リベンジマッチ2
ふたつ、翔の肩を叩いた薮は、どういう方式で対戦するのかを訊いてくる。
何も考えていなかった翔は、相談の結果、制限時間内にゴールに見立てた円錐形のミニコーンにボールを当てて倒せば翔の勝ち、という簡易ルールに合意した。
ラインアウトは特になく、猿渡にボールが渡った場合は、もちろん翔が自分で奪い返さなければ攻撃できない。
説明を聞いた猿渡は、学ランを脱いでグラウンドへと降りてきた階段の端に放った。
表情からはさっぱり分からないが、それなりにやる気はあるらしい。
グラウンドには、ちらほらボール遊びに興じる生徒がいたものの、まだ一対一をやるには十分すぎるほどのスペースがあった。
一角をサッカー部員たちが取り囲んだことに気づき、何が始まるのかと人があつまってくる。
翔と猿渡は、思い思いに体をほぐしてから、赤いミニコーンから十メートルほど離れた場所で向かい合った。
誰かが投げて寄越したボールを利き足でトラップした翔は、すとんと地面に置いたボールの上につま先を載せる。
翔が顔を上げると、やや距離をとった猿渡は腰を落として翔の膝あたりに視線を据えた。
「始めていい?」
ああ、と返事が返る。
がんばれ姫田、とあちこちから声が聞こえた。
翔は、する、とボールに載せた靴底を滑らせる、と同時にスロットルを踏み込んだ。
ボールごと突っかけて行った翔の動きに、猿渡は動じることなく対応する。
ターンを駆使してめまぐるしく位置を変え、背後を取ろうとしても、背中に目玉がついているかのように猿渡は徹底してミニコーンとの間に立ちはだかる。
おまえは方位磁石かよ、と翔は内心で突っ込んだ。
キックフェイントを仕掛けても、猿渡はその距離では蹴ったところでコーンには当たらないと踏んでいるのか反応さえしてくれず、ましてや、小手先のフェイントではどっしりと構えた猿渡をびくともできない。
自分の足やボールを動かすことで、真に動かしたいのは猿渡の重心なのだということくらい、百も承知なのだろう。
こうなったら、とっときの大技を使って揺さぶるしかないか、と翔は覚悟を決めた。
ボールを失うリスクも高まるが、時間がある内なら取り返すことだって可能なはずだ。
ぜぇったい、ブチ抜いてやったるからなァ……トォ!
気合いを込めて向かっていった翔に、いくつも歓声が飛ぶ。
まずは足裏を使った得意のルーレットで、背中を向けた体勢をとった、瞬間、くるりと体を反転させた。
猿渡があわててシュートコースをふさぎに入ったところを、素早くクライフターンで躱す。
すかさず左足で打ったシュートは、ミニコーンの右を勢いよく通り抜けて行った。
「ぐがあああ!」
翔は頭を抱えて呻く。
右足に持ち替えていれば、ともおもうが、それでは猿渡に止められていたであろうことも、想像に易い。
「惜しいぞ、姫田!」
声援に背中を押され、翔は半袖シャツのそでを肩までまくりあげ、誰かが追いかけ蹴り返してくれたボールを受けとった。
「見てろ、次こそは当ててやるッ」
翔は、さっきよりも距離をとって自分と対峙する猿渡の顔をにらみつける。
猿渡の視線は、やはり翔の下半身に向けられていて、目が合い火花が散ることは無かった。