きていく道はないとおもった方がいいよ。結婚をするなら、ぜったいに経済力がある女のひとを選ぶこと。捨てられる可能性も高くはなるけど、人生つまずいたとき、妻子を道連れにしないですむからね」
翔は、テーブルに乗り出して司の袖を引っ掴む。
「待って。俺、そんなにやばいの? 猿渡から、プロにはなれてもその先はない、的なことを言われたんだけど……どうしよう?」
「──それを、中学生に訊くの?」
年上の高校生に、将来の結婚相手選びに関してまで忠告を与えておいて、中学生として見ろと言われたって無理な話だ。
袖を離さずにいる翔に、司がぽり、とこめかみをかく。
「あなたのプレーを見たことはないから、これは、あなたと話した印象と、望くんのスタイルから立てた、あくまで推測だけど……」
うんうん、と翔は力いっぱいうなずいた。
「戦略がなさすぎる、ってことじゃないのかな。持ってる武器もメンタルもすべてをばか正直にさらしちゃうと、相手もプレーを読みやすいから、対策を立てられたとたんに勝てなくなる、っていうのは常識だよね?」
ほんとうに司は自分のプレーを見たことがないのか。
翔は、とっさに目を泳がせた。
「図星か。勝負で、駆け引きがいらないのは、超人だけだよ。あなた、空を飛べる?」
「……飛べない」
「九十度、ボールを曲げることは?」
「九十度は、ムリ……」
「ってことは、相手の予測の範囲内だね」
「…………ハイ」
しおしおと返事をした翔を見て、司がくすっと笑う。
「来ると分かっているプレーを止められない人間は、プロにはいないとおもったほうがいいよ。でも、同年代で圧倒的なひとほど、そのことに気づかない。望くんの言いたかったことも、そこじゃないのかな」
なるほど、と翔はうなずいた。
どうすればいいのかは分からないままだが、知るべきことさえ分かっていれば、こっちのものだ。
「ありがと、司。お礼にできることある?」
「そうだな……ひとつ、あるにはあるけど」
「うん、なになに?」
「あなたの例の卵アレルギー。どういうメカニズムなのか気になってるんだけど。よかったら調べさせてくれる?」
「え、うん」
「うちの母、看護師なんだ……あとで採血してもらってもいい?」
一拍ののち、翔は猛然と首を振った。
頭がもげて飛んでいくかとおもうくらい、全力で。
「注射はいや! ぜったい、い、や、だ!」
羽鳥家のリビングダイニングにひびいた司の子どもらしい笑い声に、何事かと自室にいた父親が顔を覗かせた。
そのすがたにもっと蒼ざめた翔は、その夜、ほのかに消毒薬のにおいがする布団の中で、注射器を持った司とその両親に追いかけられるという悪夢にうなされる羽目になったのだった。