臨時コーチ2
しかし、やがて木々の間を抜けきると、これまた明かりに包まれた空間が出現した。
田んぼのようだったが、青々とした草の上で走り回っているところを見ると、生い茂っているのは芝なのだろうか。
どうやら、青チームとオレンジチームがミニゲームをしているらしい。
白髪の男性が言っていた『裏』というのは、ここのことだったのだ、と納得した翔は、すぐにおどろくべきことに気づいてしまった。
畦道に囲まれた田んぼの一区画には、五メートル幅とおもわれるゴールポストがひとつきり。
そして、すぐ横の田んぼにも、ゴールポストがひとつ──
つまりは、田んぼ二区画をひとつのフィールドとして使っているのだ。
もちろん、間には畦道が通っている。
幅こそ狭いが、すねの高さくらいはあるだろうか。
当然、畦道を越えさせるパスは浮き球でなければならず、ドリブルで一気に攻め上がるといったこともできない。
それどころか、きちんと顔を上げていなければ三メートルと離れていない仲間の位置さえ把握できないはずだ。
翔にはあぜんとする光景だったが、何よりも目を見張ったのは、ぴょこん、と畦道を飛び越えて行き来をするプレイヤーにだった。
翔がこれまで経験してきたサッカーではまったく考えられない動きではあるが、あの『ぴょこん』があるだけで、とてつもなく彼らのやっているサッカーが新鮮かつ愉快なものにおもえてくる。
今すぐにでも、仲間に混ざりたい、と翔は猛烈におもった。
この、きゅう、と指先をにぎりしめた小さな手の存在さえなければ……
「イサム、どこで練習しようか?」
あそこか、と土色の一画を指さすと、首を振り返される。
あちこち、ゲーム中のビブス組を横目にボールを蹴っている人々がいるものの、誰もそこではボールを蹴っていないところを見ると、土の下には何か植えられているのかもしれない。
あきらかに稲が実っている区画もあるが、そこに蹴り損なったシュートが飛んで行ったらどうするのだろうか。
残念ながら、翔の疑問を解決してくれるキックミスは見られなかった。
そういえば、さっきの猿渡といい、シュートは低い弾道が多く、豪快に上に吹かすという通常なら頻発するはずのミスを、ここではほとんど見かけることがない。
おそらくは、吹かしやすいインステップで蹴っていないことが理由だろうが、ゴールの枠内に飛ぶシュートの確率はやたらと高く、環境というのもばかにはできないな、とおもう。
「ここ!」
勇が足を止めて指さしたのは、他よりも少しばかり道幅が広いだけの畦道だった。
草が生えたでこぼこ道で、トラクターか何かのタイヤ痕だけ土がむきだしになっている。
車道よりも細く、両脇は田んぼだ。
細いといっても、廊下のように壁に囲まれていてボールが跳ね返って来るのなら問題はない。
しかし、田んぼは道よりもだいぶ低いところにあるのだから、ボールが逸れたら落っこちてしまうのは目に見えていた。
なめらかな芝の上ならいざ知らず、土と草とが入り混じったこんなでこぼこ道では、翔がドリブルをしたとしても、百メートルも行けば一度はボールを落としそうだ。
「マジ? こんなところでドリブルなんてできる? まあ、見たところ水はなさそうだし、ボールが落ちても拾えばいいだけだろうけど」
「ボール、持ってなかったら、できるよ」
いやに自信たっぷりな返事が返ってきたが、翔にはさっぱり意味が分からなかった。