球技大会2
そろそろ、九時になろうとしている。
余分なボールは片づけられ、残ったひとつを手にした審判が両チームの代表者をあつめた。
F組チームを代表する翔と向かい合ったのは、一六〇センチあるかどうかくらいの小柄な生徒だった。
赤いビブスがやたらと大きく見える。
よろしく、と差し出された手を翔はためらいなくにぎり返した。
「経験者?」
「小学校まで。身長伸びなくてやめたんだ」
「ふうん。フットサルとか、中学の部活にふつうにあったらいいのにな。──ところで。審判ってひとりなんだ? 線審がいないってことは、オフサイドもなしでいいの?」
ピンク色のユニフォームがとんと似合っていない審判が、翔の視線にムッとした。
「姫田、このひと二年生……」
小声でおしえてくれたB組代表に軽くうなずき返し、翔は改めて審判に笑いかける。
「ええっと。審判は、貴様ひとりっスか」
ものすごい強さで、翔の体操服が引っぱられた。
なんでそうなる、と悲鳴に近いつぶやきが聞こえる。
翔は、この上なくピンク色に適さない憤怒顔をふしぎに見返した。
「キサマとか、上からにもほどがあるだろ」
「スをつければ敬語になるんじゃないの? 様までつけたのに、なんで怒られるわけ」
「貴様は敬語じゃネエンダヨ! ちなみに、オフサイドはあるからな。俺の目測でとるから、おまえは全部オフサイドにしてやるッ」
「えええ。そんなぁ、待ってよ……っス。判定は公平にして、ッス。よろしくっス。ねえねえ、B組のひと、これで敬語あってる?」
ピンク色のユニフォームを両手でわしづかみにしつつ、翔はちらりと右脇に視線を投げた。
手が持ち上がったので、グッ、と親指でも立ててくれるのかとおもったら、そのまま顔の半分を覆ってしまう。
ふるふると肩がふるえているのは、怒っているのか、何なのか。
「…………ぷ。ククク」
不意に翔は肩をつかみ返された。
と、その手でサッカー部員が肩をばしばしと叩く。
「マジ、ひでえ! ウケる。これでいいのか、ユース育ち。敬語ぐらいおしえてやれー」
「そうだよ。敬語に爆笑されるって、一体」
どうやら、小柄な彼も笑っているらしいと気づいて、翔はぷう、と頬をふくらませた。
でも、怒ったままでいられるよりはずっといい。
「ごめん。サッカー部のひと。貴様は取り消すから、全部オフサイドは勘弁して、ッス」
「気取った天才くんなのかとおもってたけど……気に入ったわ、おまえのこと。けどまあ、判定は公平に、だったな。任せとけ」
「えっ──」
今さら、公平じゃなくてもいいけど、とは言い出せず、翔は黙って引き下がった。
そのとき、グラウンドに始業のチャイムが鳴りひびく。
時刻は、ちょうど九時。
ストップウォッチを持った審判の表情が引き締まる。
「右のエンドが赤。ボールは白。すぐ始めるから、各自、エンドに散れ」
ボールを渡された翔は、ピッチ中央に石灰で描かれた円の中心に向かいながら、あっち、と遠い方のエンドをチームメイトに指し示した。
控えメンバーが陣取ったいわゆるベンチがある方をメインスタンド側に見立て、そこから向かって左側が前半はF組の自陣ということになる。
攻めるのは、もちろん右のエンドにあるゴールだ。
試合は、二五分ハーフの前後半で行われる。
二面とったコートは通常の十一人制で戦うにはいささか狭すぎるため、小学生世代などで採用されている八人制とし、登録した十二人であれば交代は自由かつ無制限でできることになっていた。
センターサークルに立った翔の目にやたらと大きく見えているゴールも、八人制で用いられる五メートル幅のものだ。
ちなみに、十一人制のゴールはそれよりも幅が二メートルほど長く、素人キーパーにはほとんどシュートを見送る以外の選択肢はない。
それに比べれば、このゴールマウスのサイズはまだ、キーパーとして仕事をする余地がある。