臨時コーチ4
「アルゼンチンのドリブラーってそうやって作られてんのか。全然知らなかった……」
九才も年下の子どもに、まさか得意なドリブルについておしえられるとは、と翔はショックのあまり地面にしゃがみ込んでしまう。
くすん、と鼻を鳴らして、勇を見上げた。
「大根、返した方がいいかなぁ。俺、何をおしえたらいいの、俺より天才のちびっこにさ」
「あのね。小学校で遊んでるときにね、大きい学年のひとが、ドリブルしてると、前に来て通せん坊するんだ。足が出てきて、ボールを取られてね、だから先生は、早くパスしなさい、って言うの」
翔はおもわずにぎりこぶしを作る。
「いいや、それはちがう! そこでパスを出したらドリブラーにはなれない。せっかく、俺より天才なんだからさー、もったいな……」
不意に、翔はすっく、と立ち上がった。
ぽん、と両手を打つ。
「じゃあ、俺が目の前の相手を躱す方法をおしえてやるよ。それならおしえてやれる」
翔は、小さな勇の体を上から下までじっくりと眺めた。
この体格でもできるフェイントはどれだろうかと、しばし思案する。
「そうだっ、さっき健太ってひともやってたやつ。あれなら超かんたんなのに、大人になっても使えるからさ。知ってる、キックフェイントって。もしかして、もう出来る?」
否定が返って、翔は俄然やる気が湧いてきた。
「キックフェイントって、相手が目の前にいるときに、シュートとかパスとか、ボールをキックするふりして相手をだますんだよ。あ、だますって、意味分かる?」
「うそつくこと?」
「そうそう。キックする、っていうのはうそ。本当はしないで、ドリブルするんだけどさ。ボール貸してみな、イサム」
抱いていたボールを地面に落とした勇をディフェンダーに見立てると、翔はボールとの距離を保ちつつ、ちらりと勇の背後に視線を投げる。
軸足を踏み込み、両腕を振り上げてバランスを取りながら、うしろに引いた右足を一気に振り抜く──ふりをした。
「ワッ!」
声を上げて飛び退いた勇が尻餅をつく。
右足は、実際には振り切らずに、ボールをアウトサイドで軽く右に持ちだしただけだ。
翔は、目を白黒させている勇の横を悠々とドリブルで通りすぎた。
二、三歩行ってから、どうだ、と振り返る。
「な。ボール蹴るのかとおもっただろ?」
ことばもなく、ただうなずきだけが、これでもかと返ってきた。
側に寄って、手のひらの土を払いながら立ち上がった勇の頭を撫でる。
「びっくりさせてごめん。でも、コツは本気で蹴るとおもわせることだからさ。うそだと、相手に気づかれちゃったら意味がないんだよ。だから、おもいっきり蹴るふりをしないとな。どう、できそう?」
勇が不安そうに小首をかしげた。
「じゃあ、とりあえず、ボールを蹴るふりから練習しようか。足は、振り下ろすまでは本気だけど、振り上げずにボールをちょん、と触るだけ。右の方にちょん、と蹴るほうがドリブルしやすいかな。あー、あと、パスを出す相手とか、ゴールを一度ちゃんと見ることが大事」