追跡2
四時台から始まった練習は、五時半ごろには早くも終わってしまう。
翔はその間、何度もなんども、バスケの練習を見ているぐらいならグラウンドに行ってサッカー部の練習に混ざりたい、とおもったものだが、実際に混ざっていたら、下校する猿渡をまんまと取り逃がしてしまうところだった。
翔は、スポーツバッグを肩からななめにかけ、手には教室に置いてあった女の子向けのファッション誌を持った状態で、猿渡の追跡を開始した。
もちろん、雑誌は読むのではなく、顔を隠すためのアイテムである。
雑誌を読むふりで猿渡の十二メートルほど後方を歩いていた翔は、ノゾミ、と呼びかける声を耳にしてふと顔を上げた。
どこかで聞いた名前だとおもったが、足を止めた猿渡を見て、彼の名前だったことをおもいだす。
あわてて足を止め、翔は校門の影に身を隠した。
端から見ればあやしい動きだったが、翔に言わせれば、学校の周辺でサングラスをかけて待ち伏せしている男の方がよっぽどあやしい。
呼び止めたのが女子だったら、不純な交際相手にしか見えなかっただろう。
「ちょっ……学校まで来ないでください!」
翔は、猿渡が声を荒らげるところをはじめて見た。
感情の薄い声しか知らなかったのは、翔が彼を動揺させたことがない証拠だ。
「誰かに気づかれたらどうするんですか」
早く学校周辺から遠ざけてしまいたいのか、猿渡は自分よりもやや背の高い男の体をぐいぐいと押している。
どんな顔をしているのか分からないが、どう考えても、翔のよく知るやる気があるのかないのか判然としない例の無表情よりは、困惑を浮かべたり紅潮している方が口調からして自然におもえた。
サングラスをかけている男の表情もよく分からないが、こちらは口許からして、笑っていることは間違いない。
左頬にあるほくろが、どこか軟派な雰囲気をかもし出している。
猿渡の肩に親しげに腕をまわし、並んでいっしょに歩き出した。
年の頃は、三十才くらいだろうか。
ネクタイこそないが、スーツ姿の長身は都会から来たできるビジネスマンといった風情だ。
姿勢の良さやサングラスが板についているところは、いっそ芸能人のように見えなくもない。
ふたりが向かうのは、翔も利用する最寄り駅の方角だった。
だから、後をつける気が仮になかったとしてもうしろを歩くことに変わりはなかったのだが。
雑誌を開いていても視界に入ってくるふたりの──とくに、頭を撫で回したり、耳元になにか囁いたり、という男の行動は、翔に見てはならないものを見ているような気を起こさせる。
何なの? おまえの何なの、そいつ?
ぜひ、駆け寄ってそう猿渡を問い詰めたかったが、そのおもいも、四駅ほど電車に揺られた後、県庁そばのシティホテルに入っていくのを見たとたんに潰えてしまう。
──むしろ、ぜったい訊けないよ、コレぇ。