中学生:司2
「ほら、その大根。さっき、勇にフェイントおしえてたひとでしょう? ここよりも北に住んでるの? の、わりには、見かけない顔だけど」
返事をしようとした翔の顔を見て、少年はぎょっとする。
自分がぽろぽろ涙を流していることに、翔は少し遅れて気がついた。
「帰ろう、とおもって駅に来たら……も、電車がなかった」
さらに少年の顔におどろきが浮かぶ。
やがて、翔に向かって少年は無言でハンカチを差し出した。
きちんと折りたたまれた、縞模様の大人っぽいハンカチだ。
「ぐすん。ありがと」
「言っとくけど、電車じゃなくて、ディーゼル車両だから。のぼりはね、七時台が最終なんだよ。大人はみんな車で来てるんじゃないかな。もうすこし早ければ、犬さんがいたから、市内まで乗せて行ってもらえたのにね」
あんぐり、と口を開けた翔に、少年が同情の視線を向ける。
「そもそも、誰があなたのこと、ここに連れて来たの? 列車がなくなることぐらいおしえておけばいいのに、冷たいやつだね」
翔はしゅん、と身を縮めた。
「俺、勝手に、学校から跡をつけて来たんだ。連れて来てもらったわけじゃなくてさ」
「ああ、なるほど。じゃあ、しょうがないね。それで、どうするの。ここから二十分くらい歩けば、タロウくんちがあるよ。広いし、留学生たちも居るから、ひとりぐらい増えても気にしないで泊めてくれるとおもうけど」
「えっ、ホント?」
パッ、と顔を上げた瞬間、いくつかの単語が耳によみがえる。
「……待って。タロウくん、ってもしかして、黄色チームのキーパーのひと?」
「そうだよ。留学生たちのボス。お母さんがロシア人っていうハーフでね、お父さんはこの辺の山をいくつも持ってるお金持ちだから、もんのすごい豪邸に住んでるんだ。庭の池に鯉がいっぱい泳いでる、みたいな」
途中から、翔は猛然と首を振っていた。
豪邸にはとっても興味があるものの、彼にぶん投げられるのは御免被りたい。
「み、見知らぬ人間だもん、俺」
「そうか。じゃあ、ずっと狭いけど、それで良ければうちに来る? あと二駅行ったところ」
「泊めてくれんのっ?」
「うん。布団ならあるし、べつに構わないとおもうけど。っていうか、実際のところどうする気だったの? まさか、ここで野宿?」
「あー、その手もあったか!」
「いや、ないから。田舎を甘くみない方がいいよ。十月でも、朝はかなり冷えるし」
「最後の列車が行っちゃったら、ここから、線路をひとっ走りしようかなーと。たぶん、一時間くらい走りつづけたら、ふつうの電車の駅に着くよね?」
「ふつうの電車の駅、って……」
額を押さえた少年が、やたらとでかいため息をつく。
翔を見やった眸には、どことなく哀れみが浮かんでいるような。