臨時コーチ1
「そういえば。今のうちにこのお椀を──あのぅ、おじさん、これってどこに……」
男性を振り返りながら一歩踏み出した足に、何やら固いものがぶつかる。
見れば、なぜか白くて太い、立派な大根だった。
一拍遅れて、抱えた少年のすがたが目に飛び込んでくる。
少年というより、幼児と言うべきかもしれない。
「あ、ごめん」
翔の腰ほどの高さから、つぶらな眸がまっすぐに見上げてきた。
すこしして、ちょこんと首をかしげる。
「おねえちゃん?」
「お、に、い、ちゃ、ん!」
声を大にして主張した翔に、少年はにこっ、とほほえみ、大根を手に突撃してきた。
「おにいちゃん、ボール蹴るのおしえて!」
「え、パスのこと? いいけど、俺さ、ドリブルの方が得意なんだけど」
少年はこくんとうなずき、なぜだか大根を翔の腹に押しつける。
「ドリブル、おしえて!」
「ちょっと待って。これを返して来てから」
「それは、俺が返して来てやろう」
ひょい、と翔の手からお椀、他一式が取り上げられた。
手が空いたとたん、ほとんど無理やり大根を持たされてしまう。
まあ、子供が持っているには重いのかもしれないが。
「この大根、ナニ?」
問うた翔に、踵を返しかけた男性がふふっ、と笑ってみせる。
「コーチ料というやつだよ。もらっておけ」
「ええっ、俺がコーチ? えへへ、俺、コーチするのなんて初めて。なあなあ、どこでやるの? その前に、名前は? 名前!」
ハーフタイムとはいえ、このグラウンドではまずいだろうと首を巡らせた翔の手の先を、こじんまりとした手がきゅう、と掴む。
「ぼく、イサム。勇気りんりんの勇!」
「へえ。勇気の勇、かっこいいな。俺はショウ。俺の名前も、勝利の勝とかだったらかっこいいのになぁ。で、イサム、いくつ?」
引っぱる勇に着いて行きながら、翔はるんるんと手をゆすって訊いた。
大根を突っ込んだスポーツバッグが、肩にずっしりと重い。
「六才。一年生!」
「マジか。親と来たの? 俺、誘拐してるように見えたりしないよな?」
どう見ても翔の方が手を引かれているのだが、きょろきょろと翔はあたりを見まわした。
勇は、校舎の横を抜け、裏門をくぐって坂を下る。
はっきり言って、足元はまったく見えない。
もしも落とし穴があれば、問答無用で真っ逆さまだ。
翔は、物怖じせずに歩く勇のことを密かに尊敬した。
勇気の勇の字は伊達ではないんだな、とおもわずにいられない。