解説者1
やたらと迫力のある長身の男が、キーパーグローブをつけた手で黄色いビブスを配っている。
見たところ、その黄色チームこそが外国人チームなのらしい。
一方、黒いTシャツすがたもピッチの一角にあつまっていたが、こちらは日本人ばかりで、十人もいないように見える。
彼らがおなじ方向に向かってわいわいと手まねきし出したのに気づいて、翔はそちらに視線をやった。
と、やはり黒いTシャツを着た男が、手にしたTシャツらしきものをぐいぐいと誰かに押しつけている。
よく見れば、相手はお椀と箸を手にした猿渡だった。
いつの間にか、制服すがたではなくなっている。
「なっ、何食ってんの、あいつ……」
おもわず口をついて出たことばに、すこし離れて立っていた白髪の男性が振り返った。
老人、と呼ぶにはどうにも風体がいい。
今にもピッチに入って行きそうなジャージすがたから、締まりのある体型がうかがえる。
「あれは、とくべつ待遇というやつだ。あいつは、おばちゃんらのアイドルでな。いつも取っ捕まって、味見だなんだと貢がれとるのよ。どれひとつ、坊主のぶんも俺が行ってもらって来てやろうかの」
言うやいなや、止める間もなく男性は走って行ってしまった。
あまりのフットワークの軽さに翔はあっけにとられるしかない。
つーか、じいさんパシリにしちゃって、バチが当たったりするんじゃないの?
とっくに消えたうしろすがたが気になりつつも、翔はピッチへと意識を戻した。
ちょうど、黒いTシャツに腕を通しながら、猿渡が黒チームの円陣に加わろうとしている。
どことなく不本意そうなのは、背中のべろマークのプリントが気に入らないからなのか、何なのか。
胸に文字がプリントされたものや、スポーツブランドのロゴ入りなど、黒いTシャツといっても決しておそろいなわけではなかった。
白いポロシャツすがたの男性が、笛を手にセンターサークルのそばに立つ。
試合を取り仕切るというよりは、仲裁役として一応そこに立っているだけ、といったかんじだ。
事実、キックオフの笛もなにもなく、黒側ボールでいきなりゲームが始まってしまった。
翔は、しつこく何度も数えてみたが、黄色チームがキーパーまで合わせて十一人いるのに対し、黒チームはなぜか十人しかいない。
もっとも、サッカーの試合では、両チームの人数がちがっていることなど別段めずらしくもなかった。
ただ、ゲームの開始時点で人数がそろっていないとなると、話はべつだ。
「なんで、十一人対十一人じゃないんだ?」
「それはな」
急に返事が返り、翔はぎょっとして左隣を見た。
いつのまにか、例の白髪の男性が立っている。
右手には、おにぎりが載った紙皿を上に重ねたお椀と箸を持ち、左手はおにぎりを自分の口に運んでいた。
「あ、おか、おかえりなさい」
ほれ、と男性が紙皿ごとお椀を差し出す。
翔はとっさに手を伸ばして受けとった。