中学生:司1
そもそもひとりで駅までたどり着けるのだろうか、という不安もあったが、野生の勘なのか本能なのか、無事、あのコンビニさえないひっそりとした亀駅前へと翔は戻ってくることができた。
駅舎の電灯が、ちか、ちか、と点滅している。
無人駅なので、切れかけた蛍光灯を取り替えるひとがいないのかもしれない。
さて、列車は何時に来るのだろう。
一時間近く後であることも覚悟しながら、掲げられた時刻表を見た翔は、一瞬であごを落としたまま凍りついた。
まばたきさえ忘れた翔の視界で、何度、電灯が点滅したか知れない。
百回か、もしかしたら、千回か。
ともかく、今このときほど、翔は無為に過ぎていく時間というものに寛大になれたことはなかった。
普段なら、五分もあれば五百回はシザースの練習ができた、などとおもうところだが、この状況では、今さらなにを急いでも始まらない。
たん、と翔は時刻表に両手をついてうなだれた。
のぼりの最終列車は、三十分も前に出てしまっている。
二十時台も表示こそあるが、時刻はひとつも記されていない。
あるのは、来たときに乗ったのとおなじ、くだりの最終列車がおよそ十分後にやってくる、その一本きりだった。
何度も何度も、のぼり、くだり、それぞれの行き先表示を確認したが、翔が乗り換えてきた駅は、のぼり列車の向かう先でまちがいはなさそうだ。
最後の望みをかけて路線図も見たが、くだり列車に乗っていればそのうち一周して始発の駅に戻れる、というようなこともない。
おそらくは、よけい山奥に連れて行かれてしまうだけだ。
どうしよう。
ぐすん。
どうしよ、パパ……
家に電話をすれば、一時間かかろうと二時間かかろうと、父親は翔を車で迎えに来てくれるだろう。
しかし、仕事をして疲れて帰ってきているはずの父親に、そんなよけいな手間をかけさせるわけにはいかない、とおもう。
べつに、クラブの練習をサボってこんなところに来ていたことがバレてしまい、母親に叱られてしまうから、ではない。
断じてない。
ひとりで何とかしなければ、とおもうが、はたして歩いて帰れる距離なのだろうか。
ローカル線に乗っていた時間は、かれこれ三十分足らず。
それほどスピードは出ていなかったような気もするので、走って走れない距離ではないかもしれない。
乗り換えた駅に、最終列車が来るまでにたどり着くことができれば、どうにか今日中には家に帰り着けそうな気がする。
走って帰れば、練習をサボったぶんもチャラにできるし。
俺って頭イイ!
線路をたどって行けば道に迷うこともないし、十分後のくだりが行ってしまえばもう列車は来ないのだから、うっかり轢かれてしまう心配もないはずだ。
そうと決まれば、くだりの列車が行ってしまうまでウォーミングアップでもしていようと、大根入りのスポーツバッグをベンチに下ろして、翔はまずは膝の屈伸から始めた。
ちょっぴり残った心細さなど、体を動かしていれば消えてくれるにちがいない、そう信じる。
「あれ。あなた、さっきの──」
不意に、背後から声がして、びっく、と翔は肩をすくめつつ、じわりと振り返った。
そこにいたのは、翔よりもやや背の低い少年だ。
中学生だろうか。
同級生たちよりは年下に見えるが、同級生の誰よりも賢そうに見える。
眼鏡もかけていないのにどうして、と翔は内心で首をひねった。