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第3話「あざらしウインナー」




1


大雨の夜、敵がせめて来た。いや、雨というより氷雪だな。なんたって今うちらの海賊船は北極圏にいるから。


北国の海賊団は、ほんと用意周到な連中さ。

全員カリブーの毛皮のベストを纏い、あざらしの皮手袋をはめておまけに角付きヘルメットまで被ってやがる。


まあ、やつらバイキングの末裔だからそんな格好も当然といや当然なんだけど、こっちはボーダーシャツにバンダナに素手ときたもんだ。ガチガチぶるぶる震えながら戦ったね。


船の甲板での死闘でね、こちとらチャイナ鍋と出刃包丁で応戦したよ。

本当は俺は非戦闘員なんだけどな。非常事態だから仕方ない。




と、愚痴をこぼす暇もなく1人の小柄な兵士が襲いかかってきた。


俺はとっさに防御姿勢を取ろうとしたけど遅かったね。鍋と包丁はあっという間に飛ばされて無防備状態さ。


そこに頭突きが跳んできた。やっこさん、自分の小柄な体躯を最大限に利用した戦い方を知っているんだよな、敵ながら感心したよ。


その頭突きは見事俺の顎を捉えてね、朦朧としているところにすかさず金的めがけて、躊躇のない蹴り。

それが見事に決まって脳髄に鈍い痛みが走ったよ。で、悶絶しながら身を崩すと今度は背中に鋭い肘打ちが振り下ろされた。雷が落ちたかと思ったね。

息つく暇なく顔面に膝が飛んできて鼻の骨が折れ、顔中ぐしゃぐしゃの血塗れさ。止めは倒れたところの腹部目掛けて死体蹴りときたもんだ。

つまり俺はボロクソにやられてしまったってことなのさ。

ほんともう、笑ってくれても構わないよ。




でね、頭をわしづかみにされてナイフで首を切られる直前で戦闘が終了したわけ。危機一髪とは正にこの事だよね。


お頭同士での話し合いがついてね、和解したんだと。


こちらが樽いっぱいのラム酒を提供するかわりに船員全員分の防寒着を譲ってくれるんだってさ。そんなありがたい話ないよね。もう寒さで震えなくて済むからさ。


知ってるかい? 寒さで身を震わすほど惨めなものはないよ。

それに比べたら頭突きくらったり、金的スマッシュされたり、エルボー打ちなんてのは狸の屁みたいなものさ。


そんな訳で、俺をぼこぼこにしたやっこさんもナイフを引っ込め手を貸して起こしてくれたわけさ。


その後バイキングメットを外した姿を見て、俺は心底驚いてしまったよ。


そこに居るのは長い黒髪の女だったからさ。





おっと、紹介が遅れちまったね、俺の名前はモロゾフ。名もなき海賊団の飯炊き係を任されている。


仲間たちの腹を満たす重要な仕事を担っているわけよ。




で、今回はね、俺と彼女の恋の話さ。


照れ臭いけど話に付き合ってくれるかい?




2


食堂での宴が終わった俺はラジオをつけた。

「今宵の君は」が流れている。こういうメロウな曲は大好きさ。


さっきまでうちらの海賊団と北国の海賊団とで大宴会をしてたんだよ。


俺は包帯まみれで料理を作ったね。

なに、たいしたことないさ。料理をふるまって連中の気持ちの良い笑顔を見たら痛みなんて忘れてしまう。




食堂の片付けをしているところに俺をボコった張本人が現れた。


「手伝うよ」


そう言ってテーブルの食器をシンクに運んで洗い始めた。


彼女の名前はマグレーテ。

俺に包帯を巻いてくれたのも彼女さ。

変な話だよ。ほんの一刻前に殺されそうになった相手に介抱されてるなんて。


きっと、包帯を巻いてくれてるマグレーテを見て、俺はすでに彼女にイカれてしまったんだと思う。


本来なら俺は他の人間に厨房に入られると嫌なんだけど、マグレーテだとまったくそんなことないんだな。



でもそれをうまく伝えることはできなかった。何せ俺、ものすごく緊張しちゃっていてさ、下ばかり向いてマグレーテの顔をまともに見れないのさ。


今だって彼女は親切に手伝うよ、と言ってくれたのに、俺ときたら仏頂面で頷くだけでさ、それじゃあほんと嫌な奴じゃないか。


マグレーテが洗った食器類を俺は隣で拭いて食器棚へ仕舞う。無言のままその作業が続いた。


「……さっきはすまなかったな」

「…………」

「変な話だけど、あんた別れた旦那に顔がちょっとだけ似ててな」


彼女はそう言って自分の右腕を見た。そこには火傷跡のような古い傷痕があった。


「……いや、すまない」


マグレーテは罰悪そうに言った。




俺が怒っていると思っているんだな。冗談じゃない、こちとらそんなに尻の穴の小さい男じゃないよ。ただ心臓がばくばくしてるだけさ。


マグレーテは海賊なんだから敵を襲うのは当たり前のことだ。それが仕事なんだから。


ラジオの「今宵の君は」が終わりそうになる。もっと流れてくれればいいのに。


「あんたが腹を立てるのも無理ないよな、殺そうとした人間が今隣にいる。それだけで許せないよな」


マグレーテは言った。


違うそうじゃない。俺らは海賊なんだ。殺す、殺されるなんてことはとっくに腹をくくっていることなんだ。


曲が終わってしまった。次に流れたのは軽めの流行歌だった。


俺の顔はきっと恥ずかしさで真っ赤だったと思うよ。金目鯛くらいにね。

でもね思ったんだ、ここが勇気の見せどころだと。


俺はマグレーテを真っ直ぐ見つめてこう言ったよ。


「今宵の君が美しくて」ってね。




マグレーテはきょとんとした顔してたよ。


でもこれがきっかけで俺たちは付き合ったんだ。ほんとに何が始まりになるかは分からないものだよね。




3


北国の連中は生肉を食べるんだ。あざらしの腹をナイフでかっさばき、小腸を引きずり出してソーメンのように啜って食うんだ。


いや、べつに他所の国の風潮にとやかく言うつもりはない。


似たようなところではジパング人が生魚を食べていたのを見たことあるし。




まあ、でも俺は飯作りのプロだからあざらしの小腸ひとつにしても調理したいよな。


俺はあざらしの肉を挽き肉にして香辛料を混ぜそれをさらに包丁で叩いてペーストにした。


そして塩水でよく洗った小腸の中に入れて7センチ間隔くらいでねじって燻製にした後、70度のお湯で30分ボイルして、冷水に浸した。

それをキッチンペーパーで拭いたらウインナーソーセージの出来上がりさ。


ソーセージはアルコールのピーヴォによく合うんだよ。

俺はオーロラソースをかけてピーヴォと共にマグレーテに出しててあげたよ。


「おいしい」彼女は感嘆した。「このソースも初めて食べた。不思議な味だ」


「オーロラソースかい? トマトピューレにマヨネーズとウスターソースを混ぜるんだ。簡単にできるよ」

「なんでオーロラ?」

「色がオーロラに似ているかららしいぜ」


「そうかぁ? オーロラはもっと美しいぜ。今度みせてやる。このソースの色はオーロラというよりもトドの膀胱みたいな色だ」


「…………」



そんなような感じで俺たちは幸せな日々を送ったよ。


お頭も北国がすっかり気に入ったらしくもう、何ヵ月もここに駐留している。そしてまだ出発する気配はない。


だから俺も北国の海賊団のアジトにしょっちゅうお邪魔してマグレーテの部屋に遊びに行った。


そこは岩礁に囲まれた小島でね、身を隠すにはちょうど良い場所なのさ。



おっと言い忘れたけどマグレーテには5歳の息子がいるんだ。彼女はシングルマザーなわけさ。


俺は彼女の息子に飯を作ってやったり一緒に遊んだりしたんだ。

なんだか、ほんとの家族になったみたいで、くすぐったくも心地好い日々を過ごした。




だけどね、季節の流れと共に果実の味が落ちるように、幸せも長くは続かない。


ある夜、マグレーテの別れた旦那が攻めて来たんだ。




5


マグレーテの別れた旦那はこの北国の海賊団の船員だったけど、最北の地を拠点とする極北の海賊団へ寝返ったんだ。


こちらのお宝を盗んでそれを手土産にしてさ。妻と子を捨てて。


本来なら妻であるマグレーテは、北国の海賊団から制裁対象になるはずだったんだけど、幼い息子が居ることや、なにより彼女自身が夫からDVを受けていたことを理由に温情をかけてもらったという訳で。


ただし、元旦那を見つけたときは彼女が首を捕る、という条件付きで。




だから極北の海賊団がアジトに攻めてきたとき、真っ先にマグレーテが飛び出そうとした。どうせこのアジトの所在地をばらしたのも元旦那だということは明白だし。


でもね、その飛び出そうとしたマグレーテを俺が引き留めた。


「代わりに俺が戦う」

「バカいうな! あいつは強いんだ、あんたなんかすぐにやられてしまう!」

俺はマグレーテの肩を強く掴んだ。

「それでも、俺がいく」


だってそうだろ? 惚れた女をみすみすと危険な目に合わせたら男が廃るというものさ。そういうのは俺の美学ではないんだな。


もちろん怖かったよ。足はがくがく、心臓ばくばく。


でも、それでも俺はやらなくてはならなかったんだ。



チャイナ鍋と出刃包丁を装備して俺は出ていったよ。

小島の浜に極北の海賊団は居た。


俺は先陣を切って駆けていったよ。元旦那の名前を叫びながら。


そいつはすぐに見つかった。なんだか白熊くらい大きい男さ。それが海賊刀を携えているんだから、その恐怖ったら尋常じゃなかったよ。



白熊は海賊刀を振り下ろした。俺はチャイナ鍋でガードする。手のしびれを感じる暇なく次の攻撃が来る。横切りだ。俺は必死でガードする。

こちらが攻撃する暇などなかった。

白熊の三手目は蹴りだった。それはきれいに腹に決まり、おれは後ろに吹っ飛んだ。

砂浜のおかげで頭部の強打は免れたが内臓にダメージを受けてうまく立ち上がれない。


そこにマグレーテの奴が飛び出して行った。

がむしゃらに剣を振り回す。白熊は先程までとは違って防戦一方だ。

白熊が転んだ。次の一手で首を獲れる。

その時叫び声がした。


「母ちゃんやめてくれ!」



マグレーテの息子だった。彼女の手が止まる。そこにすかさず白熊がマグレーテの脇腹めがけて横切りした。


俺はとっさに彼女の息子に被さり悲惨な光景を見せまいとした。




マグレーテはとっさに身をかわそうとしたが、それでも致命傷は避けられない。


白熊はそれで勝利を確信して動きを止めた。その油断が運の尽きさ。

うちらの海賊団と北国の海賊団に背後から取り押さえられて生け捕りにされた。そして裏切り者の制裁を受けた。


極北の海賊団は結局うちらの連合に敵わず逃げ出したよ。





結果的に言うと、マグレーテは助かった。

なんと毛皮のベストのポケットの中にたっぷりのあざらしウインナーが入っててそれがクッションになったんだって。

ほんと幸運な奴だよ。


だけども白熊の首は取り損ねたので北国の海賊団からは追い出されることになったのさ。


でもね、お頭同士の計らいで、マグレーテ親子はうちの海賊団に来ることになった。ほんと粋なお頭だ。





戦闘が終わって砂浜で寝転んでいると、夜空に光のカーテンが浮かんでいた。これがオーロラなんだと気づくのに少しの時間がかかったよ。


北国の夜空は空気が冷えていて本当に綺麗なんだ。オーロラを見上げながら俺は無性に「今宵の君は」が聴きたくなった。



そこにマグレーテがやって来た。

「息子を気遣ってくれてありがとう」

彼女は言った。


よせやい。


「今夜のあんたは素敵だったよ」





これで今回の話はおしまい。

話そうと思えば息子の心のケアの話とかその後の俺とマグレーテ親子の話とか語ることはできるけど、俺がこの話で一番言いたかったことは「今宵の君は」は最高の曲だということさ。




最後まで俺の話を聞いてくれて、感謝するよ。





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